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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第52話 自分の声には、返事をしない

『泊一夜』


 地面の下から聞こえたのは、一夜自身の声だった。


『6日後では、遅い』


「何が――」


 問い返そうとした一夜の口を、リディアの右手が塞いだ。


「んっ」


「答えるな」


 リディアは地面を見たまま、低い声で告げる。


「記録にあっただろう。地下で名を呼ばれても、答えるな」


 一夜はうなずいた。


 リディアの手が離れる。


「危なかった……」


「今、返事をしかけた」


「名前を呼ばれた後の言葉に答えようとしただけです」


「相手が区別すると思うか?」


「思いません」


 地面の下は静かになった。


 数秒後。


 今度は、リディアの声が聞こえる。


『泊一夜』


 一夜は隣を見る。


 リディアの口は閉じている。


『聞こえているだろう』


「俺の名前ばかりですね」


「話しかけるな」


「リディアさんに言いました」


「地下に聞かれている」


「では、どうやって相談を?」


「名前を使わずに話せ」


 安全地帯へ入ってきたダリウスが、地面へ視線を向けた。


「何が聞こえた」


「俺の声で、俺の名前を呼ばれました」


「答えたか?」


「未遂です」


「副隊長が止めた」


 リディアが答える。


「ローレンの記録は正しかったようだな」


 一夜は説明書を開いた。


 白紙へ、黒い文字が浮かぶ。


【地下方向から呼名接続を受信しています】


【応答確認:未成立】


【警告】


【呼名への応答は、対象の自己識別情報を接続先へ提供します】


「名前を渡す?」


【接続先は取得した自己識別情報を複製・模倣できます】


【対象の声・記憶・外見が利用される可能性があります】


 一夜は文字を読み上げた。


 ダリウスの表情が険しくなる。


「すでに声は使われている」


「監視塔や夜門で、俺の記憶へ触れたからだと思います」


「返事をすれば、さらに詳しく模倣される?」


「外見や記憶まで、と書いてあります」


「全員へ伝える」


 ダリウスは安全地帯の外にいる兵士たちへ声をかけた。


「今から、地下から名を呼ばれても返事をするな!」


「自分の名前だけですか?」


 一夜が尋ねる。


「念のため、誰の名でもだ」


「では、呼び方を決めた方がいいですね」


「役職を使う」


 ダリウスが即座に決める。


「私は団長。そちらは副隊長」


 一夜を見る。


「君は設営者だ」


「また役割で呼ばれるんですか」


「一時的な識別だ」


「分かってます」


「不満そうだな」


「夜門で、役割だけになるなと言われたばかりなので」


 リディアが一夜の肩へ手を置く。


「役割を使うことと、それしか持たないことは違う」


「そうですね」


 一夜は地面を見る。


「今は、設営者で構いません」


     


 記録官のローレンが、古い地下水路の地図を抱えて戻ってきた。


「名前を呼ばれても、返事はしていませんね?」


「大丈夫です」


「その言葉を簡単に使うな」


 リディアが横から言う。


「状態を確認した上で答えました」


「ならばいい」


「使いこなしてるな」


 ローレンが地図を地面へ広げる。


「旧地下水路への入口は、本部内に3か所あります」


「3か所も?」


「封鎖前は、点検と清掃に使われていました」


 地図には騎士団本部の建物と、その下を通る複雑な水路が描かれている。


「この中庭の真下にあるのは、第0貯水槽」


「第0?」


「正式な建設記録には存在しない区画です」


「では、どうして地図に?」


「27年前の封鎖時に、作業員が書き加えた」


 ローレンが、地図の端にある黒い円を指す。


「本来の水路を掘っていた時、古い空間へつながったそうです」


「誰が作った場所ですか?」


「不明です」


「また、分からないことが増えましたね」


 地下から、3回の音がした。


 こつ。


 こつ。


 こつ。


 ロープで合図を送る時と同じ間隔。


 ローレンが地面から離れる。


「こちらの合図を知っているのですか」


「西宿場で使いました」


 一夜は説明書を見る。


【接触対象は、設営者が保持する短期記憶を参照しています】


「俺が覚えているから、向こうも知っています」


「ならば、合図も信用できない」


 ダリウスが言う。


「地下へ入った者から連絡を受ける方法が必要だ」


「物理的なロープなら、どこから引かれたか分かります」


 一夜はテントの支柱へつながれたロープを見る。


「地面をたたく音とは区別できます」


「ロープを何本使える」


「長い物は3本あります。1本は帰還用。1本は連絡用。残りは予備にします」


「設営地点は移さないのか?」


 ローレンが尋ねる。


「真下から何かが来ようとしていますよ」


 一夜も、それは考えていた。


 ペグの地面を崩されれば、安全地帯が弱まる。


 監視塔で、群れ長が使った方法だ。


「補助ロープを建物へ固定します」


「地面が落ちても?」


「テント本体が宙へ浮けば、設営状態ではなくなるかもしれません」


「ならば、移した方が安全だ」


 ダリウスが地図を見る。


「中庭の端へ移すか」


 説明書へ新しい文字が浮かんだ。


【地下接続先は、現在の設営地点へ固定されています】


【設営地点を移動した場合、地上接続位置が再探索されます】


「移すと、どこから出てくるか分からなくなります」


「ここへ留めておく方がいいのか」


「少なくとも、監視できます」


 さらに表示が続く。


【地下接続強度:上昇中】


【地上接続形成予測:5時間47分】


 一夜は息をのんだ。


「6日後では、確かに遅いみたいです」


「地下の声を信じるのか?」


「説明書にも出ました」


 ダリウスが数字を確認する。


「次の夜明け前だな」


「はい」


「今夜、動く」


 一夜は右足を見る。


 簡易履き。


 足首の傷。


「俺も――」


「地上へ残れ」


 ダリウスとリディアが、ほぼ同時に言った。


「まだ最後まで言ってません」


「地下へ行くつもりだろう」


 リディアが一夜を見る。


「設営者を狙っている相手のところへ、本人を連れていく必要はない」


「でも、俺にしか説明書は読めません」


「地上で読め」


「地下の状況が分からないでしょう」


 説明書が、まるで会話を聞いていたかのように開く。


【推奨対応】


【設営者は地上接続地点に留まってください】


【設営者が保護領域内に留まることで、地下接続先を固定できます】


【設営者が地下へ移動した場合、接続領域が拡大する可能性があります】


「……俺が入ると、悪化するみたいです」


「決まりだな」


 ダリウスが言う。


「君は天幕と共に地上へ残る」


「今回は、戦えないからではありませんよね?」


「狙われているからだ」


「それも格好よくはないな」


「役割として重要だ」


 リディアが一夜の隣へ座る。


「今度は、私たちが行く」


「肩は?」


「前衛には出ない」


「剣は?」


「必要な時だけ使う」


「痛みは?」


「今はない」


 一夜は彼女の顔を見る。


「本当に?」


「状態を確認した上で答えている」


「なら、信じます」


「珍しく素直だな」


「相棒なので」


     


 地下へ向かう班は、8人に決まった。


 リディア。


 ガレス。


 テオ。


 騎士4人。


 記録官のローレン。


「記録官も行くんですか?」


「旧地下水路の文字と構造を読める者が必要だ」


 ローレンは眼鏡を直す。


「戦えませんが」


「仲間ですね」


 一夜が言う。


「私は設営者ではありません」


「戦えない側という意味です」


「一緒にしないでください」


「俺より強そうですけどね」


 地上へ残るのは、一夜、ダリウス、騎士4人。


 安全地帯の推奨人数は8人。


 全員が中へ入っても範囲内だ。


 一夜は地下班のために温かいスープを作った。


 人数分を器へ分ける。


【地下探索者への集団調理を確認】


【疲労回復・中】


【恐怖緩和・中】


【自己認識安定・中】


【呼名干渉耐性・弱】


【持続時間:6時間】


「呼名への耐性がつきました」


「完全に防げるのか?」


 ガレスが尋ねる。


「弱、と書いてあります」


「返事をしてもいいわけではないな」


「絶対に答えないでください」


 一夜は全員を見る。


「自分の声でも。家族でも。仲間でも」


「あなたの声で呼ばれても?」


 リディアが尋ねる。


「答えないでください」


「本物のあなたが地下へ来たら?」


「俺は地上から動きません」


「ならば、地下にいるあなたはすべて偽物だな」


「はい」


 一夜は少し考え、付け加える。


「リディアさんの声で俺を呼ばれても、俺も答えません」


「地上にいる私の声なら?」


「地下から聞こえたら偽物です」


「正しい」


 リディアはスープを飲み終えた。


「コーヒーは?」


「地下へ入る前に飲むんですか?」


「集中補助がある」


「今日は理由がまともですね」


「今日は、とは何だ」


「1杯だけです」


「2杯だ」


「交渉しません」


     


 テントから、本部棟の地下にある点検口まで連絡用ロープを伸ばした。


 途中の扉は開けたまま。


 曲がり角では、滑車の代わりに布を巻いた木材を置き、ロープが傷つかないようにする。


 合図も決めた。


 長く1回。


 全員無事。


 短く2回。


 停止、または障害。


 短く3回。


 接触対象を発見。


 連続して引く。


 即時撤退。


「地下の相手も、合図をまねします」


 一夜が言う。


「地面をたたく音では判断しないでください」


「このロープが動いた時だけだな」


 ダリウスが確認する。


「はい」


「戻る時は?」


「帰還用のロープをたどってください。連絡用とは別です」


「両方を切られた場合は?」


 リディアが尋ねる。


「帰還標識が残っています」


「標識も消えたら?」


「また、その確認ですか」


「必要だ」


 一夜は少し考えた。


「地上で、俺が呼び続けます」


「名前を?」


「呼びません」


 一夜は緑色のテントへ手を置く。


「帰る場所がここにあると、伝え続けます」


 リディアは親指を立てた。


「それでいい」


     


 地下班が本部棟へ入ってから、20分が経過した。


 一夜はテントの中で、連絡用ロープを握っていた。


 隣にはダリウス。


 騎士たちは境界の周囲を警戒している。


 地面の下から、時々声がする。


『泊一夜』


 一夜は答えない。


『聞こえている』


 自分の声。


『地下班が迷っている』


 答えない。


『副隊長が負傷した』


 一夜の手に力が入る。


 それでも、返事はしない。


「信じるな」


 ダリウスが言う。


「分かっています」


『リディアが呼んでいる』


 今度は、リディアの声。


『一夜。開けてくれ』


 一夜は目を閉じた。


 彼女は地下にいる。


 この声が本物であるはずがない。


「答えません」


 地下へではなく、自分へ言い聞かせる。


 連絡用ロープが動いた。


 長く1回。


「全員無事です」


 ダリウスが同じように1回引き返す。


 その直後。


 地面の下からも、長く1回の音が響いた。


 地下の相手が、合図をまねしている。


「区別できています」


 一夜はロープを握り直した。


     


 さらに15分後。


 連絡用ロープが短く3回動いた。


「接触対象を発見」


 一夜とダリウスが顔を見合わせる。


 数秒後。


 ロープが長く1回。


「全員無事」


 続いて、短く2回。


「停止」


 そこで動きが止まった。


「何を見つけた」


 ダリウスがつぶやく。


 答えは返ってこない。


 5分。


 10分。


 一夜はロープから手を離せなかった。


「焦るな」


「分かっています」


「顔に出ている」


「リディアさんと同じことを言いますね」


「副隊長が正しい時もある」


「時々みたいに言わないでください」


 突然、連絡用ロープが強く引かれた。


 1回。


 何かが結びつけられ、こちらへ送られてくる。


 騎士たちが順番にロープをたぐる。


 地下通路から上がってきたのは、小さな木の板だった。


 表面へ、急いで書かれた文字がある。


 一夜には読めない。


 ダリウスが板を受け取り、顔をしかめた。


「何と?」


「ローレンの文字だ」


「内容は?」


 ダリウスは、もう1度板を見る。


「第0貯水槽へ到達」


「はい」


「内部で、人間を1人確認」


 一夜の胸がざわつく。


「27年前の作業員ですか?」


「違う」


 ダリウスが一夜を見る。


「男は、自分を泊一夜と名乗っている」


 地面の下から、笑い声が聞こえた。


 一夜自身の声。


『上にいる者は、偽物だ』


 安全地帯の床へ、一夜と同じ形の影が浮かび上がった。

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