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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第43話 帰る場所を、先に作る

 西宿場へ向かう準備は、30分で整えられた。


 騎士12人。


 担架2台。


 ロープ4本。


 松明。


 治療用品。


 水と携帯食。


 そして、一夜の緑色のテント。


「本当に、これを持っていくのか」


 ダリウス団長が、畳まれたテントを見る。


「これがないと、帰る場所が作れません」


「扉の向こうへ運ぶのではなく?」


「外へ残します」


「なぜだ」


「中へ持っていって設営できる保証がありません」


 黒い扉の先は、普通の場所ではない。


 地面があるか。


 4本のペグが打てるか。


 そもそも、テントを広げる時間があるかも分からない。


「先にこちら側へ、安全地帯を作ります」


 一夜は説明書を開いた。


【帰還標識】


【登録地点から一定範囲内にいる対象へ、帰還方向を提示します】


【物理的接続により、効果範囲が拡大します】


「長いロープをテントへつないで、そのまま扉の中へ持っていきます」


「監視塔で使った方法か」


 リディアが言った。


「はい」


「途中で切れた場合は?」


「帰還標識が残っていれば、方向は分かります」


「道が残るとは限らない」


「だから、ロープも使います」


「両方失った場合は?」


 一夜は答えを止めた。


「その時は、戻れる道を探します」


「答えになっていない」


「絶対に安全な方法はありません」


 一夜はリディアを見る。


「だから、失わないための準備をします」


 リディアは何か言おうとしたが、先にダリウスがうなずいた。


「正しい」


「団長」


「危険をなくせないなら、危険を分ける」


 ダリウスは騎士たちへ向き直る。


「扉の外へ半数を残す。中へ入る者と、帰還地点を守る者に分かれる」


「団長は、どちらへ?」


 ガレスが尋ねる。


「外だ」


 リディアの眉が上がった。


「団長が残るのですか」


「帰る場所を失えば、全員戻れない」


「中の指揮は」


「ガレスへ任せる」


 ガレスが姿勢を正す。


「承知しました」


「副隊長は補佐だ」


「私が指揮を取ります」


「負傷者は補佐だ」


「傷は閉じています」


「剣を振った後、再び固定されたと聞いた」


 リディアが一夜を見る。


「あなたが言ったのか」


「ハルト村から、報告が届いてたんじゃないですか」


「マルタだ」


「信頼されてますね」


「監視されている気分だ」


「必要な監視です」


 ダリウスは話を続ける。


「中へ入るのは、ガレス、副隊長、テオ、一夜殿、ユアン。それに騎士2人」


「7人ですね」


「推奨人数以内だな?」


「テントの中なら8人ですけど、扉の先では効果がどうなるか分かりません」


「帰還標識だけでも働けばいい」


「はい」


 安全地帯へ視線を向ける。


 その奥では、ユアンが眠っていた。


「起こしますか?」


 一夜が尋ねる。


「本人の意思を確認する」


 ダリウスが答えた。


「眠ったまま運ぶことはしない」


     


「行く」


 目を覚ましたユアンは、迷わなかった。


「場所だけ教えて、ここへ残る選択もあります」


 一夜が言う。


「俺がいないと、扉が出ないかもしれない」


「夜門は、俺を指定しています」


「でも、道を知っているのは俺だ」


 ユアンはコーヒーの残ったカップを見る。


「6人を迎えに行くと言った」


「怖くないんですか?」


「怖い」


 即答だった。


「戻りたくなるかもしれない」


「それでも?」


「戻りたくなった時は、止めてくれ」


「縛ってでも?」


「できれば、話して止めてほしい」


「分かりました」


「それでも駄目なら?」


 一夜はユアンの腰へ結ぶロープを見る。


「その時は、引き戻します」


 ユアンが少しだけ笑った。


「最初から、そう言えばいい」


     ◇


 城門を出ると、言葉は通じなくなった。


 テントを畳んだためだ。


 騎士たちは決めていた合図を使い、街道を西へ進む。


 西宿場までは馬車で40分ほどだった。


 近づくにつれ、空の色が変わっていく。


 まだ午後のはずなのに、西の空だけが薄暗い。


 雲ではない。


 宿場を中心に、夜の色が染み出している。


「一度朝になって、そこから戻った夜か」


 宿場の入口には兵士が立ち、住民が外へ出ないよう見張っていた。


 建物の窓はすべて閉じられている。


 人の声も少ない。


 ユアンが馬車から降りる。


 顔色が悪い。


 一夜は隣へ立ち、親指を立てる。


「大丈夫ですか、では伝わらないか」


 ユアンは一夜の手を見た。


 少し遅れて、同じ合図を返す。


 完全に大丈夫という意味ではない。


 それでも、進めるという意思は伝わった。


 宿場の裏手。


 森へ続く細い道を進む。


 地面には、捜索隊が残した目印があった。


 木へ結ばれた白い布。


 石へ刻まれた矢印。


 だが、途中からすべて消えている。


 ユアンが前方を指した。


 古い石橋。


 小さな川にかかる、半分崩れた橋だった。


 周囲に建物はない。


 ただ、橋の先に開けた場所がある。


「ここか」


 一夜がつぶやく。


 ユアンは首を横へ振る。


 次に、橋の北側を指した。


 木々の間。


 日が届かず、地面が湿っている。


 ダリウスが周囲を確認し、部下へ指示を出す。


 だが、一夜には意味が分からない。


 リディアが一夜の肩をたたき、少し離れた高台を指した。


「テントは、あそこですね」


 橋から80メートルほど。


 木々が少なく、地面も固い。


 夜門からは見えるが、近すぎない。


 一夜は親指を立てた。


     ◇


 テントの設営には、いつもより時間をかけた。


 通常の4本に加え、補助ペグを4本。


 木の根へロープを回す。


 地面が崩れても、全体が一気に倒れないよう、支点を分ける。


 リディアとテオがロープを張る。


 ガレスは周囲を警戒。


 ダリウスは外へ残る騎士たちの位置を決めていた。


 最後の結び目を締める。


 半径4メートルの安全地帯が広がった。


「言葉は通じるか?」


 ダリウスが尋ねる。


「はい」


「では、最終確認だ」


 全員が境界へ入る。


 中へ入る7人。


 外へ残る6人。


「人数が合わなくないですか?」


 一夜が数える。


「団長を含めて、外は6人。中は7人」


「合っている」


「騎士12人と俺たち5人なら、17人ですよね」


「宿場へ4人残した」


「そういうことですか」


「人数確認は重要だ」


「会社でもよくやります」


「戦場で数を間違えれば死ぬ」


「会社では、そこまでではありません」


 ダリウスは地面へ地図を広げた。


「扉が現れたら、ガレスたちが入る」


「ロープは?」


「テントの中央へ固定する」


 一夜は長いロープの端を、内側の主柱へ結んだ。


 さらに、予備のロープを別の支点へつなぐ。


「1本切れても、もう1本残ります」


「両方、同じ場所へ通すのか?」


「少し離します」


「扉が閉じた場合は?」


「分かりません」


「内側から開けられなければ?」


「帰還標識を頼ります」


「標識が消えたら?」


 リディアが尋ねる。


 一夜は彼女を見る。


「また、その確認ですか」


「必要だ」


「その場合は、俺が扉を探します」


「1人で?」


「全員でです」


 リディアは、ようやくうなずいた。


「ならばいい」


 一夜は説明書を開く。


【帰還地点を登録しますか】


「登録します」


【登録地点:西宿場北西・旧石橋高台】


【帰還標識:有効】


【帰還標識登録者:1人】


【同行者への一時共有が可能です】


「同行者へ共有します」


 安全地帯にいる7人の足元へ、淡い緑色の光が広がった。


 すぐに消える。


「今、何か見えた」


 テオが自分の靴を見る。


「テントの方向が分かるはずです」


 全員が、少し離れた場所へ歩く。


 安全地帯の外。


 それでも、振り返らずにテントの方向を指せた。


「使える」


 ガレスが言う。


「ただし、道は表示されません」


 一夜は注意する。


「方向だけです。壁や穴があっても、まっすぐ進めとは限りません」


「方向が分かれば、道は我々が作る」


 ガレスが答えた。


「頼もしいですね」


「完全には信用していないがな」


「それ、毎回言うんですか?」


「評価は上がっている」


「今、何点くらいです?」


「点数で考えたことはない」


「なら、言わなくてもいいでしょう」


     


 ユアンが石橋へ近づく。


 一夜たちは、その後ろを進む。


 テントへつながる2本のロープが、地面を這っていた。


 橋の北側。


 木々の間。


 何もない。


 ユアンの足が止まる。


「ここだ」


「扉は見えません」


「前は、母の声が聞こえた」


「今は?」


 ユアンが耳を澄ませる。


「何も」


 リディアが周囲を見回す。


「誘いを断ったから、出てこないのか」


 一夜は説明書を開いた。


【夜門からの招待:継続中】


【指定対象:設営者】


【夜門への接触が可能です】


「俺が呼ばれています」


 一夜はユアンの横へ並んだ。


 前へ手を伸ばす。


 何もない空間。


 だが、指先が冷たいものへ触れた。


「ある」


「見えないのか?」


「触ると分かります」


 一夜は、見えない表面をなぞる。


 縦。


 横。


 人1人が通れる大きさ。


 取っ手らしき膨らみ。


「扉です」


 説明書が光る。


【夜門を確認】


【招待を受諾しますか】


【受諾した場合、指定領域へ移動します】


【警告】


【夜門内部では、対象の記憶・後悔・疲労が環境へ反映されます】


【帰還標識との接続を推奨します】


「もう、接続しています」


【物理的接続:2系統】


【帰還標識:有効】


【推奨条件を満たしています】


 ダリウスが一夜の肩へ手を置く。


「無理だと思えば、開けるな」


「6人がいます」


「それでもだ」


「団長」


「指揮官は、全員を助けると言って全員を失ってはいけない」


 一夜はダリウスを見る。


「戻れないと判断したら?」


「扉を閉じろ」


「中に人が残っていても?」


「そうだ」


 簡単には答えられない。


 だが、誰かを助けるために、全員を失うわけにはいかない。


「分かりました」


「本当に分かっている顔ではないな」


「選ぶ時が来たら、考えます」


「その時は遅い」


 リディアが口を開く。


「私が判断する」


「リディアさん?」


「一夜が迷ったら、私が帰還を決める」


「でも」


「相棒だろう」


 一夜は言葉を止めた。


「あなたが帰る場所を作る。私は、帰る時を決める」


「勝手に残る判断はしないでくださいよ」


「あなたもだ」


「約束できます?」


 リディアは右手の小指を出した。


「約束する」


 一夜も小指を絡める。


「必ず、一緒に帰ります」


     


 中へ入る7人が、ロープを腰へ結ぶ。


 先頭はガレス。


 次に騎士2人。


 ユアン。


 一夜。


 リディア。


 最後尾はテオ。


「俺が最後ではないんですね」


「前後を戦える者で挟む」


 ガレスが言う。


「一夜殿は中央だ」


「戦えないので」


「理解が早くて助かる」


「もう少し言い方はありません?」


「帰還の要だ」


「それなら少し格好いいです」


 ユアンの呼吸が速くなっている。


 一夜は隣へ立つ。


「今、帰る場所は分かりますか?」


 ユアンは目を閉じる。


 テントの方向を指した。


「あそこだ」


「なら、大丈夫です」


「その言い方は禁止では?」


「状態を確認した上で言っています」


 ユアンが少し笑う。


「本当に変な男だな」


「今さらです」


 一夜は見えない取っ手を握った。


 冷たい。


 指先から腕へ、夜が染み込むような感覚。


【夜門からの招待を受諾しますか】


「受諾します」


 見えなかった扉が、黒く浮かび上がった。


 木でも石でもない。


 光を吸い込むような、黒い扉。


 取っ手が勝手に回る。


 隙間から、冷たい空気が流れ出した。


 扉の向こうには、西宿場があった。


 だが、空は夜。


 窓には明かりがない。


 道を歩く人もいない。


 同じ場所なのに、生きている気配だけが抜け落ちている。


「母さん……」


 ユアンがつぶやく。


 宿場の奥から、女性の声が聞こえた。


『ユアン』


 一夜はユアンの腕をつかむ。


「今の声は」


「分かっている」


 ユアンは震えながら答える。


「母さんじゃない」


 ガレスが剣を抜く。


「入るぞ」


 最初の1人が扉を越える。


 続いて騎士2人。


 ユアン。


 一夜。


 リディア。


 最後にテオ。


 全員が夜門の中へ入った。


 2本のロープは、扉の隙間を通って外のテントへつながっている。


 一夜は胸の奥で、緑色のテントの方向を感じた。


「接続は残っています」


「なら進む」


 ガレスが前方を指した。


 その時。


 夜の宿場にあるすべての窓へ、一斉に明かりがともった。


 誰もいなかった道へ、人影が並ぶ。


 6人。


 行方不明になっていた者たちだった。


 全員が、同じ笑顔で一夜を見ている。


「朝を持ち帰る者が来た」


 6人の声が、完全に重なった。


 背後で黒い扉が閉じる。


 宿場中の鐘が、夜の始まりを告げるように鳴り始めた。

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