12.夢(侵入)
前回、夢を見てから三日後……
その日から三日後ー、紀彦は同じ夢を見た。
初めてのはずなのに、夢の中で、前回と同じ夢だと思った。
いや、途中までは全く同じだった。
ー前回と同様に…
カナウが、血走った目をつりあげて、地面のおばあちゃんを威嚇し
「おまえなんか、消えてなくなったらいいー」
と、激しく言い放った。
その時、倒れこんだおばあちゃんの身体が輝きだした。
彼女の全身が、まばゆい光を放っていた。
「ひっ、」
カナウが、顔に手をかざして光をさえぎった。
おばあちゃんは、舗道に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
もう、まぶしくなかった。彼女は、傍らの紀彦ににっこりするとー
「紀彦ちゃん、すぐに助けてあげる。おばあちゃんが守ってあげるからね」
と、いった。
おばあちゃんは、身も凍るようなオゾマシイ殺意を、カナウに向けて投げつけた。
その刹那、カナウははじかれたように、後方に数メートルとびすさった。彼女の全身は、怒りと恐怖のために、わなわなと震えはじめた。
(こ、こいつまた。わたしのジャマをー)
おばあちゃんは、そんなカナウを見て、にやっとした。余裕のある笑みだった。
「やっと、夢の空間に体がなじんできたみたい」
彼女は、紀彦の前に立ち、片手をあげて彼をかばい、キッと、カナウをにらんだ。
紀彦は、呆然として、手前のおばあちゃんの横顔と、少し離れたところにいるカナウを交互に見た。紀彦は戸惑った。明らかにふたりは、憎みあっている。
―いったい何が起こっているんだ?
おばあちゃんは、横顔で、彼に優しくささやいた。
「紀彦ちゃん、もう大丈夫だよ」
と、言われてもー、紀彦には状況がさっぱり呑み込めない。―これは、ゆめ?
おばあちゃんは、殺気立ったカナウを冷ややかに眺めるとー。
一転、軽やかに訊ねた。
「どうする」
その瞬間、目にもとまらぬ速さでー、カナウが、おばあちゃんめがけてとびかかった。
紀彦には、何がどうなったのか全く分からない。
彼女らは何らかの形で勝負をしたらしい。
勝負は一瞬のうちについていた。
次に、紀彦が見たのは、おばあちゃんの前に這いつくばるカナウだった。なぜ、カナウがこのような惨めな体制になったのか、皆目見当がつかない。
気が付けばー、おばあちゃんの右手には、鍔のない剣が握られていた。
おばあちゃんは、全く動いていなかった。伸びた髪が、わずかに揺れていた。
紀彦は、カナウを抱き起そう思ったがー。カナウは、その姿勢のまま後方に瞬間移動した。どうやら、おばあちゃんの間合いから、逃れ出たらしい。
その間ー、おばあちゃんは、カナウに致命的な一撃を加えたものか、どうか迷っていた。それが目に、色になって出た。紀彦は、そのためらいを読み取ると、カナウに向かって走り出した。
カナウを、おばあちゃんからかばってやらなければー、の一念であった。紀彦にとって、いかなる理由があるにせよ、おばあちゃんとカナウは、争ってほしくなかった。その思いが彼を前へと駆り立てた。
―あっ、何を!
おばあちゃんが、紀彦をひきとめる間もなくー。彼は屈みこみ、カナウに手を差し伸べようとした。カナウは、這いつくばったまま顔を上げると、紀彦を見てにやりと笑った。
彼女は、素早く手刀をつくり、それで彼の胸を突いた。
「ばか、なにやってるのよ」
瞬時に駆け寄ったおばあちゃんが、紀彦の耳元でどなった。彼の耳の中がキーンとなった。
紀彦は深い闇の中を、真っ逆さまに落ちていった。
x x x x
瞼を開くとー、紀彦は、自分の部屋、ベッドの横に立っていた。ーパジャマ姿だった。夜が明け、カーテンの隙間から、朝日がさしこんでいる。
彼はー、(なんだ、夢か)と、ホッとしたがー。身体に、すごい違和感があった。
見知らぬ少女が立てひざで、彼の腰に片腕を廻してしがみ付いていた。彼女は、もう一方の腕をくの字にまげて、わき腹を抑えている。おばあちゃんとカナウは、部屋のどこにもいなかった。
―あわわわ…
紀彦は腰を振って、少女の手を振りほどこうとするがー。少女は、片手でがっしりと彼の腰をつかんで離さない。彼女は、目を固く閉じていた。よく見ると、わき腹あたりの服が、引き裂かれている。
「紀彦ちゃん、だいじょうぶだった」
少女は弱弱しい声でいった。紀彦は、腰ふりをやめた。だいじょうぶときかれても、この状況でー、あなたの方こそ、だいじょうぶですかと、いいたかった。
少女は、ほっと息をつくと
「よ、よかった。女には逃げられたけど……、あなたは無事だったみたい」
薄目をあけて、つぶやいた。
紀彦は、置時計を見て時間を確認した。(カナウは、もう起きてるな)と、ぼんやりと思った。彼女が、今日は英語の試験があると、いっていたことを思い出した。
―そういえば、おばあちゃんは、どこへいったんだろう……
目を覚ましたら、見知らぬ少女が、自分の腰にすがりついていた。
本来ならばー、たまげて、君はだれだと、訊ねるべきなのだが、なぜか紀彦には、それができない。
どうやら、自分は、この少女と暮らしている…ようだ。
―ええと……、だれだったかな?
―そうだ。この子は、ー先日、部長からあずがったー人形の少女。
―人形の名前は……?
―ええと、この子の名前はなんだっけ? ミ…… うーん、思い出せない。
紀彦は、考えながらー、目を少女の下腹部へ移した。
―それよりー、この子、ひどいケガをしているらしい。自分に体重をあずけて、しがみついているし……、顔をしかめて、とても、いたそうだ。
「あのう、大丈夫ですか? ーおなか」
紀彦は、ぎこちなく、少女に訊ねた。
「傷口はすぐに塞いだけど、大丈夫じゃないよー」
少女は、案外落ち着いた声で応えた。少し怒りが混ざっている。
「あのう、救急車をよびましょうか」
紀彦はとってつけたように、いった。
スマホをとろうと、枕元に手を伸ばしたが、少女が腰にしがみついていて動けない。彼女は、傷口のあたりを、手で軽くなぞって
「―心配してくれるのね。ありがとう」
と、いった。とてもうれしそうだった。
「でもね。病院へ行っても、このケガは治らないのよ」
(なんだか、めんどうくさい)紀彦は、多少迷惑におもったので
「じゃあ、どうすればいいですか」
と、少し投げやりにたずねた。ーが、そのあと直ぐに、反省して
「早く、傷の手当てをしましょうかー」
と、優しくいい直した。
少女は、傷口をおさえたまま立ち上がり
「突然、夢の中に出てきて驚いた? おこっているのね? ーでもね、私、求魂娑とはあの空間でしか戦えないの……。ごめんね」
と、申し訳なさそうに謝った。
……が、紀彦には、少女の言葉の意味が、分からない。
―いや、きゅうこんしゃって、なに。どうして、夢の中でたたかうの
そもそも、夢に出てきたのは、カナウとおばあちゃん……
「お、おばあちゃん」
お付き合いいただきありがとうございます。




