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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第6話 温かいスープには、説明書にない効果があった

 小型バーナーの青い炎を、リディアは険しい顔で見つめていた。


「その魔道具は、火属性の魔石で動いているのか?」


「ガスです」


「がす」


「燃える空気みたいなものです」


「空気を燃やしているのか?」


「説明すると危ない人みたいになりますね」


「すでに十分怪しい」


「否定できません」


 一夜はやかんを炎へ載せた。


 安全地帯の外では、宵喰い狼が低いうなり声を上げている。


 確認できるだけで5匹。


 木々の奥にも、時折、紫色の光が見えた。


 先ほどリディアと戦っていた個体だけではない。鳴き声を聞いて、周囲から集まってきているらしい。


 普通なら、魔物に囲まれながら食事の準備をする状況ではなかった。


 だが、今できることは限られている。


 戦うことはできない。


 森を抜けて村へ知らせに行くこともできない。


 少なくとも、一夜には。


「本当に入ってこられないのだな」


 リディアが透明な壁へ体当たりする宵喰い狼を見ながら言った。


「今のところは」


「また、その言い方か」


「絶対に安全です、と言い切って壊れたら困るので」


「この結界を作ったのは、あなたではないのか?」


「俺はテントを建てただけです」


「それだけで、この規模の結界が展開されるはずがない」


「俺もそう思います」


 一夜は紙袋から、フリーズドライのスープを取り出した。


 種類は、鶏肉と野菜のスープ。


 自分用に買ったものだったが、負傷した人間へ出すなら、濃い味の物より食べやすいだろう。


 袋を開き、固形状になった中身を2つの金属製カップへ入れる。


 リディアが身を乗り出した。


「それが食料なのか?」


「お湯を入れるとスープになります」


「この固い塊が?」


「なります」


「乾燥させた保存食に見えるが」


「だいたい合ってます」


「湯を注ぐだけで食べられるとは、ずいぶん手の込んだ保存食だな」


「作ったのは俺じゃないですけどね」


「では、誰が作った?」


「工場です」


「こうじょう」


「大勢で物を作る場所です」


「料理人が集まっているのか?」


「料理人というより、機械が作ります」


「機械が料理をするのか?」


「しますね」


「あなたの国では、人間は何をしている?」


「機械が作った料理を食べながら仕事をしています」


「なぜだ?」


 一夜の手が止まった。


「……なぜでしょうね」


 自分でも分からない。


 食事を作る時間を惜しみ、早く食べられる物を買う。


 空いた時間で休めるのならいい。


 実際は、その時間にも仕事や連絡が入り込んでくる。


「ニホンとは、豊かな国なのか?」


「たぶん、かなり」


「それなのに、あなたは疲れている」


「よく分かりましたね」


「顔を見れば分かる」


「そんなに出てます?」


「先ほどから、何度も大きなため息をついている」


 一夜は自分の口元へ触れた。


 無意識だった。


「疲れているなら、なぜこの森へ来た?」


「休むためです」


「ここへ?」


「来るつもりはなかったんですよ。普通のキャンプ場で寝たはずだったので」


「普通の野営地で眠ると、この森へ転移するのか?」


「普通はしません」


「では、なぜあなたは転移した?」


「それが分からないから困ってます」


 やかんの中で水が沸き始めた。


 一夜は火を弱め、2つのカップへゆっくりと湯を注ぐ。


 乾燥していた具材が水分を吸い、少しずつ広がっていく。


 湯気とともに、鶏肉と香味野菜の匂いが立ち上った。


 リディアの視線がカップへ吸い寄せられる。


「本当にスープになった……」


「疑ってたんですか?」


「当然だ。得体の知れない塊へ湯をかけているようにしか見えなかった」


「言い方がひどいな」


 一夜はスプーンで中身を混ぜた。


 少し味見をする。


 塩気は強すぎない。体が温まりそうな味だった。


「どうぞ」


 カップを差し出す。


 リディアは受け取らなかった。


「先にあなたが食べろ」


「毒見ですか?」


「得体の知れない食物だからな」


「さっきまで命を助けてもらった相手に、毒を盛る理由はないですよ」


「毒を盛る者は、理由を説明しない」


「騎士って大変ですね」


「警戒を怠らないだけだ」


 一夜は自分のカップからスープをすくい、口へ運んだ。


 熱い。


 だが、冷え始めていた体へ染み込む。


 鶏肉のうまみと、野菜の甘み。


 店で買っただけの物なのに、会社の休憩室で飲む時よりもおいしく感じられた。


「大丈夫です。普通のスープですよ」


「普通かどうかを、私は判断できない」


「毒は入ってません」


「即効性とは限らない」


「そこまで疑われると、もう何も出せませんね」


 一夜がカップを引こうとすると、リディアが手を伸ばした。


「待て」


「食べます?」


「毒がない可能性は高くなった」


「信用の上がり方が小さいな」


 リディアはカップを両手で受け取った。


 金属の器から伝わる熱に驚いたのか、指をわずかに動かす。


「熱いので、気をつけてください」


「この程度の熱――」


「騎士は熱さも我慢するんですか?」


「……確認しただけだ」


「冷まして食べてください」


 リディアは不満そうに一夜を見た後、湯気へ静かに息を吹きかけた。


 先ほどまで剣を振るい、血を流していた人物とは思えない。


 鎧姿の女騎士が、真剣な顔でスープを冷ましている。


 一夜は少しだけ肩の力が抜けた。


 リディアがスプーンでスープをすくう。


 警戒するように匂いを確かめ、口へ入れた。


「……どうです?」


 返事はない。


 リディアはスープを見つめている。


「口に合いませんでした?」


「いや」


 もう1口。


 今度は、最初よりも少し早かった。


「うまい」


「よかった」


「肉と野菜の味がする。だが、先ほどまで石のような塊だった」


「乾燥させてあるので」


「この技術があれば、騎士団の遠征食は大きく変わる」


「やっぱり、そっちを考えるんですね」


「保存が利き、軽く、湯だけで食べられる。兵の負担を減らせる」


「俺は今、あなたに休んでほしくて作ったんですけど」


「食べれば動ける」


「そういう意味じゃないんですよ」


 リディアは聞いていない。


 スープを飲む速度が、少しずつ上がっている。


 空腹だったのだろう。


 考えてみれば、いつから森で戦っていたのかも分からない。


「最後に食事をしたのは、いつですか?」


「昨日の夜だ」


「それから何も?」


「干し肉を少し」


「ほとんど食べてないじゃないですか」


「任務中は珍しくない」


「珍しくないことが問題なんですよ」


「兵は食事の機会を選べない」


「今は選べます」


 一夜は自分の周囲を指した。


「ここへは、あいつらも入ってこられない。食料も水もある。だから、今は食べて休めます」


「村が襲われる可能性がある」


「でも、あなたが倒れたら守れないでしょう」


「倒れない」


「さっき倒れかけてました」


「食事を取った。もう問題ない」


「スープ1杯で完全回復する人はいません」


「あなたは、この食事の価値を理解していない」


「作った側なんですけど」


 リディアは言い返そうとして、動きを止めた。


 自分の左手を見ている。


「どうしました?」


「震えが……」


 先ほどまで、カップを持つ指が小さく震えていた。


 今は止まっている。


 リディアは腕を少し持ち上げ、手を握った。


「力が戻っている」


「食べたからじゃないですか?」


「それだけではない」


 彼女は脇腹へ手を当てる。


「痛みが薄れている」


 一夜は眉を寄せた。


「傷が治ったんですか?」


「いや。傷そのものは残っている。だが、体の重さが減った」


 安全地帯には、負傷の悪化を抑え、疲労を軽減する効果がある。


 それが食事と関係しているのだろうか。


 一夜も自分の体へ意識を向けた。


 森を走った疲れ。


 魔物に追われた恐怖。


 完全に消えたわけではない。


 しかし、温かいスープを飲んだ後、呼吸が楽になっている。


「説明書には、食事のことは書いてなかったはずだけど」


 一夜はテント内へ置いていた説明書を取り出した。


 白紙のページをめくる。


「また増えてる」


「何と書かれている?」


 リディアが隣からのぞき込む。


 彼女には何も見えないと分かっていても、気になるらしい。


 一夜は新しく現れた文章を読んだ。


【調理行為を確認しました】


【保護領域内で使用者が提供した温かな食事により、休息補助効果が一時的に上昇しています】


【現在の効果:微弱】


【正式機能は未解放です】


「正式機能は未解放……」


「どういう意味だ?」


「このテント、料理に何か効果をつけられるみたいです」


「食事へ治癒術を付与するのか?」


「まだ微弱だそうです」


「十分だ」


 リディアは最後のスープを飲み干した。


 顔色は、先ほどよりもわずかに良くなっている。


 少なくとも、今すぐ倒れそうな青白さではない。


「これなら戦える」


 リディアはカップを置き、剣へ手を伸ばした。


「どうして、そうなるんです?」


「体力が戻った」


「休めるようになったんです」


「戦えるようになった」


「同じ言葉を聞いてます?」


「あなたのおかげで、任務を続けられる」


「俺は任務を続けさせるために作ったんじゃありません」


 リディアは立ち上がった。


 先ほどより動きは安定している。


 だが、傷が治ったわけではない。


 包帯の下には、今も深い爪痕がある。


「待ってください」


「時間を取らせたな。礼を言う」


「礼を言うなら休んでください」


「それはできない」


「どうしてです?」


「ハルト村には、戦える者がほとんどいない」


 リディアは安全地帯の外へ目を向けた。


「村へ続く道は、ここから東だ。宵喰い狼が群れを作れば、日が落ちる前に森を抜ける」


「日が落ちると、もっと強くなるんですか?」


「名の通り、奴らは宵の時間に活性化する。暗くなれば、今より速く、凶暴になる」


 一夜は空を見上げた。


 まだ昼を少し過ぎた頃だ。


 日没までは時間がある。


 それでも、いつまでもここへ留めておけるわけではない。


「仲間はいないんですか?」


「いた」


 リディアの返事は短かった。


「別の場所で群れを追っている。私は、村へ近づいていた個体を見つけ、単独で追跡した」


「1人で?」


「発見を遅らせれば、被害が出る」


「それで、あんな傷を」


「私の判断だ」


「間違ってたとは思わないんですか?」


 リディアの目が鋭くなる。


「結果だけを見て、判断を語るな」


「死にかけてたのも結果でしょう」


「それでも、数を減らした」


「あなたが死んだら、残った魔物を誰が止めるんです?」


「死ぬつもりはない」


「死ぬ人は、死ぬ予定を立てて戦わないと思います」


 リディアの手が、剣の柄を強く握った。


 一夜は言いすぎたかと思った。


 だが、引くことはできなかった。


「俺は戦えません」


「分かっている」


「あなたがいなかったら、さっき死んでました」


「だから、ここに残れ」


「あなたもです」


「私とあなたでは、役目が違う」


「役目がある人は、休まなくていいんですか?」


「必要なら休む」


「今が必要な時です」


「今ではない」


 リディアは剣を腰へ戻した。


「村が安全だと確認してからだ」


 一夜は言葉を失った。


 彼女の中では、順番が決まっている。


 誰かを守る。


 敵を倒す。


 任務を終える。


 自分が休むのは、その後。


 体が壊れそうでも、その順番を変えるつもりがない。


「ごちそうになった」


 リディアは安全地帯の境界へ向かう。


「本当に行くんですか?」


「ああ」


「外へ出たら、言葉も通じません」


「問題ない」


「またそれですか」


「あなたは、ここから動くな」


「命令ですか?」


「忠告だ」


 リディアが1歩、外へ踏み出そうとする。


 その時、森の奥から遠吠えが響いた。


 1匹ではない。


 複数の声が重なり、別の方向へ移動していく。


 リディアの顔色が変わった。


「群れが動き始めた」


「村の方へ?」


 リディアは答えなかった。


 安全地帯を出れば、一夜の言葉は届かなくなる。


 温かい物を食べさせれば、少しは休んでくれると思っていた。


 どうやら一夜は、食事を出す相手を間違えたらしい。


 体力を取り戻した女騎士は、休むどころか、先ほどよりも強い目で戦場を見つめていた。

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