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13.目覚め

夢(侵入)からのつづきです。

 紀彦は、寝おきのぼんやりした状態から、やっと意識が覚醒した。

頭が、本格的にうごきだしたーと、ともにひどく慌てた。

人形の少女は、彼の曾祖母の小春(こはる)だった。


―そうだ。おばあちゃんは、この間から、人形「ミドリ」のなかにいる

小春(人形)は、紀彦を見て、ゆっくりとうなずいた。

―目覚めても、後を引くなんて……

「かなりつよい、心理操作をうけていたみたいね」


 小春(人形)は、紀彦の頭を優しくなでた。彼は、この状況を理解した。

「オレ、『たまとり』に襲われたのか。こ、こんどは夢の中ー」

「うん、少し手を焼いたけど。もう、だいじょうぶ」

小春は、紀彦の背中に手を回して、彼の胸に顔を当てて、ぎゅっと抱きしめた。


     x   x   x   x


―完全に油断した。まさか、三日後にやってくるとはー 小春は、ホゾを噛む。

最初の時も、虚を突かれて、求魂娑(思念体)の侵入をゆるした。これまで、襲われることはあっても、紀彦の夢に侵入されることはなかった。

 

 しかも、短期間に二度もー。たぶん……、求魂娑(きゅうこんしゃ)は、己の術の練度をあげるために、かなり時間をかけて修業を積んだのであろう。しかもー、実体にまで傷を負わせるなんて、間違いなく、私がいることを想定していた……。


 そうなると、こいつ(求魂娑)が来たのは、例の風水師の筋からではないな。

小春は、頭を目まぐるしく回転させた。

―風水師のやつは、私に気が付いていなかった……


 今回の『たまとり』ー求魂娑は、ターゲットが疲れて眠ったすきを見計らって、夢の中に侵入する。対峙したのは、初めてだがー。修行中、その名と能力を師匠から聞いたことがあった。ーが、夢の中で、戦ったのは初めてだった。


 夢の中では、最初ー、身体を動かすことが全くできなかった。…追い払うことができたのは、ラッキーだったのかもしれない。それから、カナちゃんにも教えておかないとー。


「求魂娑が、彼女(カナウ)にばけていたことー」を。


     x   x   x   x


「今朝の『たまとり』は、どんな奴だったの」

紀彦は、小春のわき腹を見ながら、訊ねた。人形の服と皮膚がさけている。

どんな、おぞましい話を聞いても…。(どうせ、忘れてしまうんだ)と、いう認識がある。


 小春は一呼吸置いて、声にドスをきかせて、紀彦の目をのぞき込んだ。

「夢の中でね、紀彦ちゃんを殺してー、魂をもっていっちゃう……やつかな」

一変、小春はいたずらっぽく笑って、紀彦の鼻先をさした。


「紀彦ちゃん、危なかったのよ。もう少しであなた、魂を取られるところだったの」

紀彦は、赤面して、小春の指先から顔をそらした。

ミドリの姿(人形)に、まだ慣れていない。


『たまとり』に魂をもっていかれると、いわゆる昏睡状態―寝たきりになって 二度と目を覚まさない。紀彦は、そう説明をうけている。そして、全国には、眠り続ける『たまとり』被害者が何百人といるのだ。 …もちろん、その中には『もちぬし』もいる。


 小春は、紀彦の表情をうかがっていたが、いたたと、わき腹を押さえた。

人形の身体とはいえ、精密に動かすために、身体中に小春とアラヤが疑似神経を張り巡らせている。人工皮膚でも傷つくと痛い。そこだけ神経系統を遮断してすむ話ではない。


 小春は、『たまとり』が、カナウに成りすましていたことを、紀彦に伝えた。

―夢に出てきたカナウは、『たまとり』だったのか……

紀彦は、自分が置かれていた状態を、おぼろげに理解した。

カナウに対して、彼はいつも無防備である。―危なかった……


「それで、そのケガはー」

紀彦は、小春のわき腹を見ていった。さすがに出血はしていないが、えぐられ方が、痛々しい。


「ああ、これねー。ほおっておいたら元に戻るけどー。結構深く差し込まれたから、治るまで、少し時間がかかるかもよ」

「もしかしたら、オレをかばってー」


紀彦は、手刀を自分の胸に向けて突こうしたカナウの姿を、思い出した。

「うん、とっさに私の身体を二人の間にわりこませたのー。で、こうなっちゃったわけ」

小春は、紀彦の盾になって、『たまとり』の手刀を、わき腹にうけたようだ。


「でも、気にしないで紀彦ちゃん。これが私の役目だし。あなたを助けることができて、とても嬉しいのよ」

小春は、紀彦の顔色をよんで、そうこたえた。

これが、役目といわれたらー、せつない。


 とにかく、すぐ、カナウを起こして、小春の傷の手あてをしてもらおう。

―えーっ、ちょっと待って。人形の身体って、どうやって治療したらいいんだ……

彼は、小春に、自分のベッドで横になっているように言ってから、直ぐに部屋を飛び出した。


 小春は、ゆっくりと、体を横たえると、

「だいじょうぶだよ。アラヤさんもいるから、傷の治りは早いよ」

といい、静かに目を閉じた。


     x   x   x   x


 紀彦は、すぐ隣のカナウの部屋を いつもより強めにノックしー、返事を待たずに開けた。 彼女は起きて、着替えをすましておりー。机で、テスト勉強をしていた。


勢い込んできた紀彦を見て、カナウは、「どうしたの」という顔をつくって、彼を見た。 紀彦は、とっさに言うべき言葉を失った。

「ええと、なんだっけー、……」


 カナウは笑顔をむけて、彼から続きの言葉を待った。

 しかし、何も出てこなかった。

「ああ、なんか言いたいことあったけど、わすれちゃった」


「ふーん、そうなんだー。なら、思い出したら、教えてくれる」

そこで、紀彦は、はっとした。

―なにやってんだ。オレは


「うん。もしかしたら……、夢を見て、寝ぼけていたのかもー」

「そっかー。……もうすぐ、ごはんにするから、きがえてきたらー」

「あっ、うん」


 紀彦は、毒気を抜かれ顔をして、静かにドアをしめた。彼は、部屋に戻って、後ろ手にドアしめる。どおってことはないー。三十男の部屋が、そこにある。いつもと、ちょっと違うのは、なぜか、小春(ミドリ)が、彼のベッドで眠っている……ことぐらい。


―記憶が、とんでいる 

「ああ、やっぱり、オレ、記憶を消されたんだ……。『たまとり』に、襲われた……」

―何も覚えていない。


 紀彦は、はあとため息をつくと、静かに着替え始めた。

「あのね。ため息をつくと、ついた分だけ、幸せが逃げていくよ」

カナウに聞かれたら、きっと、またそういわれるだろう。

お付き合いいただきありがとうございます。

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