第64話 守る人ほど、夜に近い
【現在、条件一致率が最も高い対象】
【泊一夜】
「俺?」
一夜は説明書を見直した。
文字は消えない。
「何と書いてある」
リディアが近づく。
一夜は、そのまま読み上げた。
「次のノクス候補として、今この場で最も条件が合っているのは俺らしいです」
「却下だ」
「リディアさんが決めることじゃありません」
「なら、あなたが却下しろ」
「そうしたいですけど」
一夜は説明書へ問いかける。
「候補って、もう何か始まってるんですか?」
【役割固定:未開始】
【地下側からの候補認識:あり】
「まだ固定は始まってません」
全員の空気が、わずかに緩んだ。
「では、なぜ候補になった」
ダリウスが尋ねる。
一夜は表示を追う。
【一致要素】
【強い保護意思】
【自己犠牲傾向】
【他者の危機に対する過剰介入傾向】
【複数対象の帰還責任を自己へ集中させる傾向】
「……かなり刺さる」
ガレスが言った。
「団長」
「事実だ」
「副隊長」
「事実だ」
「レイ」
「記憶の中でも、かなりそうだった」
「全員そっち側ですか」
一夜はため息をつく。
説明書は、さらに続ける。
【保護能力保有者は、夜側維持役との適合率が上昇する場合があります】
「保護能力?」
一夜はテントを見る。
「安全地帯そのものか」
【推定:はい】
リディアの表情が険しくなる。
「つまり、ノクスはあなたの天幕を狙っているだけではない」
「俺自身も、役割に向いている」
「最悪だな」
「言い方」
「事実だ」
一夜は否定できなかった。
自分の安全地帯は。
誰かを休ませる場所だ。
傷つかないようにする。
朝まで持たせる。
帰れるようにする。
だが。
その気持ちが強くなりすぎて。
誰も外へ出したくない。
自分が全部守る。
自分が全部背負う。
そうなった瞬間。
ノクスと近づく。
「安全地帯と、夜が似ているから」
一夜が言う。
「俺も、ノクスに向いてしまう」
「違いはある」
リディアが即座に答えた。
「本人が出たい時に出られる」
「はい」
「それを忘れるな」
「忘れたら?」
「私が止める」
ガレスも続く。
「私もだ」
ダリウスが腕を組む。
「騎士団として拘束する」
「そこまで?」
「次のノクスになる可能性がある者を放置する方がおかしい」
「正論ですけど、少し怖いな」
レイが干し肉を食べながら言う。
「私も止める」
「どうやって?」
「あなたが全員を安全地帯へ閉じ込めようとしたら、外へ出る」
「それ、かなり効きそうですね」
「あなたは止めるだろう」
「止めますね」
「その時点で、自分が間違えていると気づける」
一夜は少し笑った。
「レイに教えられるとは」
「私も学んでいる」
「そうでした」
説明書へ新しい文字が浮かぶ。
【役割固定回避のための推奨行動】
「何か出ました」
【1:他者の意思決定を代行しない】
【2:救助対象の拒否権を維持する】
【3:設営者自身の休息を確保する】
【4:危機対応責任を複数人へ分散する】
【5:自己犠牲による解決を優先しない】
部屋が静かになる。
リディアが一夜を見る。
「全部、あなたが最近覚えていることだな」
「説明書にまとめられると、ちょっと恥ずかしいですね」
「もっと早く表示しろ」
ガレスが説明書へ言った。
「俺に言われても」
「天幕に言った」
「聞こえてるのかな」
【補足】
【過去の行動改善を確認しています】
一夜が目を丸くする。
「聞いてた」
「便利だな」
「たまにだけ」
リディアが説明書を指す。
「この5つを守ればいいのか」
「それだけとは限りません」
【役割固定は単一条件では成立しません】
【本人による夜側維持意思の受諾が必要です】
「最後は」
一夜が読み上げる。
「俺自身が、誰かを夜へ残すことを受け入れない限り、ノクスには固定されない」
「なら、簡単だ」
テオが言った。
「断ればいい」
「たぶん、そんなに簡単には来ないんでしょうね」
一夜は苦笑する。
「ノクス・アルクライトも」
リディアが低く言う。
「最初から、部下を閉じ込めたいと思っていたわけではない」
「守りたかった」
「ああ」
「俺にも」
一夜はテントを見る。
「守った方がいいと思わせてくるんでしょうね」
安全だから。
外へ出れば死ぬから。
危険だから。
ここにいればいい。
ずっと。
「一夜」
「はい」
「確認するぞ」
リディアが真正面に立つ。
「私が地下へ行くと言ったら」
「危険だから止めます」
「それでも行くと言ったら」
「理由を聞きます」
「理由を聞いても行くと言ったら」
一夜は少し考えた。
「装備を確認します」
「その後は?」
「帰還手順を確認します」
「その後」
「行かせたくないとは言います」
「それでも」
一夜は息を吐く。
「最後は、リディアさんが決めます」
リディアがうなずいた。
「よし」
「試験だったんですか」
「確認だ」
「では俺からも」
一夜が言う。
「俺が地下へ入ると言ったら?」
「止める」
「それでも行くと言ったら?」
「止める」
「理由を聞いても?」
「止める」
「俺に拒否権ないじゃないですか」
「設営者が地下へ入ると接続領域が拡大すると、説明書が言っていた」
「条件が違う」
「だから止める」
「正しいけど」
レイが口を挟む。
「それは本人の選択を奪うことにはならない?」
リディアが少し考える。
「危険を止めることと、永久に選択を奪うことは違う」
「どこで分ける」
今度は一夜も黙った。
簡単な線ではない。
子供。
重傷者。
混乱している人。
誰かへ危害を加えようとしている人。
全部。
本人の意思だけで決められない状況もある。
「難しいですね」
一夜が言う。
「でも」
ダリウスが口を開く。
「判断した後、見直せるようにしておけばいい」
「見直す?」
「止める。だが、永久には決めない」
一夜が団長を見る。
「状態が変われば、もう1度話す」
「なるほど」
「騎士団の拘束も同じだ。危険だから止める。しかし、永遠に閉じ込めるためではない」
一夜は説明書を見る。
夜との違い。
止めることではない。
次に選び直せること。
「朝と同じですね」
「何がだ」
「今日は駄目でも」
一夜は言う。
「明日、もう1度決められる」
リディアが小さくうなずく。
「それなら、夜にはならない」
「たぶん」
レイが言う。
「その言葉、便利ですね」
「使ってみた」
「覚えなくていいところばかり覚えるな」
少しだけ笑いが起きる。
その日の午後。
一夜たちは地下へ入る前の手順を作り直した。
これまでの帰還ロープだけではない。
判断そのものを、1人へ集めない。
「地下班の撤退判断は、誰が?」
一夜が尋ねる。
「現場指揮は副隊長」
ダリウスが答える。
「ただし、ガレスにも撤退提案権を持たせる」
「提案?」
「ガレスが撤退を要求した場合、副隊長は1度止まって理由を聞く」
リディアがうなずく。
「異論はない」
「テオたちも?」
「危険を感じた者は誰でも言える」
「いいですね」
一夜は紙へ書き込む。
文字は日本語だが、自分用なら問題ない。
「地上側は?」
「あなた1人にしない」
リディアが言う。
「団長と記録官を残す」
「ローレンさんは地下の地図が必要では?」
「写しを持たせる」
ローレンが答える。
「今回は別の記録官を同行させる」
「本人は行かないんですね」
「私も学んでいる」
「すごい」
「驚くな」
「前は自分で行きそうだったので」
「否定はしない」
さらに。
安全地帯へ戻った後も、勝手に次の行動へ移らない。
食事。
負傷確認。
人数確認。
休息。
その4つを済ませる。
それから次を決める。
「完全に、休むことが作戦に入りましたね」
一夜が言う。
「あなたが持ち込んだ」
ガレスが答える。
「騎士団では珍しい?」
「以前よりは」
リディアが少し視線をそらした。
「今は必要だと思っている」
「いい変化ですね」
「上から言うな」
夕方。
一夜はテントの中で夕食の準備をしていた。
鍋。
野菜。
干し肉。
スープ。
レイが隣で、切られた野菜を見ている。
「それは何だ」
「根菜です」
「干し肉は?」
「入れます」
「多め?」
「今日は全員分なので普通です」
「私の器だけ」
「自分で追加してください」
「いいのか」
「はい」
レイが少し考える。
「自分で決めていい?」
「そのために置いてます」
追加用の干し肉を、小皿へ出す。
レイは3切れ取った。
少し迷い。
1切れ戻した。
「2切れでいいんですか」
「食べてから、足りなければ増やす」
一夜の手が止まる。
「どうした」
「いや」
「何だ」
「選び直してるなと思って」
「食事で?」
「食事でも」
レイは理解できない顔をしたまま、器を持つ。
一夜は少し笑った。
小さなこと。
でも。
ノクスと戦うのは、こういうことなのかもしれない。
最初に決めたことへ固定されない。
足りなければ増やす。
多ければ減らす。
嫌ならやめる。
明日また選ぶ。
食事が終わった頃。
一夜の説明書が開いた。
【地下方向観測反応:低下】
【役割誘導:休止】
【次回接続予測:明朝】
さらに。
【設営者役割固定危険度】
【現在:中】
「下がった」
「何が」
リディアが尋ねる。
「俺がノクスになる危険です」
「中?」
「まだ中です」
「高かったのか」
「たぶん」
「聞いていない」
「表示されてませんでした」
「今後は毎回確認しろ」
「健康診断みたいですね」
「必要だ」
一夜は説明書へ問いかける。
「どうすれば、さらに下がりますか?」
【休息】
【責任分散】
【本人意思の確認】
【自己選択時間の確保】
「やっぱり同じです」
最後に1行。
【設営者自身が、救助以外の目的を保持することを推奨します】
一夜は眉を上げた。
「救助以外?」
「何と?」
一夜は読み上げる。
リディアが少し考える。
「コーヒー」
「それですか」
「キャンプ」
「それも」
「散歩」
レイが言った。
一夜が彼を見る。
「覚えてたんですね」
「まだしていない」
「地下が終わったら行きます?」
「ああ」
「目的なしで?」
レイが少し迷う。
「干し肉は持っていく」
「そこは譲らないんだ」
リディアが笑った。
一夜もつられて笑う。
誰かを救うためではない時間。
役割ではない時間。
ただ、自分がしたいから使う時間。
一夜は説明書へ目を戻す。
【設営者役割固定危険度】
【現在:中】
まだ安全ではない。
それでも。
下げる方法は分かった。
朝へ帰るために必要なのは。
誰かを救うことだけではない。
自分自身にも。
次にしたいことがあることだった。




