↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/68

第5話 安全地帯の中では、言葉が通じる

 「あなたの言葉が……分かる?」


 銀色の鎧をまとった女騎士が、一夜を見つめていた。


「俺もです」


「何?」


「さっきまでは、何を言ってるのか全然分からなかったんですけど」


 女騎士は青い瞳を細めた。


 剣を握ったまま、一夜の顔からテントへ視線を移す。


 見えない壁の向こうでは、黒い魔物が何度も牙を鳴らしていた。


「これは、あなたの術なのか?」


「術というか、テントの機能らしいです」


「てんと?」


「あれです」


 一夜は背後にある緑色のテントを指さした。


 女騎士は一夜の指先を追い、怪訝そうに眉を寄せる。


「あの小さな天幕が、この結界を展開していると?」


「説明書には、そう書いてあります」


「せつめいしょ?」


「使い方が書いてある紙です」


「古代の魔導書か?」


「通販商品の説明書です」


「つうはん?」


「そこから説明しないと駄目ですか」


 女騎士の警戒は解けていない。


 当然だった。


 見知らぬ服装の男が、森の中に正体不明の天幕を立て、魔物を寄せつけない結界を展開している。


 立場が逆なら、一夜も近づきたくない。


「まず、傷を見せてもらえますか?」


 一夜が救急セットへ手を伸ばすと、剣先が持ち上がった。


「動くな」


「はい」


 一夜は素直に両手を上げた。


「あなたは何者だ」


「泊一夜です」


「トマリ・イチヤ」


「名前です」


「家名がトマリで、名がイチヤか」


「そんな感じです」


 説明するのが難しいので、一夜はうなずいた。


「あなたは?」


「……リディア・アルクライト。ルメリア王国辺境騎士団、副隊長」


「騎士」


 一夜は改めて彼女の姿を見る。


 銀色の鎧。


 長い剣。


 血と泥に汚れた外套。


 衣装だけを見れば、どう考えても物語の中に出てくる騎士だった。


「本当に異世界なんだな」


「異世界?」


「いえ。こっちの話です」


「こちらの質問に答えろ。あなたは、どこの国の者だ」


「日本です」


「ニホン……聞いたことがない」


「俺もルメリア王国を知りませんでした」


「国を知らない?」


「今日、初めて聞きました」


 リディアの剣先が、わずかに一夜へ近づく。


「ふざけているのか」


「こんな状況で、ふざける余裕があるように見えます?」


「見えない」


「ですよね」


 一夜はゆっくり息を吐いた。


 敵意を防ぐ安全地帯の中にいるとはいえ、リディアの剣まで止めてくれるとは限らない。


 今の彼女が一夜を傷つけるつもりなら、安全地帯が反応する可能性はある。


 だが、それを自分の体で確かめたくはなかった。


「武器は持っていません」


 一夜は腰や背中を見せるように、ゆっくり体を動かした。


「戦う力もありません。さっきも、あなたがいなかったら死んでました」


「それは見れば分かる」


「そこは少し濁してほしかったですね」


「事実だ」


「真面目な人だな……」


「何か言ったか?」


「何も」


 リディアが剣を下げかけた時、外の魔物が再び飛びかかってきた。


 ごんっ、と鈍い音が響く。


 リディアが反射的に剣を構える。


 だが、魔物の爪は見えない壁に阻まれていた。


「本当に入ってこられないのか」


「今のところは」


「今のところ?」


「俺も、この機能を知ったのは前回来た時なので」


「前回?」


「ここへ来るのは2回目です」


 リディアが一夜を見る。


「この森へ来たのが、2回目?」


「はい」


「そんな軽装で?」


「軽装ではないです。今日はかなり準備してきました」


 一夜は大きなバックパックを指さした。


「水も食料も、3日分あります」


「3日分」


「ライトも3種類あります」


「らいと?」


「明かりです」


「松明か」


「火は使いません」


「魔道具か?」


「電池です」


「でんち?」


「話が進まないな」


 一夜が額へ手を当てると、リディアの体がぐらりと揺れた。


「危ない!」


 一夜はとっさに腕を伸ばした。


 リディアの肩を支える。


 その瞬間、剣先が一夜の喉元へ向いた。


「触れるな」


「すみません。でも、倒れそうでしたよ」


「問題ない」


「問題がある人は、みんなそう言うんですよ」


「私は戦える」


「立っているだけで精いっぱいに見えますけど」


 リディアは何かを言い返そうとした。


 だが、脇腹から新しい血が流れ、鎧の隙間を伝って地面へ落ちる。


 一夜は顔をしかめた。


「傷を見せてください」


「必要ない」


「あります」


「あなたは治癒術師なのか?」


「違います」


「では、何ができる」


「消毒して、血を止めて、包帯を巻くくらいです」


「役に立つのか?」


「何もしないよりは」


 リディアは沈黙した。


 外では魔物がうなり声を上げながら、安全地帯の周囲を回っている。


 すぐに離れる様子はない。


 一夜は救急セットを手に取った。


「敵なら、助けようとしません」


「助けるふりをしている可能性もある」


「俺があなたをだます理由は?」


「私が騎士だと知ったからだ」


「知ったのは、ついさっきです」


「この結界へ誘い込むことが目的だったのかもしれない」


「俺が引っ張らなかったら、あなたは外で食べられてましたよ」


 リディアの眉が動く。


「言い方を選べ」


「すみません。でも事実です」


「先ほどの仕返しか?」


「少しだけ」


 一夜が答えると、リディアは初めてわずかに目を丸くした。


 その表情も、すぐに厳しいものへ戻る。


「……分かった」


「傷を見せてくれますか?」


「最低限だ」


「十分です」


「妙なことをすれば斬る」


「治療中くらい、剣を置いてもらえません?」


「断る」


「ですよね」


 一夜は保温シートを地面へ広げた。


「座れますか?」


「必要ない」


「座ってください」


「私は――」


「倒れられると、もっと困ります」


 言葉を遮られたリディアが、一夜をにらむ。


 一夜は目をそらさなかった。


 仕事では相手の顔色を見て、頼まれたことを断れなかった。


 けれど、今は譲るわけにはいかない。


 目の前で人が血を流している。


「お願いします」


「命令ではないのか」


「俺は騎士団の人間じゃないので」


「では、なぜそこまで言う」


「目の前で倒れられたら、寝覚めが悪いからです」


「それだけか?」


「それだけで十分でしょう」


 リディアは一夜を見つめた。


 やがて、ゆっくりと剣を地面へ置く。


 完全に手放したわけではない。


 柄へ手が届く位置を選んでいた。


「短時間だけだ」


「はい」


 リディアが保温シートへ腰を下ろす。


 その瞬間、顔が苦痛にゆがんだ。


「鎧を外せますか?」


「自分でやる」


「手伝いましょうか?」


「必要ない」


 リディアは右手だけで留め具を外そうとした。


 しかし、左腕は傷つき、うまく動かせない。


 数回試した後、動きが止まる。


 一夜は黙って待った。


「……そこを外せ」


「はい」


 リディアが指した留め具へ手を伸ばす。


「触れるぞ」


「先に言いました」


「急に動くな」


「分かりました」


「そこではない。もう少し上だ」


「騎士の鎧なんて、初めて触るんですよ」


「鎧を知らないのか?」


「知ってはいますけど、実物は初めてです」


「ニホンには騎士がいないのか?」


「少なくとも、通勤電車では見ませんね」


「つうきんでんしゃ?」


「移動するための大きな箱です」


「馬車か」


「似たようなものです」


 留め具が外れる。


 一夜は慎重に、傷口を覆っている鎧の一部を持ち上げた。


 下の服は血に染まっている。


 脇腹に深い爪痕が走っていた。


「これは……」


「浅い」


「どこがですか」


「内臓には届いていない」


「比較対象が怖いんですよ」


 一夜は救急セットを開き、手袋をつける。


「今から傷を洗います。しみると思います」


「構わない」


「痛かったら言ってください」


「言う必要はない」


「どうしてです?」


「耐えられる」


「耐えられるかどうかではなく、悪化してないか知りたいので」


 リディアが一夜を見る。


「あなたは、変わった治癒術師だな」


「だから、治癒術師ではありません」


 一夜は水を使い、傷口の汚れを落としていく。


 リディアの肩がわずかに震えた。


「痛いですか?」


「問題ない」


「痛いんですね」


「問題ないと言っている」


「痛くないとは言ってませんから」


「……口が回るな」


「戦えない分、口くらいは」


「威張ることではない」


「分かってます」


 消毒を済ませ、止血用のパッドを当てる。


 包帯を巻くには、鎧をさらに外す必要があった。


「少し腕を上げてください」


「こうか」


「無理なら、ゆっくりで」


「この程度で――」


 リディアが腕を上げた瞬間、顔色が変わった。


 体が傾く。


 一夜は肩を支えた。


 今度は、剣を向けられなかった。


「ほら、無理してるじゃないですか」


「……戦闘の疲労が残っているだけだ」


「それを無理してるって言うんです」


「私は騎士だ」


「騎士は疲れないんですか?」


「疲労を理由に、任務を放棄することはできない」


「放棄しろとは言ってません」


「同じことだ」


「違いますよ」


 一夜は包帯を巻きながら答えた。


「休むことと、逃げることは別です」


 リディアの表情が固まる。


「あなたに、何が分かる」


 声が低くなった。


 一夜の手が止まる。


 触れてはいけない部分へ触れたらしい。


「……すみません」


「謝るくらいなら、口にするな」


「それは無理です」


「何?」


「あなたがこのまま倒れそうなら、また言います」


「命が惜しくないのか」


「惜しいですよ。かなり」


「ならば、黙っていろ」


「それで人が死んだら、もっと後悔します」


 リディアは一夜を見つめた。


 青い瞳の奥に、怒りとは違う何かが浮かんでいる。


 悲しみ。


 あるいは、古い傷を隠すような色だった。


 一夜は包帯を結んだ。


「終わりました」


「……そうか」


「左腕も見せてください」


「そちらは必要ない」


「血が出てます」


「剣は振れる」


「右手ででしょう」


「十分だ」


「十分じゃありません」


「あなたは、いつもこうなのか?」


「こうって?」


「会ったばかりの人間へ、ここまで踏み込むのか」


 一夜は少し考えた。


 会社では、人の仕事を断れない。


 頼まれれば、自分の予定を後回しにする。


 けれど、それは目の前の相手を大切にしていたからではない。


 嫌われたくなかっただけだ。


 今は違う。


「たぶん、普段はもっと何も言えません」


「そうは見えない」


「俺も、少し驚いてます」


「奇妙な男だ」


「よく言われます」


「今、私が初めて言ったはずだ」


「そうでした」


 リディアの口元が、ほんの少しだけ動いた。


 笑ったようにも見えたが、すぐに消えた。


 外の魔物が再び体当たりする。


 見えない壁が揺れる。


 リディアはすぐに剣を取った。


「まだ動けます」


 一夜が止める前に、リディアは立ち上がった。


「どこへ行くんです?」


「あの宵喰い狼を倒す」


「あれ、宵喰い狼っていうんですか」


「知らなかったのか?」


「初めて聞きました」


「本当に何も知らないのだな」


「だから、異世界から来たと言ってるんです」


「まだ信じたわけではない」


 リディアは剣を構え、安全地帯の外へ踏み出そうとした。


 その瞬間。


「待ってください!」


「――――、――!」


 リディアが振り返り、何かを叫んだ。


 だが、その言葉は一夜には理解できなかった。


「え?」


 リディアも目を見開く。


 彼女は片足を安全地帯の外へ出した状態で、もう1度口を開いた。


「――、――――?」


 やはり、意味が分からない。


 一夜は地面を指さした。


「中に戻ってください!」


 リディアは警戒しながら、足を1歩戻す。


「どうした?」


 日本語に聞こえた。


 2人は同時に黙った。


「……外では、言葉が通じない」


 リディアが先に気づいた。


「みたいですね」


「この結界の内側だけか」


「そういう機能まであるとは書いてませんでした」


「説明書とやらには、何が書かれている」


「必要最低限以下です」


 一夜はテントへ入り、説明書を持って戻った。


 白紙だったページを開く。


 簡易保護領域の説明。


 往還回数。


 接続地点。


 そこに、新しい文字が浮かび始めていた。


「増えてる……」


「何と書かれている?」


 一夜は現れた文章を読み上げる。


【追加機能:領域内意思疎通補助】


【保護領域内では、宿泊者候補との意思疎通を補助します】


【注意】


【保護領域外では、本機能は適用されません】


 リディアが説明書をのぞき込む。


「私には、何も書かれていないように見える」


「え?」


「白紙だ」


 一夜には、はっきりと文字が見えている。


 だが、リディアからは見えないらしい。


「使用者にしか読めないのか」


「使用者とは、あなたのことか?」


「たぶん」


「やはり、この天幕の術者なのだな」


「術者というより、買っただけなんですけど」


「どこで、このような秘宝を手に入れた」


「通販です」


「だから、そのつうはんとは何だ」


「家にいながら買い物ができる仕組みです」


「商人が家まで来るのか?」


「商品だけ届きます」


「どのように?」


「そこから説明すると、かなり長くなります」


「ならば、後で聞く」


「後で?」


「今は宵喰い狼を倒す」


 リディアは当然のように立ち上がろうとした。


 一夜は彼女の肩を押さえる。


「駄目です」


「放せ」


「外へ出たら、また言葉が通じなくなります」


「戦うのに言葉は必要ない」


「傷が開きます」


「敵を残して休むことはできない」


「でも、あいつらは中に入ってこられません」


「あなたが外へ出られない」


「今日は出ません」


「何?」


 一夜は安全地帯の外を歩き回る宵喰い狼を見る。


「ここで夜まで待ちます」


「正気か?」


「食料も水もあります。テントで眠れば、明日の朝には元の場所へ帰れるはずです」


「帰る?」


「俺の世界へ」


 リディアの表情が険しくなる。


「その天幕は、世界を渡るのか」


「たぶん」


「たぶんで世界を渡るな」


「俺もそう思います」


「ならば、私をここへ残し、あなたは逃げるつもりか」


「残しません」


 一夜は即座に答えた。


 リディアが言葉を失う。


「今夜は、あなたもここで休んでください」


「断る」


「即答ですか」


「私は任務の途中だ」


「その傷で?」


「動ける」


「さっき倒れかけましたよね」


「一時的なものだ」


「便利な言葉ですね、それ」


「あなたに言われたくない」


 外の宵喰い狼が遠吠えを上げる。


 別の場所から、複数の声が返ってきた。


 一夜の背筋が冷たくなる。


「増えるみたいですね」


「群れを呼んでいる」


「それでも外へ出るんですか?」


「だからこそだ」


 リディアは剣の柄を握り締めた。


「私がここで休めば、奴らは森を抜ける」


「森の先に、何があるんです?」


 リディアは一夜を見た。


「ハルト村だ」


「村……」


「宵喰い狼は、人の恐怖と血の匂いに引かれる。ここで群れが集まれば、次に狙われるのは村だ」


 一夜は外を見る。


 安全地帯がある。


 自分は守られている。


 だが、この場所へ魔物を引きつけ続ければ、別の誰かが危険にさらされる。


「だから、休めない」


 リディアが言った。


「私が、ここで止めなければならない」


 声は強かった。


 けれど、剣を握る手は震えていた。


 一夜は何も言えなかった。


 ただ安全だから休めと言うだけでは、彼女は納得しない。


 休めば、誰かが襲われる。


 その責任を背負っているから、彼女は傷ついても立ち上がろうとしている。


 それでも、このまま外へ出せば死ぬ。


 一夜はテントの中に積んだ荷物へ目を向けた。


 水。


 救急用品。


 食料。


 フリーズドライのスープ。


「……まず、何か食べませんか」


「話を聞いていたのか?」


「聞いてました」


「ならば――」


「空腹のまま戦うより、食べた方がいいでしょう」


「食事をしている時間はない」


「お湯を注ぐだけです」


「湯?」


「温かいスープを作ります」


 リディアは信じられないものを見るように、一夜を見つめた。


「この状況で、食事を作るのか?」


「この状況だからです」


 一夜はバーナーを取り出した。


「少なくとも、食べている間は傷口も落ち着きます」


「私は必要ない」


「俺が食べます」


「何?」


「1人で食べるのも気まずいので、つき合ってください」


「あなたは……」


 リディアは言葉を失った。


 一夜は小型のやかんへ水を入れる。


 外では宵喰い狼が牙を鳴らしている。


 そのすぐ内側で、一夜はバーナーへ火をつけた。


「戦うかどうかは、食べてから考えましょう」


 青い炎の上で、静かに水が温まり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。