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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第67話 休み続ける場所

 石の扉を越えた瞬間。


 リディアは、足を止めた。


「……暖かい」


 地下へ降りたはずなのに。


 寒くない。


 湿った石の冷気も、ほとんど感じなかった。


 階段の左右には、青白い灯りが等間隔で並んでいる。


 火ではない。


 小さな石が、ぼんやりと光っていた。


「昔の避難所なのか?」


 ガレスが壁を見る。


 傷だらけの石。


 手すり。


 ところどころに、古い文字。


「レイ」


「読めない」


「一夜殿の記憶には?」


「ない」


 レイは首を横へ振った。


「これは、こちらの古い文字だ」


 同行する騎士が持っていた写しを広げる。


 ローレンが出発前に書き写したものだ。


「入口付近は、避難者確認所だったらしい」


 テオが階段の先を見る。


「確認所にしては」


 声を落とす。


「静かすぎます」


 誰もいない。


 それなのに。


 人が眠っている場所のような気配がする。


 遠くから。


 規則正しい寝息のような音まで聞こえた。


『こちらです』


 女性の声。


『ゆっくりで構いません』


『急ぐ必要はありません』


 リディアは返事をしない。


 全員が、帰還ロープを確認する。


 1番。


 2番。


 3番。


 順番は崩れていない。


 レイも腰の接続部を触った。


「異常なし」


「進む」


 ガレスを先頭に。


 8人は階段を下りていった。


 地上。


 一夜は帰還ロープへ指を添えていた。


 長く1回。


「全員無事」


 ダリウスが返事として、地上側から同じように1回引く。


 一夜は説明書を見る。


【地下班:8人】


【接続状態:正常】


【自己識別安定:良好】


【役割固定反応:微弱】


「今のところ、大丈夫です」


「匂いの影響は?」


【未知物質濃度:低】


【長時間吸入による眠気の可能性があります】


「眠くなるみたいです」


「地下班へ伝える方法は?」


 一夜は小さな木板へ日本語で書きかけて止まる。


「読めない」


「私が書く」


 ダリウスが受け取った。


「何と?」


「甘い匂いは眠気を誘う。長居しないでください」


 団長が文字を書き。


 連絡用ロープへ結びつける。


「送るぞ」


 木板が地下へ滑っていった。


 一夜はテントの入口へ腰を下ろす。


「俺も行った方が早かったかな」


「設営者」


 ダリウスが低く呼ぶ。


「分かってます」


「なら言うな」


「思ったことまで禁止しないでください」


「思うのは自由だ」


「そこはちゃんとしてる」


 一夜は少し笑い。


 再び説明書へ目を落とした。


【設営者役割固定危険度:中】


 今のところ。


 変化はない。


 地下班が階段を下り切ると。


 巨大な部屋へ出た。


「これは……」


 テオが呆然とする。


 広い。


 騎士団本部の訓練場よりも広い空間。


 左右へ。


 低い寝台が並んでいる。


 10。


 20。


 いや。


 もっと。


「人がいる」


 騎士の1人が剣へ手をかけた。


 寝台の上。


 毛布に包まれて。


 人影が眠っていた。


 老人。


 若者。


 女性。


 子供。


 服装も年代もばらばら。


「近づくな」


 ガレスが止める。


「生きているのか?」


 リディアが一番近い寝台を見る。


 中年の男。


 胸が上下している。


「呼吸はある」


「223年間?」


「そんなはずはない」


 レイが男を見つめる。


「これは、人間そのものではない」


「分かるのか」


「ああ」


 レイは自分の胸を押さえた。


「私に似ている」


 説明書がない。


 それでも。


 地下側から生まれたレイには感じられるらしい。


「記憶から作られた?」


「たぶん」


 ガレスが寝台の列を見る。


「何人いる」


 数える。


 50を超え。


 100を超え。


 奥は暗くて見えない。


『起こさないでください』


 女性の声が響く。


『疲れているのです』


 リディアが問いかける。


「誰だ」


『ノクス』


「それは役割名だ」


 返事が止まる。


「あなた自身の名前を聞いている」


『必要ありません』


 一夜たちが予想した通りの答えだった。


『私には役割があります』


「役割の前は?」


『忘れました』


 レイの表情が強張る。


『忘れた方が楽です』


 青白い灯りが少し強くなる。


『皆もそうしました』


 眠る人々。


 その1人が、寝返りを打つ。


 口が動いた。


「……明日は」


 また別の者。


「行きたくない……」


「もう少し……」


「朝になったら……」


「また働かないと……」


 声が。


 少しずつ増える。


「ごめんなさい……」


「俺のせいだ……」


「もう、失いたくない……」


「ここなら……」


 寝台にいる者たちが。


 目を閉じたまま。


 それぞれの言葉を繰り返している。


「固定された記憶か」


 リディアがつぶやく。


 レイは1人ずつ見る。


「違う」


「何が」


「人を作っているのではない」


 レイが眠る者の胸元へ視線を落とす。


「瞬間だ」


「瞬間?」


「朝へ行きたくないと思った瞬間だけを」


 レイは自分の頭を押さえる。


「何度も再生している」


 テオの顔が青ざめる。


「223年?」


「分からない」


『休めばいいのです』


 ノクスの声。


『朝に向かわなければ』


『もう傷つきません』


「それで」


 リディアが寝台を見渡す。


「朝へ戻る意思を消している」


『消してはいません』


 女性の声は優しかった。


『待っているだけです』


「何を」


『本人が、起きたいと思うまで』


「では、起きたいと言った者は?」


 返事がない。


「何人いた」


『……』


「223年間で」


 リディアの声が強くなる。


「ここから自分で起きた者は何人いる」


『休息を急かしてはいけません』


「答えろ」


『疲れている者へ』


 ノクスの声が少し揺らぐ。


『朝を強制する方が、残酷でしょう』


 リディアは黙った。


 それは。


 完全に間違っているとは言い切れない。


 疲れている者を。


 無理に起こす。


 動かす。


 進ませる。


 それで人を失った経験が、彼女にはある。


『だから』


 声が近づく。


『私は待ちます』


「いつまで」


『必要なだけ』


「223年でも?」


『必要なら』


 リディアの表情が険しくなる。


「それは、待つとは言わない」


『では、何と』


「止めている」


 寝台の1つが。


 きしんだ。


 若い男が体を起こす。


 騎士服。


 見覚えのある輪郭。


「副隊長」


 リディアの呼吸が止まる。


 ロイド。


 その姿だった。


「ここなら」


 ロイドが笑う。


「もう無理しなくていいですよ」


 リディアは剣へ手を伸ばさない。


「お前が何者でも」


 静かに言う。


「今は答えない」


 ロイドの笑顔が消える。


「約束しましたから」


 リディアの眉が動く。


 だが。


「それも、私の記憶から取った言葉だろう」


 ロイドは答えない。


「帰ってから考える」


 リディアは前を向いた。


「進むぞ」


 ロイドの姿をしたものは。


 追ってこなかった。


 ただ寝台へ横たわり。


 再び目を閉じる。


「……副隊長」


 最後に。


 小さく呼んだ。


 連絡用ロープに。


 木板が到着した。


 ガレスが読む。


「甘い匂いは眠気を誘う。長居するな」


「地上からか」


「ああ」


 レイが周囲を見る。


「もう遅いかもしれない」


「何が」


「眠い」


 テオも目をこする。


「私も少し……」


 リディアが即座に言う。


「全員、状態確認!」


 8人が順番に答える。


 意識あり。


 歩行可能。


 判断可能。


 ただし。


 全員に眠気。


「撤退しますか?」


 騎士の1人が尋ねる。


 ガレスが答える。


「まだ軽い。ただし、次の区画までだ」


「異常が強まれば戻る」


 リディアも同意する。


「レイは?」


「進みたい」


「理由は」


「この先に」


 レイが奥の扉を見る。


「私が作られた場所がある」


「分かる?」


「ああ」


「無理は?」


「今はない」


「なら進む」


 扉へ向かう。


 寝台の間を通る。


 そこで。


 レイが足を止めた。


「待って」


「どうした」


 1つの寝台。


 小さな少女が眠っている。


 古い服。


 胸には。


 木製の小さな札。


「読める」


 レイが言った。


「何と?」


「ミレア」


 リディアが振り向く。


「ミレア・サーン?」


「家名はない」


 少女は。


 10歳にも見えなかった。


「ミレアは、ノクス本人の名前だったはず」


 ガレスが言う。


「223年前に娘を失った」


 リディアの顔が変わる。


「なら」


 寝台の少女は。


 ミレア本人ではなく。


「亡くなった娘?」


 少女がゆっくり目を開いた。


 黒い瞳。


「お母さん」


 幼い声。


「もう帰ろうよ」


 地下全体が。


 大きく震えた。


『やめて』


 初めて。


 ノクスの声から。


 優しさが消えた。


『その子を起こさないで』


 リディアたちは。


 一斉に少女を見た。


「この子が」


 レイがつぶやく。


「今のノクスを223年間、ここへ残している」


 奥の扉が。


 音を立てて閉じ始めた。


「走れ!」


 ガレスが叫ぶ。


 8人は。


 娘を失った夜の奥へ。


 一斉に駆け出した。

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