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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第61話 アルクライトの夜

「ノクス・アルクライト」


 ローレンが、もう1度その名を読んだ。


 記録室の空気が止まっている。


 一夜は、隣に立つリディアを見る。


「知っている名前ですか?」


「姓は、な」


「ご家族に?」


「アルクライト家は、昔から辺境騎士団に関わっている」


 リディアは古い紙へ視線を落とした。


「だが、ノクスという名は聞いたことがない」


「154年前なら、かなり前ですよね」


「ああ」


 ローレンが紙を慎重に机へ置く。


「こちらには、別の名が残っている」


「元の名前?」


 一夜が尋ねる。


「そうだ」


 古びた騎士名簿。


 指で1行を示す。


「レオン・アルクライト」


 リディアの表情が変わった。


「レオン?」


「知っているのか」


「家に、その名の剣がある」


 一夜が彼女を見る。


「剣?」


「祖父から聞いた。昔、アルクライト家に優秀な騎士がいたと」


「その人の?」


「おそらく」


 リディアは紙へ近づく。


「だが、話では戦死したはずだ」


「どこで?」


「北の街道」


 ローレンが別の記録を探す。


「待て」


 紙束をめくる。


「これか」


 154年前。


 北街道警護隊。


 隊長。


 レオン・アルクライト。


「間違いありません?」


「姓だけならあり得る。だが、年代も一致する」


「何があったんです?」


 ローレンが記録を読み始める。


「北街道で、大規模な夜間崩落が発生」


「崩落?」


「山の斜面が落ちたらしい」


「モンスターではない?」


「最初の記録では自然災害だ」


 同行していた騎士と商隊。


 合計27人。


「生存者は?」


「8人」


 一夜は息を止めた。


「かなり亡くなっていますね」


「ああ」


「レオンは?」


「生存」


 リディアの目が紙から離れない。


「その後は?」


「8人を連れて、近くの廃礼拝所へ避難している」


「そこから夜の異常が?」


「そう見える」


 次の記録。


 夜明けを迎えても。


 礼拝所の周囲だけ、夜が残った。


「何日です?」


「2日」


「その中で何が?」


「生存者の証言がある」


 ローレンが紙を読み上げる。


「レオン・アルクライトは、眠らなかった」


 リディアの肩が固くなる。


「ずっと?」


「少なくとも証言上は」


「負傷者を見ていた?」


「ああ」


「交代は?」


「拒否した」


 一夜はリディアを見る。


 彼女も気づいている。


「全員を守らなければならない、と繰り返していた」


 ローレンが続ける。


「休めと言われても、自分が眠れば次は誰かが死ぬ、と」


 リディアの手が、ゆっくり握られた。


「レオンは」


 一夜が尋ねる。


「前の戦闘でも、誰かを失っていたんですか?」


 ローレンは別の紙を確認する。


「ある」


「何人?」


「部下4人」


 リディアが小さく息を吐く。


「……そうか」


 一夜は何も言わなかった。


 ロイド。


 リディアが休ませずに進ませた結果、失った部下。


 偶然では済まないほど。


 記録のレオンは、今のリディアへ重なっていた。


「その2日目」


 ローレンの声が低くなる。


「生存者の1人が、レオンへこう言ったとある」


「何と?」


「隊長が休んでくれないと、我々も休めない」


 リディアが目を閉じた。


「その夜、レオンは1人で礼拝所の地下へ入った」


「また地下」


 一夜がつぶやく。


「戻ってきたのは?」


「翌朝」


「本人確認は?」


「当然、ない」


「名前は?」


 ローレンは次の記録を見る。


「その日から、ノクス・アルクライト」


 一夜の指先が冷たくなる。


「まただ」


 地下へ1人で入り。


 戻ってくる。


 そして、ノクスになる。


「何をしたんです?」


「最初に命じたのは」


 ローレンが読む。


「全員、休め」


 一夜が顔を上げた。


「それだけ?」


「いや」


 続き。


「夜が明けるまで誰も礼拝所を出るな」


「外は?」


「朝になっていた」


「なのに?」


「ああ」


 レオン――ノクス・アルクライトは。


 礼拝所の扉を開けたまま。


 誰も出るなと言った。


「どうして従ったんです?」


「隊長だからだろう」


 ガレスが低く言った。


「彼らにとって、アルクライトは生存者を守った隊長だった」


「役割を利用した」


 一夜が言う。


「信頼を、そのまま夜に固定するために」


 説明書が開いた。


【過去事例との照合】


【役割情報の再利用を確認】


【対象役割:隊長】


【固定対象:生存者7人】


「7人」


 一夜が読み上げる。


「全員、固定された」


 リディアが問いかける。


「1人足りない」


「最初は8人生存していました」


「ああ」


「レオンを除けば7人です」


 リディアは黙った。


 自分以外の全員を。


 守るという形のまま。


 夜へ残した。


「その後は?」


「3日目に、救助隊が到着」


「助けられた?」


「7人は、礼拝所から出ることを拒否した」


「レオンは?」


「救助隊へ、こう答えた」


 ローレンが読み上げる。


「彼らは疲れている。朝へ連れ出す必要はない」


 一夜の胸が重くなる。


 聞いたことのある思想。


 休め。


 もう何もしなくていい。


 朝へ行かなくていい。


「この人は」


 一夜が言う。


「守ることをやめたんじゃない」


 リディアが顔を上げる。


「守る方法を、間違えた?」


「はい」


 一夜は紙を見る。


「絶対に傷つかない場所へ置こうとした」


「外へ出さなければ、部下は死なない」


 リディアの声が低い。


「進ませなければ、失わない」


「そうです」


「……分かる」


 一夜が彼女を見る。


 リディアは記録から目を離さなかった。


「その考えが、分かる」


「リディアさん」


「ロイドを失った後」


 部屋の誰も口を挟まない。


「私は、次の部下を絶対に死なせないと決めた」


「はい」


「休ませることを覚えた今でも」


 リディアは自分の右手を見る。


「時々思う」


 外へ出さなければ。


 戦わせなければ。


 危険な場所へ行かせなければ。


「誰も死なない」


 一夜は少し考えてから答えた。


「でも、それを決めるのはリディアさんだけじゃない」


「ああ」


「地下へ行くかどうかも」


「レイにも、選ばせる」


「はい」


「騎士たちにも」


「はい」


「私が守りたいからという理由で」


 リディアは、一夜を見る。


「相手の選択まで奪わない」


 一夜はうなずいた。


「それなら、レオンさんとは違います」


「今は、だ」


「今が大事でしょう」


 リディアの眉が少し動く。


「過去に何を考えたかより」


 一夜は続ける。


「今、自分で違う方を選べるなら」


「ノクスと同じか」


「そうですね」


 一夜は少し笑った。


「なってしまったことより、そこから何を選ぶか」


 説明書が、静かに光った。


【過去事例:ノクス・アルクライト】


【役割離脱記録:未確認】


「この人は戻れなかったんですか?」


 一夜が尋ねる。


 ローレンの顔が曇る。


「残っている記録だけなら」


「どうなった?」


「救助隊が4日目に再度入った」


「はい」


「礼拝所の中に、誰もいなかった」


「7人も?」


「ああ」


「遺体は?」


「ない」


「レオンも?」


「いない」


 一夜が説明書を見る。


【固定対象:7人】


【最終状態:不明】


【役割保持者:ノクス・アルクライト】


【最終状態:不明】


「消えた?」


「そう記録されている」


 リディアが尋ねる。


「礼拝所は今もあるか」


「ない」


「なぜ」


「47年前の地震で倒壊した」


「地下は?」


「埋まっている」


 ダリウスが腕を組む。


「調査対象が増えたな」


「今すぐ行くつもりですか?」


 一夜が聞く。


「行かない」


「即答ですね」


「現在の第0貯水槽が先だ」


「よかった」


「ただし位置は特定しておけ」


「それは必要ですね」


 ローレンが地図を探し始める。


「北街道の旧道なら、場所は絞れる」


 一夜は彼へ言う。


「休憩は?」


 ローレンの手が止まった。


「今、重要なところだぞ」


「さっき休憩する話をしたでしょう」


「あと1枚だけ」


「それ、危ない言葉です」


「記録を1つ確認するだけだ」


「その次にまた1つ出てきます」


 補助の記録官が、静かにうなずいた。


「先生、昨日もそうでした」


「お前まで」


 ダリウスが言う。


「30分休め」


「団長」


「命令だ」


 ローレンは大きく息を吐く。


「分かりました」


「よし」


 一夜が立ち上がろうとすると。


 リディアが肩を押さえた。


「どこへ行く」


「コーヒーを淹れに」


「私がやる」


「薄いですよ」


「飲める」


「レイは?」


 一夜が振り向く。


「いらない」


「聞いてません」


「先に答えた」


「干し肉は?」


「いる」


「それも休憩ですね」


「私はずっと休めている」


「それはそれで心配だな」


 レイは少し考えた。


「では、何かする」


「急に働かなくてもいいですよ」


「難しい」


「休むか働くかの2択じゃないです」


「ほかに何がある」


 一夜は窓の外を見る。


「散歩とか?」


「何のために」


「何のためでもなく」


 レイは理解できない顔をした。


「意味がない」


「そこがいいんですよ」


 リディアが口を挟む。


「一夜も昔は、それができなかったのか」


「たぶん」


「今は?」


「少しは」


「なら」


 リディアが親指を立てる。


「今度、3人でやるか」


「散歩を?」


「ああ」


 レイが尋ねる。


「目的地は?」


「決めない」


「いつ帰る」


「疲れたら」


「何を見る」


「それも決めない」


 レイは本気で困っていた。


「……難しい」


 一夜は笑った。


「地下へ行くより難しそうな顔してますね」


「地下には目的がある」


「じゃあ、練習ですね」


「散歩の?」


「何もしない時間の」


 レイはしばらく考えて。


「干し肉を持っていってもいいか」


「もちろん」


「なら、やる」


 リディアが笑った。


「結局、目的ができたな」


「最初はそれでいいでしょう」


 一夜も笑う。


 その時。


 説明書が勝手に開いた。


【過去記録照合中】


【ノクス・アルクライト】


【追加情報を検出】


 一夜の笑顔が消える。


「まだ何かあります」


【固定対象7人のうち1人】


【現在の第0貯水槽記録と一致する自己識別情報を確認】


「……え?」


 リディアが一夜を見る。


「何と書いてある」


 一夜は次の行を読む。


【対象名:ロイド】


 呼吸が止まった。


 リディアの顔から、表情が消える。


「ロイド?」


 一夜は説明書を見つめる。


 同じ名前。


 154年前。


 そして、リディアが失った部下。


 だが。


【同一人物判定:不能】


【自己識別情報の再利用可能性:高】


 一夜は、ゆっくり息を吐いた。


「本人とは限りません」


 リディアは答えなかった。


 地下は。


 彼女が最も答えたくなる名前を、すでに知っていた。

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