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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第28話 朝を盗む者

「ようやく来たか」


 黒い外套の人物が、一夜たちを見ていた。


 安全地帯は展開していない。


 それなのに、言葉の意味がはっきりと頭へ入ってくる。


 一夜は隣のリディアを見る。


 彼女も驚いた顔をしていた。


「今の言葉、分かりました?」


「ああ」


「俺の言葉に聞こえましたか?」


「いや。王国の言葉だ」


 一夜には、日本語として聞こえている。


 リディアには、ルメリア王国の言葉として届いている。


 黒い人物が、小さく笑った。


「音など必要ない。お前たちが知る言葉を借り、意味だけを渡している」


「森で俺たちを呼んだのも、あなたですか」


「呼んだ?」


「ニナや、死んだ人の姿を使った」


「あれは、お前たち自身が作ったものだ」


 外套の隙間から、紫色の光が漏れる。


「私は扉を開いただけ。中から何を出すかは、記憶が決める」


「随分と都合のいい言い方ですね」


「事実だ」


 リディアが一夜の前へ出た。


 剣先を黒い人物へ向ける。


「名を名乗れ」


「名に意味はない」


「ならば、朝を奪った理由を答えろ」


 黒い人物は崩れた監視塔を見上げた。


 塔の上に突き刺さった黒い結晶から、無数の糸が空へ伸びている。


 網の向こう側には、白い朝の光。


 朝は来ている。


 ただ、この森と村へ届いていない。


「奪ってはいない」


「では、この空は何だ」


「留めているだけだ」


「同じです」


 一夜が言うと、外套の奥から視線を向けられた。


「同じではない。朝は、そこにある」


「届かないなら、ないのと同じでしょう」


「お前の世界でも、そう考えていたのか?」


「何の話です?」


「朝が来れば、また働かなければならない。目を閉じている間だけは、自分の時間だった」


 一夜の喉が詰まった。


 会社の机。


 光り続けるパソコンの画面。


 未処理のメール。


 朝が来るたび、重くなる体。


「お前は朝を嫌っていた」


「……記憶を見たんですか」


「見たのではない。漏れている」


「人の記憶を勝手にのぞいておいて、言い方だけ変えないでください」


「否定はしないのだな」


 一夜は暗い空を見上げた。


 確かに、朝が来てほしくないと思ったことはある。


 眠ったまま、誰にも呼ばれずにいたいと。


 それでも。


「朝が嫌だったんじゃありません」


「何?」


「朝が来たら、また自分の時間を誰かに渡さないといけない。それが嫌だったんです」


 黒い人物は何も答えない。


「朝そのものをなくしても、何も解決しません」


「夜なら、誰にも奪われない」


「その夜に、ハルト村の人たちが襲われました」


「弱い者が失われただけだ」


 リディアの剣が動いた。


 黒い人物の首へ向かい、一気に振り抜かれる。


 刃が外套を通過した。


「何?」


 布を切った感触はない。


 人物の体が黒い霧へ変わり、数歩離れた場所で再び形を作る。


「剣を向けるのが早い」


「十分に話は聞いた」


「副隊長」


 黒い人物の声が変わる。


 若い男の声。


 森で聞いた、ロイドという人物のものらしい。


 リディアの動きが一瞬だけ止まる。


「今度も、休んでいる間に誰かを死なせるのか」


「その声を使うな」


「お前が捨てられない声だ」


「違う」


 リディアは剣を構え直した。


「その声は、私へ休めと言った」


 黒い人物の輪郭が揺れる。


「お前ではない」


 リディアが踏み込む。


 2撃目。


 また、刃は黒い霧を切った。


「効いていません!」


「分かっている!」


「では、少し下がってください!」


「命令するな!」


「相棒からの提案です!」


「同じだ!」


 黒い糸が地面から伸びた。


 リディアの足首へ絡みつこうとする。


 彼女は跳び、剣で糸を切った。


 切断された糸は地面へ落ちる前に霧となって消える。


「テントを張ります!」


「私が時間を稼ぐ!」


「無理しないでください!」


「どちらかにしろ!」


 一夜はバックパックを下ろした。


 この場所は、崩れた石と硬い土が入り交じっている。


 監視塔の真下は、地面のほとんどが石で覆われていた。


「ここじゃ、ペグが刺さらない」


 一夜は周囲を見る。


 塔から少し離れた場所。


 木の根の間に、柔らかそうな地面がある。


「リディアさん、あっちへ移動します!」


「どこだ!」


 一夜は地面を指す。


 言葉は通じている。


 それでも戦いながらでは、細かく説明している余裕がない。


 リディアが一夜の示した場所へ後退する。


 黒い人物は追わなかった。


「その幕を広げるのか」


「知ってるんですか」


「森の中で見ていた」


「群れ長の目を通して?」


「あれは、便利な獣だった」


 一夜の手が止まりかける。


「あなたが操っていたんですか」


「命令したわけではない。夜を長くすれば、飢えた獣は自然に集まる」


「村が襲われることも分かっていた」


「だから何だ」


 一夜はテントを地面へ広げた。


「あなたと話しても、分かり合えなさそうですね」


「分かり合う必要はない」


 黒い人物が手を伸ばす。


「その幕を渡せ」


「嫌です」


「まだ条件を聞いていない」


「聞いても渡しません」


「朝を返す」


 一夜の手が止まった。


 リディアも黒い人物を見る。


「その幕と、白い書を置いていけ」


「説明書のことですか」


「それは、この世界の境界へ穴を開ける物だ」


「ただの通販テントです」


「お前も、すでにそうではないと知っている」


 否定はできなかった。


 黒い人物は塔の上の結晶を指す。


「幕を渡せば、夜を留める楔を外す。村にも朝が届く」


「俺たちも帰してくれますか」


「ああ」


「宵喰い狼は?」


「光が戻れば、森へ隠れる」


「また夜を止めませんか」


「必要がなければ」


「必要になったら、また止めるんですね」


 黒い人物は答えなかった。


「やっぱり駄目です」


「村人が死ぬぞ」


「渡しても、次の村が同じ目に遭います」


「お前には関係ない」


「あります」


「なぜだ」


 一夜はテントへポールを通した。


「知ってしまったからです」


「それだけか」


「十分でしょう」


「理解できない」


「俺も、少し前まで理解できませんでした」


 ポールを立てる。


 緑色の布が形を作り始める。


「でも、帰れる場所を知っている人が、帰れない人を見捨てるのは違うと思います」


「お前は、すべてを救えない」


「知っています」


 ハルト村で亡くなった2人。


 間に合わなかった命。


 その事実は消えない。


「全員を救えるとは思っていません」


 一夜は1本目のペグを打ち込んだ。


「だから、目の前にいる人だけでも朝へ連れていきます」


「それを繰り返せば、お前の時間はなくなる」


 2本目。


 ハンマーを振る。


「また、誰かのために時間を差し出すのか」


 3本目。


 一夜の手が、わずかに止まった。


 会社で仕事を断れなかった自分。


 誰かが困ると言われるたび、自分の予定を後回しにした。


 今やっていることも、同じなのか。


「一夜!」


 リディアの声が飛ぶ。


 黒い糸が、一夜の背後へ迫っていた。


 リディアが間へ入り、剣で切り払う。


「手を止めるな!」


「でも」


「私がここにいるのは、あなたに強制されたからではない!」


 リディアは黒い人物を見据えた。


「自分で決めて来た!」


 一夜は最後のペグを握った。


 リディアの肩から、再び血がにじんでいる。


 それでも、彼女は退かなかった。


「あなたも自分で決めろ!」


 一夜はハンマーを振り下ろした。


 4本目のペグが地面へ食い込む。


 ロープを張る。


 最後の結び目を締めた。


 安全地帯が展開される。


 透明な波紋が、半径2メートルへ広がった。


 黒い糸が境界へ触れる。


 紫色の火花を散らし、弾かれた。


「入ってください!」


 一夜はリディアの腕をつかむ。


 2人で境界の内側へ飛び込んだ。


 追ってきた黒い霧が、見えない壁へ激突する。


 説明書が光った。


【保護領域を展開しました】


【敵意を伴う認識干渉を拒否】


【領域内の認識を正常化します】


 黒い人物の姿が崩れた。


 人の形を保てなくなる。


 外套に見えていたものが霧へ変わる。


 その中から現れたのは、人間ではなかった。


 細長い影。


 腕だけが異様に長い。


 顔の位置には、紫色の光が1つ浮かんでいる。


「やっぱり、人じゃなかったんですね」


「今さら驚くことか」


 リディアは荒い呼吸を整えながら答えた。


「少しは人間の可能性も考えてました」


「人間なら、斬れていた」


「判断基準が物騒だな」


 影が透明な壁へ手を置いた。


 長い指が、境界を探るように動く。


 だが、中へは入れない。


「やはり、その幕は朝の側にある」


「朝の側?」


「お前は何者だ」


 リディアが尋ねる。


 影の紫色の目が細くなる。


「私は影にすぎない」


「誰の影だ」


「夜を集める者」


 塔の上の黒い結晶が脈打つ。


 空へ広がる糸が、さらに濃くなった。


「ノクス」


 その名と同時に、安全地帯の中の温度が下がった。


「それが、朝を止めた者の名前か」


「ノクスは朝を止めない」


 影が答える。


「不要な朝を、回収するだけだ」


「朝に、必要か不要かなんてありません」


 一夜は影を見た。


「待っている人がいるなら、必要です」


「ならば、取り戻してみろ」


 影の体が黒い霧へ変わる。


 霧は地面へ落ちず、塔へ向かって流れていく。


「どこへ行く!」


 リディアが境界の外へ出ようとする。


 一夜が腕をつかんだ。


「待ってください!」


「逃げるぞ!」


「あれを追っても意味がありません!」


 黒い霧は塔の壁へ吸い込まれた。


 上部に突き刺さっている結晶が、強く光る。


 崩れた監視塔の中から、石が動く音が響いた。


 塔の入口を塞いでいた瓦礫が、ゆっくり左右へ分かれていく。


 内部へ続く暗い階段が現れた。


「招いているのか」


「罠でしょうね」


「行くぞ」


「即決しないでください」


「目的の物は上にある」


 リディアは黒い結晶を見上げた。


「塔へ入らなければ、届かない」


 一夜も見上げる。


 安全地帯の半径は2メートル。


 黒い結晶は、崩れた塔の最上部。


 ここにいる限り、敵の攻撃は防げる。


 だが、朝を取り戻すことはできない。


「安全な場所からは、届かないか」


 一夜は説明書を開いた。


【夜明け阻害装置までの推定距離:23メートル】


【保護領域内からの干渉:不可能】


 さらに、新しい文字が現れる。


【阻害装置の停止には、直接接触が必要です】


「直接、触らないといけないみたいです」


「ならば、上るだけだ」


「中に何がいるか分かりませんよ」


「何もいないとは思っていない」


「傷も開いてます」


「この程度なら」


「禁止です」


「今は、本当に時間がない」


 一夜はスマートフォンを見る。


 午前9時41分。


 外は、まだ夜だった。


 黒い網の向こうでは、朝日が昇り続けている。


 届くことのできない光だけが、少しずつ強くなっていた。


「少しだけ休みます」


 一夜はバックパックを開いた。


「水を飲んで、傷を巻き直します」


「その間に逃げられる」


「あれは待ってますよ」


 暗い塔の入口。


 奥から、紫色の光が1つ浮かんだ。


 すぐに消える。


「俺たちが入ってくるのを」


「それでも行く」


「はい」


 一夜はうなずいた。


「でも、帰る準備をしてからです」


 安全地帯は、塔の中へ持っていけない。


 畳めば、守りは消える。


 もう1度設営できる場所が、塔の中にあるとも限らない。


 それでも進まなければ、朝には届かない。


 一夜は暗い階段を見つめた。


「今度は、帰ってこられる場所をここに残していきましょう」


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