16.日本へ
再び、舞台はオロシャ国です。
夜、辺りは熱帯特有の、温かく湿った空気につつまれていた。まるで、空気に重さと粘着性があるように、肌にまとわりついてきた。夜になっても、気温も湿度も一向に下がらない。
むき出しの首筋と、半そでの腕がじっとりと汗ばむ。ここで、生まれ育ったアラヤでも、うっとおしいーと、思う。
オロシャ国、パトナム県、工業団地内にある、よろず産業パトナム工場。広大な敷地面積の中に3棟の工場、事務所棟、倉庫が連なってたっている。
工場の周りは金網フェンスでおおわれており、フェンス沿いにLEDソーラー灯、監視カメラが設置されている。工場は24時間の三交代制で ちょうど今は午後9時、2勤の稼働中だった。
アラヤは、工場の出入り口ー警備室前で、警備員に社員カードをみせて、入場した。今日の日勤(1勤)で、ロッカーにスマホをわすれたので、取りに来たという理由だった。
「わたし、明日は休みなのでー」と、夜に来た理由を淡々と述べた。それは、本当のことだった。顔見知りの警備員は愛想よく、彼女を通してくれた。ただしー、ロッカールーム以外は、立ち入らないようにと、くぎを刺された。
アラヤは笑顔で「わかりました」と、応えた。
アラヤは、裏手にある製品の出荷倉庫から、工場の中へ入った。ロッカールームは倉庫の奥まったところ、製品の出荷検査室の隣にあった。製品の積み出し口ートラックバースには、数台の大型トラックが接車して、積み込みを行っている。
倉庫天井や、トラックヤードに設置された照明から放たれる、まばゆい光にてらしだされてー。あたりは、昼間のように明るかった。ヘルメット姿の倉庫作業員が十数名、忙しそうに立ち働いており。フォークリフトの警戒音が、なりひびいてた。
アラヤは、倉庫内の事務所にいる作業員に事情を話して、中へ入った。事務所の前を通って奥にいけば、大きな両開きの自動扉があり、そこから工場内には入れる。 ロッカールームは、自動扉を入ってすぐだった。
自動扉が閉まると、倉庫での喧騒が遮断されて急に静かになる。広く長い廊下は、燈火色の常夜灯がつけられ、ひっそりとしている。空調の音が、その空間に響いているくらいだった。
アラヤは、周りを見まして、ロッカールームの隣の小部屋にはいった。そこは、日本人用の荷物置き場だった。日本から届いたり、送ったりする小物類が保管されている。ここにはー、
時々、日本から出向、日本へ帰任する従業員たちの荷物(家財道具)なども、一時的に保管されていた。もちろんカギはかかっているのだが、昼間の間に開錠しておいた。
アラヤは、部屋に入ると、隅に置いてある、大型の段ボール箱の前に立った。部屋の明かりはつけられないので、箱の場所は、昼間の間に確認していた。段ボールは、厳重に梱包されている。彼女は、スマホを出すと、「つきました」と、ラインを送った。
すぐにステッパーが、アラヤの前に現れた。ステッパーは、工場の近くの車の中に待機しており、アラヤからの合図で瞬間移動したのだ。アラヤは、そうするため、ステッパーの髪の毛の束を持っていた。彼女は、近距離なら、自分の身体の一部があるところまで跳べる。
ふたりは、うなずきあうと、カッターナイフを取り出しー。目の前にある段ボール箱のバインドを切り、開梱した。窓から入る、外灯の明かりで作業しなければならない。粘着テープを慎重にはがすと、ふたを開いた。
厚い緩衝材の下、黒のインナーラップにつつまれたものがあった。ラップのファスナーを開くと、先日、地下室でみた人形が出てきた。人形は膝を抱えた姿勢で、詰め込まれていた。薄明りの中、生きているようで、相変わらず気味が悪い。
「さあ、この人形を器として、あんたの魂を移し替えるよ」
ステッパーは、入魂の術式を書いた紙を取り出して、人形の頭の上にのせた。アラヤの額には不滅イングで、送魂の術式が記入されている。
すでに万全な用意をしていたので、魂の移し替えはすぐに終わった。そして、ステッパーは、アラヤの魂が移された人形を元通りに梱包すると、バインドをかけなおした。
人形が無事、コハルのもとにとどくようにとー。旅の安全を司る術式が、人形の背中に織り込まれている。―少々の、回り道は覚悟しないといけない。だがー、
(あとは、コハルが、アラヤの魂から、意識と精神を解放する。彼女ならうまくやってくれるだろう)
アラヤの本体は、ぼんやりと、文字通り魂の抜けた状態で、座り込んでいた。
ステッパーはアラヤを抱きかかえると、一度、彼女が乗ってきたワゴン車に戻った。ステッパーは、自分と同じくらいの容積のものなら、抱えて一緒に瞬間移動することができた。車には、彼女の弟子が2名、待機している。
ステッパーは、心神喪失のアラヤをワゴン車の後部座席に座らせるとー。
もう一度、人形のある部屋(日本人用の荷物置き場)に戻った。
そこで、アラヤが脱いだ、作業服に着替えるとー、自分の顔をアラヤに変えた。完全に変えることはできないが、夜目には十分だった。ステッパーは外へ出ると、ノブボタンを押した状態で扉をしめ、部屋を施錠した。
それから、彼女は、背筋を伸ばしてー、アラヤが来た時と同じように倉庫をぬけて、外へ出た。
出口に戻ると、警備員が
「やあ、スマホは見つかったかい」
と、訊ねてきた。
ステッパーは無言で、スマホを掲げて見せて、頭を下げた。
警備員はそれをみると、ほほ笑んでうなずいてくれた。
先にアラヤが入場してから、30分もたっていなかった。
人形は明日、よろず産業の貨物として通関されて、明後日のフライトで日本へ運ばれる。
お付き合いいただきありがとうございます。




