10.夢
紀彦の夢です。
紀彦は、たまに夢を見る。
その日の夢は、ー朝の出勤途中のこと。
彼は、最寄りの駅に向かって、いつものように舗道を歩いていた。
いきなり、若い女性がひとり、紀彦の足元に転がり込んできた。
女性は、おばあちゃんだった。
「お、おばあちゃん。ど、どしたん?」
紀彦はあやうく、おばあちゃんを、ぐにゅっと、踏みつけそうになった。
おばあちゃんは転がったままー、両手で肩を抱き、苦しそうにもがいている。
顔は苦痛にゆがみ、目をぎゅっと閉じていた。
紀彦はその様子を、唖然とながめていた。
おばあちゃんは、薄目を開けると、紀彦に気が付ついた。彼女は、顔をあげて、片方の手を彼に向かって伸ばした。
「のりひこちゃん、……助けて……。…守って……」
おばあちゃんは、とぎれとぎれの声で言った。
濡れた瞳は、紀彦の顔をとらえて離さず、強い決意をひめていた。紀彦が、あわてておばあちゃんに手を差し伸べようと、屈みこんだ。その時、寝っ転がった彼女の足先にー。別の女性が立って、地面のおばあちゃんを見下ろしているのに気が付いた。
紀彦は顔をあげて、その女性の顔をみた。
―えっ、なんで。 彼は、言葉を失った。
カナウだった。彼女の髪はみだれ、肩でハアハア息をしていた。
カナウは血走った目をいからせて、おばあちゃんをにらみつけると
「ジャマしないでー」
と、震える声で怒鳴った。その声はヒステリックでー、紀彦は全身が総毛立つのを感じた。
カナウがそう叫んだ途端、地面のおばあちゃんは跡形もなく消えていた。
舗道の上には、彼女のたおれていた体の形が、まるで影のように染みついていた。
紀彦は、おばあちゃんの影をみつめたまま、しゃがんでいた。
なにをどうしていいのか、分からなかった。
カナウは、紀彦をみてほほ笑むと、彼にゆっくり近づいてきた。
カナウが、彼の身体に触れようと両手を伸ばしてきた。なぜかー紀彦は、反射的にその手からのがれようと、身体をよじった。カナウの手は、彼の肩に触れる寸でのところで空を切った。
彼女はさらに、手を伸ばして―、彼の肩に触れようとした。その時ー、カナウの身体は消え去っていた。消える前、彼女がもどかしい表情で、何かを紀彦に訴えかけてきた。
そこで目が覚めた。まだ、真夜中だった。
目が覚めてー、紀彦は、夢の後味のわるさに気がめいった。が、二度寝すると、夢の内容は、きれいさっぱり忘れてしまった。
お付き合いいただきありがとうございます。




