第50話 朝へ戻った後を、決め直す
「人数を、もう1度確認する!」
ダリウス団長の声が、安全地帯へ響いた。
「救助隊7人!」
「全員います!」
「帰還者6人!」
ユアンが、地面へ座り込んだ者たちを順番に見る。
「エマ、リナ、ドラン、ソフィ、ベルク、カイル。6人全員いる!」
「残留者は!」
「0人です!」
一夜は説明書を見る。
【帰還人数:13人】
【残留者:0人】
文字は変わらない。
本当に、全員で戻ってきた。
「よかった……」
一夜が息を吐く。
その直後、右足の裏に小石が刺さった。
「痛っ」
片方だけ靴を失った足を持ち上げる。
靴下も、夜の中で黒い手につかまれた時に半分破れていた。
リディアがすぐに一夜の前へしゃがむ。
「見せろ」
「小石が刺さっただけです」
「その言い方は禁止だ」
「本当に小石です」
「足を出せ」
「先にほかの人を――」
「あなたも帰還者だ」
一夜は反論できず、地面へ腰を下ろした。
リディアが右足を持ち上げる。
「汚れていますね」
「靴がないので」
「そうではない。傷だ」
足首には、黒い指につかまれた跡が残っていた。
青黒い痣。
皮膚の一部には、細い線のような傷もある。
「痛みは?」
「少し」
「歩けるか?」
「たぶん」
リディアの目が細くなる。
「使うなと言った」
「歩けないとは言ってません」
「立つな」
「宿場へ戻らないと」
「運ぶ」
「誰が?」
リディアは周囲を見る。
ドランが、木の鳥を握ったまま座っている。
ガレスは騎士たちの状態を確認中。
テオはロープを回収している。
「……馬車を呼ぶ」
「それがいいです」
「なぜ、少しうれしそうなんだ」
「俺を担ぐと言われなくて安心しました」
「必要なら担ぐ」
「必要ありません」
安全地帯には、13人が入っている。
外で帰還地点を守っていたダリウスたち6人も加えれば、合計19人。
推奨人数の8人を大きく超えていた。
説明書には、すぐに警告が表示される。
【領域内人数:19人】
【推奨人数を超過しています】
【保護機能:維持】
【回復効果:大幅低下】
【調理支援効果:分散】
「全員を治療するには多すぎます」
一夜が読み上げる。
「負傷が重い人から8人だけ残してください」
「外へ出しても問題ないのか?」
ダリウスが、薄暗さの消えた林を見る。
西宿場を覆っていた夜は、すでに薄れている。
木々の間から、昼の光が届いていた。
「夜門は消えています」
【周辺認識干渉:低下中】
【新規接続:未検出】
「今すぐ、また夜へ引かれる危険は低そうです」
「低い、か」
「絶対ではありません」
「ならば、帰還者6人は残す」
ダリウスは即座に決めた。
「一夜殿と副隊長もだ」
「私は外へ出られる」
リディアが立ち上がる。
「左肩を使ったな?」
「右腕で一夜を引いた」
「剣も振っただろう」
「数回だ」
「残れ」
「しかし――」
「団長命令だ」
リディアは黙った。
一夜が小さく笑う。
「上司の命令は聞くんですね」
「必要な命令だけだ」
「それを選ぶのは、部下側ではありませんよ」
「あなたは私の部下ではない」
「そういうところだけ正確だな」
安全地帯へ残る8人は、一夜、リディア、帰還者6人となった。
ほかの騎士たちは境界の外で周囲を守る。
ダリウスも外へ出る直前、一夜へ言った。
「状態が変われば、すぐ知らせろ」
「分かりました」
「自分の傷も含めてだ」
「……はい」
「返事が遅い」
「最近、全員から同じことを言われます」
「ならば、直せ」
一夜はテントの中へ、救助された6人を座らせた。
全員、外傷は少ない。
だが、顔色が悪い。
朝へ戻った実感がないのか、何度も周囲を確認している。
リナは、夜の中から持ち帰った白い紙を握っていた。
エマは、自分の両手を見つめている。
ドランは木の鳥。
ソフィとベルクは離れた場所へ座った。
カイルは入口近くで、外の空を見ている。
「まず、名前を確認します」
一夜が言う。
「またかい?」
エマが疲れた声で尋ねた。
「夜の影響が残っていないか確認します」
「エマ・ローデン」
「今日は?」
「料理をしない」
「覚えていますね」
「忘れるか」
一夜は順番に見る。
「リナさん」
「リナ・ハーヴェル」
「朝へ戻ったら?」
「自分の名前を書く」
「ドランさん」
「ドラン・メイズ」
木片を持ち上げる。
「鳥の翼を作る」
「ソフィさん」
「ソフィ・アレン」
少し迷ってから続ける。
「今日は、ベルクと別の場所で休む」
ベルクが顔を伏せた。
だが、反論はしなかった。
「ベルクさん」
「ベルク・アレン」
「朝へ戻ったら?」
「騎士団の調べを受ける」
「その後は?」
「ソフィが話してくれるなら、聞く」
「言い訳せずに?」
ソフィが尋ねる。
ベルクは、しばらく黙った。
「ああ」
「今は、それでいい」
2人の距離は縮まらない。
それでも、同じ道を強制されていた夜よりは、自分で立つ場所を選べていた。
「カイルさん」
一夜が最後の1人を見る。
「カイル・ヴェルン」
「朝へ戻ったら?」
「休む」
「その後は?」
「何度聞く」
「確認です」
カイルはため息をついた。
「白い海へ行くか考える」
「全員、覚えています」
説明書に文字が浮かぶ。
【自己認識:安定傾向】
【帰還意思:維持】
【温かい食事による追加安定を推奨します】
「食事を作ります」
エマが反射的に立ち上がりかけた。
「何を作る」
「エマさんは休んでください」
「だが、料理なら私の――」
途中で言葉を止める。
料理人。
その役割へ、また戻ろうとしていた。
「今日は作らないと決めましたよね」
「……そうだった」
「手伝いたいなら、後で自分で決めてください」
「今は?」
「座っていてください」
「客が19人もいる」
「俺の料理です」
「味は大丈夫なのかい」
「最初に心配するのがそこですか」
「料理人だからね」
「今日は料理人を休んでるでしょう」
「休んでも、舌までは休まないよ」
「では、味見だけお願いします」
エマの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「それなら引き受ける」
「仕事としてではなく?」
「食べたいからだ」
「完璧です」
◇
一夜は大きな鍋を取り出した。
現代から持ち込んだ乾燥スープ。
水。
ハルト村でもらった麦。
干し肉。
長時間煮込む余裕はないため、麦は少量だけ。
胃へ負担をかけない、薄めのスープにする。
湯気が上がる。
リディアが隣から鍋をのぞき込んだ。
「コーヒーは?」
「今はスープです」
「食後か」
「体調を確認してからです」
「私は夜門へ入る前にも飲んでいない」
「数えてたんですか」
「約束した」
「戻った直後ですよ」
「だから必要だ」
「眠れなくなります」
「昼だ」
「夜の中にいたせいで、体内時計が変になってます」
「タイナイドケイとは?」
「説明が長くなるので、後にしてください」
カイルが2人を見る。
「本当に、相棒なのか」
「はい」
一夜が答える。
「そうだ」
リディアも同時に答えた。
「片方が負傷し、もう片方も片足だが」
「通常運転です」
「何が通常だ」
「こちらの話です」
完成したスープを、8人へ配る。
一夜。
リディア。
帰還者6人。
境界の外へいる騎士たちの分は、効果が弱くなっても後から用意する。
「熱いので、ゆっくり飲んでください」
エマが先にひと口飲んだ。
目を閉じる。
「どうです?」
「塩が足りない」
「薄めにしました」
「疲れている者へ出すなら、これくらいでもいい」
「褒めてます?」
「かなり」
「リディアさんと同じ言い方だな」
リディアが器を口へ運ぶ。
「私は、もっと正確に言う」
「どうです?」
「悪くない」
「同じですよ」
説明書が開く。
【集団帰還後の食事を確認】
【対象:夜門帰還者】
【調理支援効果を適用】
【自己認識安定・中】
【恐怖緩和・中】
【疲労回復・弱】
【帰還標識定着補助】
【持続時間:8時間】
スープを飲んだ者たちの足元にある緑色の印が、少し明るくなる。
リナが白い紙を胸へ抱いたまま言った。
「温かい」
「はい」
「夜では、お腹が空かなかった」
「ユアンさんも言ってました」
「食べたいと思わなかった」
「今は?」
リナはもう1度スープを飲む。
「おいしい」
エマが隣から口を挟む。
「塩が足りないけどね」
「エマさん」
「事実だよ」
リナが笑った。
ほんの小さな笑い。
作られた同じ笑顔ではない。
本人の笑い方だった。
ドランもスープを飲みながら、木の鳥を見る。
「翼を作るには、道具がいる」
「アルノで借りられるでしょうか」
一夜が尋ねる。
安全地帯の外にいるガレスが、境界へ顔だけ入れた。
「騎士団の工房に、小さな刃物がある」
「借りられる?」
「危険がない状態だと確認できれば」
「では、先に治療ですね」
ドランはうなずいた。
「急がなくていい」
自分で言ってから、少し驚いた顔をする。
「翼は逃げないからな」
食事を終えた頃、西宿場から馬車が到着した。
治療師。
宿場の管理官。
追加の騎士。
帰還者を運ぶ準備も整っている。
ダリウスが安全地帯へ入り、6人を見た。
「全員、自分の名前は言えるか」
6人が順番に答える。
団長は1人ずつ確認し、続いて指示を出した。
「エマ、リナ、ユアンは宿へ戻さない」
エマが目を見開く。
「どこへ行く」
「アルノの保護施設だ。宿の主人と従業員への調査が終わるまで、別の場所で過ごしてもらう」
「料理は?」
「する必要はない」
「本当に?」
「ああ」
リナが白い紙を持ち上げる。
「文字は?」
「保護施設に、読み書きを教えられる者がいる」
「私にも?」
「希望するなら」
リナは紙を強く抱きしめた。
「希望する」
「ドランは治療院へ」
「腕か」
「夜門へ入る前から痛めていたそうだな」
「誰が言った」
「ユアンとエマだ」
「言わなくていいことまで」
一夜がドランを見る。
「痛いと言わないからです」
「帰ってきたばかりで説教されるとは思わなかった」
「朝なので」
「関係あるのか?」
「朝へ戻ると、いろいろ始まるんです」
カイルは騎士団で一時保護。
白い海へ向かう道については、体調が戻ってから調べる。
ベルクは別の馬車へ乗せられ、騎士団本部で事情を聞かれることになった。
「ソフィ」
ベルクが、妻の名前を呼ぶ。
彼女は振り返った。
「話を……」
「今は休む」
「ああ」
「私から会いに行くまで、待って」
「分かった」
ベルクは、追わなかった。
説得もしない。
ただ、自分の馬車へ乗った。
ソフィは別の馬車へ向かう。
夫婦だから同じ車両へ乗せられることもなかった。
「戻った後の方が、大変そうですね」
一夜がつぶやく。
「当然だ」
リディアが答える。
「朝は、解決ではない」
「始められるだけですか」
「ああ」
一夜は6人を見る。
帰る場所。
休む場所。
自分の名前を書く場所。
話を聞く場所。
それぞれ別の朝が始まろうとしている。
最後の馬車が出発した後。
一夜はテントの外に残った、黒い染みへ気づいた。
夜門が消えた場所。
草の一部だけが、丸く枯れている。
「何かあります」
片足で歩こうとして、体が傾く。
リディアがすぐに腕を支えた。
「立つなと言った」
「少し見るだけです」
「運ぶ」
「肩を痛めてる人に運ばれません」
「では、つかまれ」
一夜はリディアの右肩を借り、黒い染みの近くまで進んだ。
説明書が開く。
【夜門残留物を確認】
【解析可能】
「解析します」
【名称:夜印片】
【供給源との接続:切断済み】
【記録された送信先を確認しました】
白紙へ、簡単な図が浮かぶ。
点が3つ。
1つは、灰緑の森の監視塔。
1つは、西宿場。
そして、もう1つ。
アルノの城壁内。
「街の中です」
リディアの表情が変わる。
「場所は分かるか」
【送信先:アルノ旧地下水路】
【状態:応答あり】
一夜は文字を見つめた。
西宿場の夜門は消えた。
だが、アルノの地下では、まだ何かが応答している。
「団長へ伝えないと」
「先に座れ」
「でも」
「情報は逃げない」
リディアは一夜の体を支えたまま、テントを指す。
「足の治療が先だ」
「緊急かもしれません」
「ならば、私が伝える」
「言葉は?」
「団長は近くにいる」
「そうでした」
「役割を分けろと言ったのは、あなたではないか」
一夜は黒い染みを見る。
自分が確認し。
自分が説明し。
自分が次の準備まで進めたくなる。
だが、今は片方の靴もない。
「お願いします」
「ああ」
リディアが親指を立てる。
一夜も返そうとして、彼女の肩から手を離しかけた。
体が傾く。
「動くな」
「親指を返そうとしただけです」
「あとでいい」
「合図にも安全が必要なんですね」
一夜はリディアに支えられ、テントへ戻った。
朝へ帰っても。
次の夜は、すでに動き始めている。
それでも、すぐに走り出す必要はない。
情報を渡す。
傷を治す。
食事を取る。
誰かへ任せる。
次へ進む前に、自分たちも朝へ戻らなければならない。
説明書の最後に、新しい文字が浮かんだ。
【朝到達記録:80】
【設営者を含む帰還者の休息を推奨します】
一夜は苦笑する。
「分かってますよ」
今度は、素直にテントの中へ座った。




