13.目覚め
夢(侵入)からのつづきです。
紀彦は、寝おきのぼんやりした状態から、やっと意識が覚醒した。
頭が、本格的にうごきだしたーと、ともにひどく慌てた。
人形の少女は、彼の曾祖母の小春だった。
―そうだ。おばあちゃんは、この間から、人形「ミドリ」のなかにいる
小春(人形)は、紀彦を見て、ゆっくりとうなずいた。
―目覚めても、後を引くなんて……
「かなりつよい、心理操作をうけていたみたいね」
小春(人形)は、紀彦の頭を優しくなでた。彼は、この状況を理解した。
「オレ、『たまとり』に襲われたのか。こ、こんどは夢の中ー」
「うん、少し手を焼いたけど。もう、だいじょうぶ」
小春は、紀彦の背中に手を回して、彼の胸に顔を当てて、ぎゅっと抱きしめた。
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―完全に油断した。まさか、三日後にやってくるとはー 小春は、ホゾを噛む。
最初の時も、虚を突かれて、求魂娑(思念体)の侵入をゆるした。これまで、襲われることはあっても、紀彦の夢に侵入されることはなかった。
しかも、短期間に二度もー。たぶん……、求魂娑は、己の術の練度をあげるために、かなり時間をかけて修業を積んだのであろう。しかもー、実体にまで傷を負わせるなんて、間違いなく、私がいることを想定していた……。
そうなると、こいつ(求魂娑)が来たのは、例の風水師の筋からではないな。
小春は、頭を目まぐるしく回転させた。
―風水師のやつは、私に気が付いていなかった……
今回の『たまとり』ー求魂娑は、ターゲットが疲れて眠ったすきを見計らって、夢の中に侵入する。対峙したのは、初めてだがー。修行中、その名と能力を師匠から聞いたことがあった。ーが、夢の中で、戦ったのは初めてだった。
夢の中では、最初ー、身体を動かすことが全くできなかった。…追い払うことができたのは、ラッキーだったのかもしれない。それから、カナちゃんにも教えておかないとー。
「求魂娑が、彼女にばけていたことー」を。
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「今朝の『たまとり』は、どんな奴だったの」
紀彦は、小春のわき腹を見ながら、訊ねた。人形の服と皮膚がさけている。
どんな、おぞましい話を聞いても…。(どうせ、忘れてしまうんだ)と、いう認識がある。
小春は一呼吸置いて、声にドスをきかせて、紀彦の目をのぞき込んだ。
「夢の中でね、紀彦ちゃんを殺してー、魂をもっていっちゃう……やつかな」
一変、小春はいたずらっぽく笑って、紀彦の鼻先をさした。
「紀彦ちゃん、危なかったのよ。もう少しであなた、魂を取られるところだったの」
紀彦は、赤面して、小春の指先から顔をそらした。
ミドリの姿(人形)に、まだ慣れていない。
『たまとり』に魂をもっていかれると、いわゆる昏睡状態―寝たきりになって 二度と目を覚まさない。紀彦は、そう説明をうけている。そして、全国には、眠り続ける『たまとり』被害者が何百人といるのだ。 …もちろん、その中には『もちぬし』もいる。
小春は、紀彦の表情をうかがっていたが、いたたと、わき腹を押さえた。
人形の身体とはいえ、精密に動かすために、身体中に小春とアラヤが疑似神経を張り巡らせている。人工皮膚でも傷つくと痛い。そこだけ神経系統を遮断してすむ話ではない。
小春は、『たまとり』が、カナウに成りすましていたことを、紀彦に伝えた。
―夢に出てきたカナウは、『たまとり』だったのか……
紀彦は、自分が置かれていた状態を、おぼろげに理解した。
カナウに対して、彼はいつも無防備である。―危なかった……
「それで、そのケガはー」
紀彦は、小春のわき腹を見ていった。さすがに出血はしていないが、えぐられ方が、痛々しい。
「ああ、これねー。ほおっておいたら元に戻るけどー。結構深く差し込まれたから、治るまで、少し時間がかかるかもよ」
「もしかしたら、オレをかばってー」
紀彦は、手刀を自分の胸に向けて突こうしたカナウの姿を、思い出した。
「うん、とっさに私の身体を二人の間にわりこませたのー。で、こうなっちゃったわけ」
小春は、紀彦の盾になって、『たまとり』の手刀を、わき腹にうけたようだ。
「でも、気にしないで紀彦ちゃん。これが私の役目だし。あなたを助けることができて、とても嬉しいのよ」
小春は、紀彦の顔色をよんで、そうこたえた。
これが、役目といわれたらー、せつない。
とにかく、すぐ、カナウを起こして、小春の傷の手あてをしてもらおう。
―えーっ、ちょっと待って。人形の身体って、どうやって治療したらいいんだ……
彼は、小春に、自分のベッドで横になっているように言ってから、直ぐに部屋を飛び出した。
小春は、ゆっくりと、体を横たえると、
「だいじょうぶだよ。アラヤさんもいるから、傷の治りは早いよ」
といい、静かに目を閉じた。
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紀彦は、すぐ隣のカナウの部屋を いつもより強めにノックしー、返事を待たずに開けた。 彼女は起きて、着替えをすましておりー。机で、テスト勉強をしていた。
勢い込んできた紀彦を見て、カナウは、「どうしたの」という顔をつくって、彼を見た。 紀彦は、とっさに言うべき言葉を失った。
「ええと、なんだっけー、……」
カナウは笑顔をむけて、彼から続きの言葉を待った。
しかし、何も出てこなかった。
「ああ、なんか言いたいことあったけど、わすれちゃった」
「ふーん、そうなんだー。なら、思い出したら、教えてくれる」
そこで、紀彦は、はっとした。
―なにやってんだ。オレは
「うん。もしかしたら……、夢を見て、寝ぼけていたのかもー」
「そっかー。……もうすぐ、ごはんにするから、きがえてきたらー」
「あっ、うん」
紀彦は、毒気を抜かれ顔をして、静かにドアをしめた。彼は、部屋に戻って、後ろ手にドアしめる。どおってことはないー。三十男の部屋が、そこにある。いつもと、ちょっと違うのは、なぜか、小春が、彼のベッドで眠っている……ことぐらい。
―記憶が、とんでいる
「ああ、やっぱり、オレ、記憶を消されたんだ……。『たまとり』に、襲われた……」
―何も覚えていない。
紀彦は、はあとため息をつくと、静かに着替え始めた。
「あのね。ため息をつくと、ついた分だけ、幸せが逃げていくよ」
カナウに聞かれたら、きっと、またそういわれるだろう。
お付き合いいただきありがとうございます。




