↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/68

第25話 朝を取り戻しに行く

 群れ長を失った宵喰い狼たちは、すぐには逃げなかった。


 正面の通路。


 集会所の裏。


 倒れた鐘楼の周囲。


 暗闇の中から、紫色の目がこちらを見ている。


 だが、攻撃は止まっていた。


 どの個体も、次に何をすればいいのか分からないように立ち尽くしている。


「追うな!」


 安全地帯の外で、村長のエドガーが自警団へ叫ぶ。


 言葉は一夜には理解できない。


 それでも、槍を持った男たちが踏みとどまったことで、指示の内容は分かった。


「よかった……」


 今の村人たちに、魔物を追いかける体力は残っていない。


 リディアも同じだった。


「マルタさん、どうですか?」


「死にはしない」


「その言い方、もう少し何とかなりません?」


「事実だ」


 安全地帯の中央で、リディアが保温シートへ横たわっている。


 肩の傷。


 脇腹の傷。


 群れ長の爪を受けた腕。


 どれも致命傷ではない。


 だが、長時間戦い続けた疲労の方が深刻だった。


「血は止まった。骨も折れていない」


 マルタは傷へ新しい薬草を当てる。


「ただし、これ以上動けば、今度こそ倒れる」


「もう倒れましたけどね」


 一夜が言うと、リディアが薄く目を開けた。


「倒れていない」


「俺に抱えられて戻ってきた人が言っても説得力がありません」


「足を滑らせただけだ」


「安全地帯の中で?」


「地面が悪い」


「俺は転んでません」


「あなたは動いていなかったからだ」


「立って群れ長を引きつけてたんですけど」


「安全な場所でな」


「安全な場所を用意したのは俺です」


 リディアが何か言い返そうとする。


 マルタが肩の傷を強く押さえた。


「痛っ」


「患者は黙っていろ」


「患者ではない」


「では、死人になるか?」


 リディアは口を閉じた。


「マルタさんの方が話が早いですね」


「あなたも黙れ」


「俺もですか?」


「手元が狂う」


 一夜も口を閉じた。


 安全地帯の外では、自警団が少しずつ後退している。


 宵喰い狼たちを刺激しないよう、槍先を向けたまま距離を取っていた。


 やがて、群れの中の1匹が森の方角へ歩き始める。


 別の個体も続く。


 2匹。


 3匹。


 紫色の光が、暗い路地の奥へ消えていく。


「帰っていく……」


 一夜は警告音へ手をかけたまま、魔物たちを見送った。


 誰も音を鳴らさない。


 鍋をたたいていた村人たちも、息を潜めている。


 残っていた最後の1匹が、地面に倒れた群れ長へ近づいた。


 鼻先を寄せる。


 反応がないことを確かめると、低く鳴いた。


 そして、ほかの個体を追うように森へ消えていった。


 村から、紫色の目がなくなる。


 それでも歓声は上がらなかった。


 誰もが空を見ていた。


 黒い雲。


 暗い東の空。


 朝は来ていない。


     


「イチヤ」


 集会所の入口から、ニナが顔を出した。


 母親が後ろから止めようとしている。


 だが、ニナはその手を抜け、安全地帯へ走ってきた。


「外へ出たら危ないですよ」


「オオカミ、イナイ?」


「今は、いません」


「リディア?」


 一夜は横たわるリディアを見た。


「けがはしています。でも、大丈夫です」


「ダイジョウブ?」


「今回は、たぶん」


「たぶんをつけるな」


 リディアが目を閉じたまま言う。


「起きてたんですか」


「眠ってはいない」


「寝てください」


「状況を確認してからだ」


「魔物は森へ戻りました」


「すべてか」


「見える範囲では」


「北と東は?」


「今、確認に行ってもらってます」


「ならば、その報告を――」


「俺が聞きます」


「しかし」


「リディアさんは寝ます」


「命令か?」


「相棒からのお願いです」


「断ったら」


「マルタさんに頼みます」


 マルタが薬草の束を持ち上げる。


「眠り薬ならあるぞ」


「強引すぎるだろう」


「自分で眠るか、飲まされて眠るか選べ」


「選択肢になっていない」


 ニナが2人の会話を聞きながら笑った。


「リディア、ネル」


「ニナまで」


「ネル!」


「……分かった」


 リディアは諦めたように息を吐いた。


「1時間だけだ」


「3時間です」


「長すぎる」


「では、2時間」


「1時間」


「1時間30分」


「細かいな」


「調整役なので」


 リディアは一夜をにらんだ。


「1時間30分だ。それ以上は起こせ」


「分かりました」


「今度は守れ」


「善処します」


「それは守らない者の言葉だ」


「よく覚えてますね」


「あなたから学んだ」


 リディアは目を閉じた。


 今度は言葉通り、体の力を抜いていく。


 以前なら、横になっても剣から手を離さなかった。


 今は剣を一夜の隣へ置いていた。


「少しは信用されたんですかね」


「あなたではなく、この場所をだろう」


 マルタが答える。


「そこは俺と言ってくださいよ」


「調子に乗るから嫌だ」


 数分もしないうちに、リディアの呼吸がゆっくりと整った。


 本当に眠ったらしい。


 ニナが声を小さくする。


「アサ?」


 一夜は空を見た。


「まだですね」


「アサ、クル?」


 答えに詰まった。


 今までなら、朝は必ず来るものだった。


 誰かが何もしなくても、時間が進めば空は明るくなる。


 だが、この世界では何かが朝を止めている。


 説明書にも、その異常が表示されていた。


 一夜はニナの目線まで腰を下ろす。


「来るのを待つだけでは、駄目みたいです」


 ニナには難しい言葉だったらしい。


 首を傾げている。


 一夜は言い直した。


「朝を、迎えに行ってきます」


「ムカエ?」


「はい」


 ニナは少し考えた後、一夜の服をつかんだ。


「イチヤ、カエル?」


「帰ってきます」


「リディアモ?」


「一緒に帰ってきます」


 眠っているリディアが、わずかに眉を動かした。


 聞こえているのかもしれない。


「ヤクソク?」


「約束です」


 ニナは小指を差し出した。


 一夜も自分の小指を絡める。


「必ず、朝と一緒に戻ります」


     


 村の各所を確認していた男たちが、次々と安全地帯へ戻ってきた。


「北側に魔物はいない!」


「東の道にも見当たらない!」


「負傷者は?」


「北に3人、東に2人だ。全員、命に関わる傷ではない!」


「集会所へ運んでください。マルタさんの弟子に見てもらいます」


「分かった!」


「歩ける人は、まず水を飲んで休んでください!」


「柵を直さなくていいのか?」


「今すぐ全部は直せません。見張りだけ置いて、交代してください」


「また戻ってくるかもしれないぞ」


「だからこそ、動ける人を残します」


 男はまだ不安そうだったが、うなずいて集会所へ入った。


 次にエドガーが安全地帯へ戻ってくる。


「村の中に残っている宵喰い狼はいないようだ」


「負傷者の数は?」


「重傷が2人。軽傷を含めれば、20人近い」


「亡くなった人は」


 エドガーは少しだけ目を伏せた。


「2人だ」


 一夜は息を止めた。


 全員で朝を迎える。


 そう決めた。


 だが、すでに届かなかった人がいる。


「……そうですか」


「あなたのせいではない」


「分かっています」


 分かっていても、胸の奥が重い。


 もっと早く村へ来ていれば。


 安全地帯がもっと広ければ。


 自分が戦えれば。


 考えても変わらないことばかりが浮かぶ。


「それでも」


 一夜は暗い空を見た。


「これ以上は、増やしたくありません」


「ああ」


 エドガーも東の空へ目を向ける。


「朝が来ない原因は、本当に森にあるのか?」


「説明書には、そう出ています」


 一夜は白紙に浮かんだ文字を確認する。


【干渉源:灰緑の森・北東部】


 その下に、新しい表示が増えていた。


【推定距離:約4キロ】


【干渉強度:上昇中】


【朝到達判定:保留】


「4キロ……」


 徒歩なら、普通の道で1時間ほど。


 だが、夜の森。


 宵喰い狼がいる。


 道があるかも分からない。


「私が案内する」


 横から声が聞こえた。


 一夜が振り返る。


 リディアが目を開けていた。


「まだ10分くらいしか経ってません」


「話し声が大きい」


「寝たふりでした?」


「眠っていた」


「では、もう1度寝てください」


「北東には古い狩人道がある」


 リディアはゆっくりと上半身を起こした。


「ハルト村から森の奥へ続く道だ。今はほとんど使われていないが、4キロならその先にある可能性が高い」


「何があるんです?」


「崩れた監視塔だ」


「監視塔?」


「魔物の動きを見るため、昔の騎士団が使っていた。周囲の木より高い場所に建てられている」


「朝を止めるのに、都合がよさそうですね」


「私も同じことを考えた」


 一夜はリディアの肩を押し、もう1度横にさせる。


「話は分かりました。寝てください」


「今すぐ向かうべきだ」


「その体で?」


「干渉強度が上がっているのだろう」


「はい」


「待つほど、宵喰い狼は強くなる」


「分かっています」


「ならば――」


「だから、1時間30分だけ寝てください」


 一夜はリディアの剣を手の届かない場所へ動かした。


「夜が続くなら、時間の区切りは俺たちで作るしかありません」


「時間の区切り?」


「戦う時間。休む時間。出発する時間です」


 一夜はスマートフォンのタイマーを開いた。


「今から1時間30分。村の人にも休んでもらいます。その間に荷物と道を確認する」


「干渉源が強くなれば」


「疲れ切った状態で森へ入っても、途中で倒れます」


「私は歩ける」


「歩けるかどうかではありません」


 一夜はリディアをまっすぐ見る。


「戻ってこられるかどうかです」


 リディアは何も言わなかった。


「俺たちは、朝を迎えに行きます」


 一夜は続ける。


「でも、村へ朝を連れて帰るまでが役目です」


「……そうだな」


「ようやく納得しました?」


「ああ」


 リディアは目を閉じる。


「1時間30分後に起こせ」


「約束します」


「本当にか」


「今回は起こします」


「今回は、という言い方が不安だ」


「寝ないと、眠り薬を使いますよ」


「マルタの影響を受けすぎだ」


 それだけ言うと、リディアは再び眠りへ落ちた。


     


 一夜はバックパックの中身を広げた。


 水。


 簡易食。


 救急用品。


 予備の電池。


 ランタン。


 懐中電灯。


 ロープ。


 鍛造ペグ。


 テントを畳めば、村の安全地帯は消える。


 残った宵喰い狼が戻ってきた時、村人たちは自分たちで守らなければならない。


「村長」


「何だ」


「俺たちが出た後、障害物をそのまま残してください」


「天幕を持っていくのか」


「はい。森の中でも安全な場所が必要です」


「村はどうなる」


「自警団を3組に分けたまま、見張りと休憩を続けてください。宵喰い狼は群れ長を失っています。無理に森へ入らなければ、すぐには戻らないと思います」


「確実ではないな」


「確実ではありません」


 一夜はごまかさなかった。


「でも、朝が来なければ、いずれ別の群れが来ます」


「干渉源を止めなければ、村は守れないということか」


「はい」


 エドガーは長く息を吐いた。


 そして、眠っているリディアを見る。


「2人で行くのか?」


「戦える人と、安全地帯を作れる人です」


「戦えない者が森へ行くのか」


「それ、リディアさんにも何度も言われました」


「不安ではないのか?」


「怖いですよ」


 一夜は正直に答えた。


「今すぐ帰りたいくらいです」


「それでも行くのか」


「俺が行かないと、テントも行けませんから」


 一夜は説明書を閉じる。


「朝を待っている人が、ここにいます」


 集会所の中。


 負傷した村人。


 ニナ。


 眠っているリディア。


 守れなかった2人。


「だから、取り戻してきます」


 スマートフォンの画面に、タイマーが表示されている。


 残り1時間26分。


 夜は終わらない。


 それでも、一夜たちの時間は動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。