14.熟女とカナウ
「あのね。ため息をつくと、ついた分だけ、幸せが逃げていくよ」
(紀彦の、回想です)
それが、カナウの口癖だった。多分ー、
彼女の家族か、施設の先生が、幼い彼女にその言葉を教えたのであろう。どんな状況やタイミングで、彼女がその言葉を聞くようになったのか、おぼえたのか、紀彦はしらない。
x x x x
5年前、紀彦は、カナウと暮らすために3LDKの中古マンションを買った。 30年ローンだった。児童相談所で、里親の手続きがおわり、それまでカナウがいた施設の先生方に挨拶をして、そのマンションについたのは、夕方だった。
カナウが、紀彦のマンションに来たのは初めてではない。お試しで、ここへ何度かお泊りしたことがある。彼女の荷物は、あらかじめ運び終わっていた。前もって、彼女が片付けにきていたので、その日はすることが、ほとんどなかった。
カナウは、これまで何度かやったように、ふたりの夕食を作ろうとしたが、紀彦が外へと食事にさそった。近所のファミレスで食事をして部屋に戻ったのが、8時過ぎだった。明日は、近くの小学校へ、転校の挨拶に行くことになっている。
もちろん、その小学校へも何度か下見に行っていた。担任になる先生にも顔見せはすませているのでー。明日は、カナウが教室に入ったのを見届けて、紀彦はそのまま出社することにしていた。
これから、カナウとの生活が始まる。
―はあ……
紀彦は、そう思うと気がめいって、自然とため息がでた。
―仕方がないことだ。
紀彦が、カナウを好きか、どうかは別にしてー。彼女の口を封じ、責任を果たすには、こうするしかないのだ。そのために、彼は、社員貸付金制度を利用して、会社から可能な限り借金をした。カナウとのマンションを購入するためだった。
―これは、オレの牢獄だ
売買契約が成立した時、紀彦は、自分のこの行為を自虐的に笑った。正直言って、こんなつもりではなかった。彼は、カナウに対して、そこまでしてやる義理はないのだ。
紀彦は、はっきりいって、年上の女性が好みだった。いわゆる熟女嗜好だ。震災地の避難所で、彼がカナウに近づいたのはー。彼女についているボランティアの女性と、仲良くなりたかったからだ。彼女の名前を、真紀といった。
x x x x
10年前、大震災がその地方を直撃した。カナウは被災して、ひとりで避難所に身を寄せていた。カナウは震災孤児だった。真紀は、比較的被害が少なかった地域から、ボランティアとして、カナウがいる避難所にきていた。もともと、こちらに真紀の実家があった。
真紀は、数年前、職場の男性と結婚して、家を建てほかの町にすんでいる。当時、彼女のダンナも、実家がある地域のボアランティアに参加していた。真紀は、三十後半だが、子供はいなかった。そのせいか、実年齢よりも若く見えた。清楚な雰囲気をまとった、しっかり者だった。
紀彦は、カナウに差し入れを持っていくたびにー。ついでにということで、真紀にもいろいろなものを、こっそりと渡していた。もちろん、ボランティアのみなさん宛て、という名目だった。カナウを気遣い、仲良くしていたのも、真紀に良く思われたいからだった。
会社からの派遣が終わって帰るときも、真紀に自分の連絡先を渡しておいた。建前は、カナウがまだ、ちいさいのでー念のためと、いうことだったがー。彼は、真紀が、ひそかに自分に連絡してきてくれるのを待った。
けれども、真紀が、紀彦に連絡をしたのはたった一回だった。ボランティアをやめて、住んでいた町に引き上げるーので。カナウちゃんのお世話を、他の人にお願いしました、ということだった。紀彦は、いたく失望した。
それから、しばらくして……
カナウが、紀彦の住んでいる地域の施設に移った。紀彦は、カナウからそろそろ、おさらばするつもりにしていた。子供のことだから、環境に慣れ、親しい友達ができたら、彼のことはすぐに忘れるだろうーと、高を括った。
ただ、いきなり、というわけにもいかないので、ときどきカナウの様子を見に行った。そういうとこが、彼の中途半端に義理堅いというか、社会で身に付けた処世術だった。そこでまた、彼のタイプの女性(熟女)に出会ってしまった。
施設の先生で、名前を美加といった。彼女は、すでに結婚をしており、パートタイムでそこの施設に勤務していた。もともとは専業主婦で、小学生の子供が二人いた。年齢は、30代後半だった。容姿と性格が全くかけ離れていた。
容姿は、誘うようなうるんだ瞳に、なまめかしい唇。そして、ボリューム感のある肢体。性格は、質素で几帳面、服装も節度をわきまえた地味なものだった。そのギャップが、また、紀彦好みだった。
美加は、子供の扱いがうまく、子供たちは、彼女をミー先生と呼んでなついていた。カナウもその一人だった。 紀彦は、真紀の時と同様に、カナウに会いに行くふりをして、美加に会いに行った。紀彦がー
カナウに親切に接していたのも、美加に、自分をよく見てもらいたいからだった。震災孤児に手を差し伸べるこころ優しい男性―それが、彼の演じようとした姿だった。先生、みなさんでたべてください、ということでー。お土産も都度持参した。
そんなわけで、もともと、徐々に会いに行く間隔をあけて、さいごはフェイズアウトするつもりが、逆に、カナウに頻繁に会いに行くことになってしまった。カナウは、単純にそれを喜んでいた。
そして、あのいまわしい出来事があった。
お付き合いいただきありがとうございます。
※おことわり
貿易の知識は、’80~’90代です
スマホはもっていないので、使う場面は想像してかいています
(ガラケーはもってました)




