第49話 1人を選ばない
【帰還可能人数:12人】
一夜は、もう1度人数を数えた。
救助された6人。
救助隊の7人。
合計13人。
見間違いではない。
『朝へ戻れるのは、12人です』
夜の声が、黒い壁の向こうから響く。
『1人を選びなさい』
【領域閉鎖まで:4分42秒】
「私が残る」
最初に言ったのは、ベルクだった。
ソフィが顔を上げる。
「何を言ってるの」
「俺が、お前をここへ連れてきた」
「違う。私も自分で扉をくぐった」
「それでも、俺が――」
「罪悪感で決めないで」
ソフィはベルクから1歩離れたまま答えた。
「それでは、夜に言わされているのと同じよ」
「なら、私だ」
カイルが杖をつく。
「私には帰る場所がない。若い者が戻ればいい」
「さっき、休んでから決めると言ったでしょう」
一夜が止める。
「考えた結果だ」
「まだ数分しかたってません」
「十分だ」
「夜に残る理由を探しているだけです」
カイルが口を閉じた。
「俺が残る」
今度はユアンだった。
「6人をここへ連れてきたのは俺だ」
「ユアンさんまで」
「俺には帰還標識がある。何か別の道が見つかるかもしれない」
「見つからなかったら?」
「その時は――」
「その時は、ではありません」
一夜は強く言った。
「誰かが責任を取って残る話ではないです」
『では、あなたが残りますか』
夜の声が、一夜のすぐ後ろでささやいた。
『朝を持ち帰る者』
「一夜」
リディアが一夜の腕をつかむ。
「何も言うな」
「まだ言ってません」
「顔に書いてある」
「顔で判断するなと言ってませんでした?」
「今は私が判断する」
リディアは全員を見回した。
「誰も残らない」
『不可能です』
「なら、可能な方法を探す」
『時間はありません』
【領域閉鎖まで:4分08秒】
「急がせて、考えさせないつもりですね」
一夜は黒い扉を見る。
【帰還可能人数:12人】
これは説明書に表示された文字ではない。
黒い扉そのものに浮かんでいる。
「この条件を出しているのは、テントではありません」
説明書を開く。
「夜門の規則です」
「ならば、破れるのか」
ガレスが尋ねる。
「分かりません」
「またか」
「でも、従う必要があるとも書いてません」
一夜は説明書へ問いかける。
「13人で帰る方法は?」
紙は動かない。
「帰還標識は全員についてます」
反応はない。
「外との物理的接続も残ってる」
最後のロープを握る。
「この扉を使わずに、帰れませんか?」
白紙へ、ゆっくりと文字が浮かんだ。
【帰還扉は夜門によって提示された経路です】
【使用は任意です】
「やっぱり」
「別の経路は?」
リディアが説明書を見る。
【帰還標識登録者:13人】
【物理的接続:1系統】
【設営地点側の接続者:6人】
【集団帰還経路を形成できます】
「できます!」
続く条件が表示される。
【形成条件】
【全対象が同一の帰還先を選択すること】
【全対象が物理的に接続されていること】
【設営地点側からの牽引が必要です】
「全員をロープにつなぎます!」
一夜は腰へ結んでいた短いロープを外した。
「急いで!」
ガレスとテオが動く。
長い帰還ロープを中心に、短いロープで全員の腰を順番につないでいく。
救助者。
騎士。
また救助者。
誰か1人へ負担が集中しないよう、交互に並べる。
「外へ合図を送る」
ガレスが長いロープを3回、強く引いた。
返事はない。
「もう1度!」
今度は全員でロープを引く。
1回。
2回。
3回。
数秒後。
外側から、強い力が返ってきた。
ロープがまっすぐ張る。
「伝わりました!」
【設営地点側の牽引を確認】
【帰還意思の確認を開始します】
【領域閉鎖まで:3分21秒】
『無意味です』
黒い壁から、無数の腕が伸びた。
『13人の意思が、同じであるはずがない』
エマの足へ黒い指が絡む。
『朝へ戻れば、また料理を作らされる』
「今日は作らない!」
エマが自分で影を振り払った。
「私の名前は、エマ・ローデン!」
足元の帰還標識が光る。
「朝へ戻る!」
【帰還意思:1】
リナの背後へ、宿の主人の影が現れる。
『女中に文字は必要ない』
「私はリナ・ハーヴェル!」
胸へ抱いた白い紙を握りしめる。
「朝へ戻って、自分の名前を書く!」
【帰還意思:2】
ドランの背中へ、木箱が積み上がる。
『お前が持たなければ、皆が困る』
「全部は持たない!」
ドランが荷物を下ろす。
「俺はドラン・メイズ! 朝へ戻って、木の鳥を完成させる!」
【帰還意思:3】
ソフィの腕へ、黒い鎖が巻きつく。
『妻なら夫と同じ道を歩け』
「私はソフィ・アレン!」
鎖を両手で外す。
「朝へ戻る。どの道を選ぶかは、自分で決める!」
【帰還意思:4】
ベルクの周囲へ、硬貨が降る。
『戻れば、失敗を認めることになる』
「認める!」
ベルクが叫んだ。
「俺はベルク・アレン! 朝へ戻って、自分がしたことを聞く!」
【帰還意思:5】
カイルの前へ、何もない道が広がる。
『帰る場所などない』
「今はなくていい」
老人は杖を前へ出した。
「私はカイル・ヴェルン。朝へ戻って休む。その後、白い海へ行くか考える!」
【帰還意思:6】
ユアンの前に、亡くなった母親が立つ。
『ユアン。夜へ帰っておいで』
「母さんは、俺を閉じ込めない」
ユアンは母親の幻を見つめた。
「俺はユアン・ベルク! 6人と朝へ戻る!」
幻が崩れる。
【帰還意思:7】
ガレスが剣を地面へ突き立てる。
「ガレス・ヴァルド。救助対象を連れ、任務から帰還する!」
【帰還意思:8】
「テオ・ラング!」
テオが続く。
「全員で帰る!」
【帰還意思:9】
同行した騎士2人も、それぞれの名を告げた。
【帰還意思:10】
【帰還意思:11】
残るのは、一夜とリディア。
『副隊長』
夜の声が、リディアへ向く。
『あなたが戻れば、また部下を失う』
暗闇から、ロイドの姿が現れた。
血に濡れた鎧。
届かなかった手。
『今度こそ、あなたが残ればいい』
リディアの呼吸が止まる。
「リディアさん」
「分かっている」
彼女は幻から目をそらさなかった。
「私は、ロイドを失った」
『ならば残れ』
「忘れない」
右手で、一夜の手首をつかむ。
「だが、同じ場所に立ち続けることは、覚えていることではない」
リディアは胸を張った。
「私はリディア・アルクライト」
幻のロイドへ告げる。
「今度は、全員と帰る」
ロイドの姿が、静かに消えた。
【帰還意思:12】
夜の宿場が激しく揺れる。
『最後は、あなたです』
黒い霧が一夜を包む。
『泊一夜』
会社の机。
鳴り続ける電話。
未読のメール。
ハルト村。
負傷者。
朝を待つ人々。
次々と景色が現れる。
『あなたが帰れば、また誰かに求められる』
「そうですね」
『休めません』
「休みます」
『断れば、誰かが困る』
「困った時は、ほかの人へ頼みます」
『あなたが作った帰る場所です』
「俺だけのものではありません」
一夜は、自分と全員をつなぐロープを握った。
「俺は泊一夜」
夜の声が近づく。
『朝を持ち帰る者』
「それは、俺が選んだことの1つです」
『あなたの役割です』
「俺の全部ではありません」
一夜は緑色のテントがある方向を見る。
目には見えない。
それでも、確かに分かる。
「俺も朝へ帰ります」
【帰還意思:13】
【条件達成】
【集団帰還経路を形成します】
最後の帰還ロープが、淡い緑色に輝いた。
光は一夜たちの腰をつなぐ短いロープへ広がり、13人全員を1つの輪として包む。
黒い扉に浮かんでいた文字が揺れた。
【帰還可能人数:12人】
数字の12へ亀裂が入る。
『認めません』
「使いませんよ、その扉」
一夜は答えた。
帰還ロープが伸びる先。
黒い壁に、緑色の細い亀裂が生まれた。
外側から、強く引かれる。
「進め!」
ガレスが先頭で亀裂へ飛び込んだ。
黒い壁ではない。
ロープの周囲だけが、細い道になっている。
人1人が通れる幅。
先は見えない。
だが、朝の匂いがした。
「全員、ロープを離さないでください!」
一夜の声に、13人が進む。
ガレス。
騎士。
エマ。
テオ。
リナ。
騎士。
ドラン。
ユアン。
一夜。
カイル。
ソフィ。
ベルク。
最後尾にリディア。
【領域閉鎖まで:1分37秒】
黒い腕が、道の左右から伸びる。
ガレスたちが剣で払う。
救助された者たちは、互いのロープをつかみ、離れないよう支え合った。
「止まるな!」
「前へ!」
「引いてくれ!」
外からの牽引が強くなる。
ダリウスたちも、こちらを引いている。
緑色の道が、少しずつ短くなる。
前方から光が見えた。
「出口です!」
先頭のガレスが光へ飛び込む。
次々と姿が消える。
朝へ戻っている。
【領域閉鎖まで:48秒】
ユアンが通る。
カイル。
ソフィ。
ベルク。
一夜が出口へ手を伸ばした瞬間、足首をつかまれた。
「一夜!」
体が後ろへ引かれる。
黒い霧の中から、巨大な手が現れていた。
『お前は残れ』
一夜の腰へ結ばれたロープが張る。
前から外の者たちが引く。
後ろから夜が引く。
「手を離せ!」
リディアが剣を振る。
黒い手へ刃が食い込む。
だが、切れない。
『朝を持ち帰る者がいなければ、朝は迷う』
「違う!」
リディアは剣を捨てた。
両腕で一夜の体を抱える。
「朝を待つ者が、自分で選ぶ!」
黒い手の指が、一夜の足へ食い込む。
「リディアさん、先に!」
「約束しただろう!」
「でも、道が!」
「必ず一緒に帰る!」
【領域閉鎖まで:19秒】
一夜は足首をつかむ黒い手を見る。
攻撃する道具はない。
力でも勝てない。
それでも、右足は動かせる。
一夜は靴のかかとを、黒い指へ押しつけた。
「俺の朝は」
体を前へねじる。
「俺が使います!」
靴が脱げた。
黒い手は、空になった靴だけを握っている。
「今です!」
外側からロープが強く引かれる。
一夜とリディアの体が、同時に光へ飛び込んだ。
地面へ転がる。
土。
草。
朝の空気。
「全員、ロープから離れろ!」
ダリウスの声が響く。
一夜は顔を上げた。
緑色のテント。
安全地帯。
周囲には救助された6人と、騎士たち。
全員いる。
最後にリディアが、一夜の隣へ倒れ込んだ。
「人数確認!」
「13人!」
ガレスが答える。
「帰還者、全員います!」
黒い扉があった場所へ目を向ける。
緑色の亀裂が閉じる。
最後に、一夜の靴だけが闇の向こうへ落ちていった。
夜門が消える。
西宿場を覆っていた暗さが、薄れていく。
雲の間から、朝の光が差し込んだ。
説明書が開く。
【集団帰還を確認】
【帰還人数:13人】
【残留者:0人】
【朝到達記録:80】
【特殊条件を達成しました】
【1人を選ばない帰還】
一夜は片方だけ靴を履いた足を見る。
「帰れましたね」
リディアが地面へ仰向けになったまま答える。
「ああ」
「靴は残りましたけど」
「1人より安い」
「比較するものじゃないでしょう」
リディアは一夜の手首をつかんだまま、目を閉じた。
「約束は守った」
「はい」
一夜も、その手を握り返す。
「全員で帰ってきました」
帰る場所は、定員を理由に誰かを捨てる場所ではない。
足りないなら。
狭いなら。
用意された道が使えないなら。
全員で、別の帰り道を作ればいい。




