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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第24話 俺は倒せない。だから、倒せる人へ渡す

 群れ長が地面を蹴った。


 巨大な黒い体が、正面から一夜へ向かってくる。


 速い。


 これまで見た宵喰い狼とは比べものにならない。


「一夜!」


 リディアの声が、安全地帯の横から響く。


 一夜は動かなかった。


 動けなかったのではない。


 逃げれば、群れ長の視線がリディアや村人へ移る。


 ここに立ち続ける必要がある。


「来い……!」


 一夜は懐中電灯を群れ長の右目へ向けた。


 最大の光。


 続けて、警告音。


 鋭い音が、群れ長の正面から突き刺さる。


 普通の宵喰い狼なら、顔を背ける。


 だが、群れ長は止まらなかった。


 一瞬だけ右目を細め、そのまま前足を振り上げる。


「嘘だろ!」


 爪が見えない壁へ叩きつけられた。


 どんっ!


 空気が爆発したような音が響く。


 透明な波紋が、安全地帯全体へ広がった。


 一夜の体が後ろへ押される。


 テントの布が激しく揺れた。


 ペグへつながるロープが、ぴんと張る。


「持ってくれ!」


 説明書を確認する余裕はない。


 群れ長は壁へ止められている。


 爪も牙も一夜へ届かない。


 だが、衝撃までは消えない。


 巨大な前足が、もう1度振り下ろされる。


 どんっ!


 地面が震える。


 安全地帯の中にいた負傷者たちが悲鳴を上げた。


 集会所の中でも、子供たちが泣き出す。


「一夜、下がれ!」


「下がったら、リディアさんが届かないでしょう!」


 リディアは群れ長の背後へ回ろうとしている。


 だが、周囲の宵喰い狼たちが彼女の進路を塞いだ。


 群れ長だけを呼び出したつもりだった。


 仲間まで攻撃を止めるわけではない。


「邪魔だ!」


 リディアが剣を振る。


 1匹の宵喰い狼が飛び退く。


 その隙へ、別の個体が襲いかかった。


 リディアは牙を剣の腹で受け止めた。


 脇腹の傷が痛むのか、顔がゆがむ。


「まずい」


 このままでは、群れ長へ届く前にリディアが囲まれる。


 一夜は安全地帯の外を見回した。


 自警団は正面の通路を守っている。


 村人たちは荷車を押さえている。


 誰も、リディアの元へ行ける状態ではない。


「俺が群れ長を止めても、倒す人が来られない」


 戦場では、強い相手を引きつけるだけでは意味がない。


 倒せる場所へ、倒せる人を通さなければならない。


「道を作らないと」


 一夜は地面へ置いていたランタンを持ち上げた。


 白い光をリディアの周囲へ向ける。


 宵喰い狼たちが、光へ反応して顔を動かす。


 それだけでは足りない。


「エドガーさん!」


 村長が安全地帯へ入る。


「何だ!」


「リディアさんの周りにいる狼を、正面へ引きつけてください!」


「どうやって!」


「槍を地面へ打ちつけて、音を出してください!」


「音なら、鍋がある!」


「今は群れ長の指示を消すためじゃありません。あの狼たちの注意を引くだけです!」


 一夜はリディアを囲む3匹を指した。


「正面へ向かせれば、リディアさんが群れ長へ届きます!」


 エドガーはすぐに安全地帯を出た。


 正面の自警団へ腕を大きく振る。


 男たちが槍の柄を荷車や地面へ叩きつけ始めた。


 がんっ。


 がんっ。


 がんっ。


 金属と木がぶつかる大きな音。


 リディアの周囲にいた宵喰い狼たちが、正面へ顔を向ける。


 一夜も警告音を短く鳴らした。


 群れ長ではなく、その後ろにいる個体へ光を振る。


「こっちです!」


 1匹がリディアから離れた。


 正面の槍へ向かう。


 もう1匹も、音へ引かれて進路を変えた。


 残った1匹へ、リディアが踏み込む。


 剣が前足を切り裂いた。


 魔物が倒れる。


 道が開いた。


「今です!」


 一夜が叫ぶ。


 リディアは地面を蹴った。


 群れ長の背後へ向かって走る。


 群れ長も気づいた。


 一夜へ向けていた頭を、わずかに横へ動かす。


「見ないでください」


 一夜は再び警告音を鳴らした。


 群れ長の右目へ、懐中電灯の光を当てる。


 魔物の注意が、一夜へ戻った。


 爪が透明な壁へ叩きつけられる。


 どんっ!


 説明書がひとりでに開いた。


【保護領域へ強い衝撃を確認】


【保護領域出力:92パーセント】


「数字が出るようになったのかよ!」


 今まで、出力を具体的に表示したことはなかった。


 それだけ危険な攻撃なのだろう。


 群れ長が再び前足を振り上げる。


「リディアさん、急いでください!」


 どんっ!


【保護領域出力:84パーセント】


 見えない壁が大きく揺れる。


 追加したペグは抜けていない。


 ロープも耐えている。


 それでも、攻撃を受けるたびに保護領域そのものが弱っていた。


「回復しないのか」


 説明書には何も書かれていない。


 時間が経てば戻るのか。


 設営し直さなければ回復しないのか。


 分からない。


「あと何回、耐えられる?」


 群れ長が牙をむく。


 今度は爪ではない。


 大きく口を開き、見えない壁へ噛みついた。


 透明な境界へ、紫色の光が広がる。


 ぎりぎりと、何かを削るような音がした。


【保護領域出力:79パーセント】


「噛んでも減るのかよ!」


 群れ長は、壁を越えようとしているのではない。


 力が尽きるまで削るつもりだ。


 一夜の背後には、負傷者。


 集会所には村人たち。


 ここが破られれば、終わる。


「まだですか……!」


 リディアは群れ長の背後まで、あと数メートル。


 だが、群れ長の周囲へ新たな宵喰い狼が集まってくる。


 1匹が横からリディアへ飛びかかった。


 彼女は剣で受け流す。


 もう1匹が反対側から迫る。


「囲まれる!」


 一夜は懐中電灯を振った。


 警告音を鳴らす。


 だが、群れ長を刺激しながら周囲の個体まで引きつければ、安全地帯へ攻撃が集中する。


「何か、ほかに」


 一夜の足元には、使い終わった金属の器があった。


 木べら。


 ロープ。


 空の水筒。


「リディアさんへ道を渡せればいい」


 一夜はロープを手に取った。


 片方を安全地帯の内側にある追加ペグへ結ぶ。


 もう片方へ、空の金属器をいくつも通した。


 簡単な音の出るロープ。


 それを境界の内側から、リディアの進む方向とは反対へ伸ばす。


「何をしている!」


 マルタが尋ねる。


「音を移します!」


 一夜はロープを強く振った。


 金属器同士が激しくぶつかる。


 がらがらがらっ!


 警告音とは別の方向から、騒音が響いた。


 リディアの周囲にいた宵喰い狼が、音の方へ顔を向ける。


「もう1度!」


 一夜はロープを引く。


 音を鳴らしながら、少しずつ正面側へ移す。


 魔物たちの視線も、音を追って動く。


 リディアから離れていく。


「音を投げなくても、引っ張れば動かせる」


 安全地帯から出る必要はない。


 自分が戦う必要もない。


 敵の注意だけを、別の場所へ渡す。


 リディアの前から、宵喰い狼が消えた。


「行けます!」


 リディアが走る。


 群れ長の真後ろへたどり着く。


 剣を振り上げた。


 その瞬間、群れ長が一夜への攻撃を止めた。


 振り返る。


「気づいた!」


 巨大な前足が、リディアへ向かって横薙ぎに振られる。


 リディアは剣で受けた。


 激しい金属音。


 彼女の体が横へ飛ばされる。


「リディアさん!」


 地面へ転がる。


 すぐには立ち上がらない。


 群れ長が彼女へ向かう。


「こっちです!」


 一夜は警告音を鳴らした。


 光を右目へ当てる。


 群れ長は一夜を見た。


 だが、もう飛びかかってこない。


 安全地帯を削るより先に、倒せる相手を倒すべきだと判断したらしい。


「来いよ!」


 一夜は境界ぎりぎりまで前へ出た。


「お前が狙ってるのは俺だろ!」


 群れ長は動きを止めた。


 リディアと一夜を交互に見る。


 どちらを先に狙うべきか。


 考えている。


「俺なら、ここにいます」


 一夜は懐中電灯を足元へ置いた。


 両手を広げる。


 何も持っていないように見せる。


「ほら」


「何をしている!」


 マルタが一夜の服をつかむ。


「群れ長を戻します」


「壁が弱っているのだろう!」


「だから、早く倒してもらいます」


「リディアは倒れている!」


「起きます」


 一夜は言い切った。


 根拠はない。


 それでも、信じるしかなかった。


「リディアさんは、起きます」


 群れ長が低くうなる。


 一夜へ向かって、ゆっくり歩き始めた。


 安全地帯まで、5メートル。


 4メートル。


 3メートル。


 一夜は動かない。


 群れ長が身を沈める。


 飛びかかる直前の姿勢。


「リディアさん」


 一夜は群れ長の向こうを見た。


 銀色の影が、ゆっくり立ち上がる。


 リディアは剣を地面へつき、呼吸を整えていた。


 顔から血が流れている。


 左肩も下がっている。


 それでも、青い瞳は群れ長を見ていた。


「あと少しです」


 群れ長が地面を蹴った。


 一夜へ向かって跳ぶ。


 リディアも同時に走り出した。


 黒い巨体が、見えない壁へ激突する。


 どんっ!


【保護領域出力:66パーセント】


 群れ長の体が、安全地帯の前で止まる。


 背中は、完全にリディアへ向いている。


「今です!」


 リディアが剣を振り上げる。


 だが、群れ長の尾が横へ動いた。


 太い尾が、むちのようにリディアの足元を払う。


 彼女の体勢が崩れる。


「まだ駄目か!」


 群れ長が振り返ろうとする。


 一夜は境界から手を出しかけた。


 リディアとの約束。


 手も出さない。


 一夜は拳を握り、腕を止めた。


「俺が倒すんじゃない」


 自分には、群れ長を傷つける力がない。


 無理に手を伸ばしても、腕を食いちぎられるだけだ。


「倒せる人へ渡す」


 一夜は足元のロープを強く引いた。


 金属器が群れ長の右側で激しく鳴る。


 群れ長が反射的に顔を向けた。


 ほんの一瞬。


 リディアは崩れた体勢のまま、地面へ片手をついた。


 体を回転させる。


 低い位置から剣を振り抜いた。


 刃が、群れ長の後ろ脚を深く切り裂く。


 巨大な体が傾いた。


「グオオオオッ!」


 群れ長が初めて、苦痛の声を上げる。


 リディアは立ち上がった。


 もう1度踏み込む。


 群れ長が前足を振る。


 リディアはかわさない。


 剣の腹で受け、体ごと押し込む。


 群れ長の爪が彼女の肩を裂いた。


 血が飛ぶ。


「リディアさん!」


「止まるな!」


 安全地帯の外にいる。


 本来なら言葉は通じない。


 それでも、その声だけは意味が分かった。


 リディアは剣を両手で握る。


 群れ長の無事な右目へ刃を向ける。


 群れ長が頭を振り、牙で剣を噛もうとする。


 一夜は懐中電灯を拾った。


 光を右目へ向ける。


「こっちを見ろ!」


 白い光が視界を奪う。


 群れ長の顔が、一夜へ向く。


 リディアの剣先が、開いた首元へ突き刺さった。


 深く。


 根元まで。


 紫色の光が、大きく脈打った。


 群れ長の体が暴れる。


 リディアは剣から手を離さない。


「終われ!」


 さらに刃を押し込む。


 群れ長の爪が地面を削る。


 見えない壁へ頭をぶつける。


 一夜の目の前で、巨大な牙が何度も開閉した。


 やがて。


 黒い体を走っていた紫色の光が、弱くなる。


 1本。


 また1本。


 すべての光が消えた。


 群れ長の巨体が、地面へ崩れ落ちる。


 リディアは剣を握ったまま、その場へ膝をついた。


 一夜はすぐに境界へ駆け寄る。


「リディアさん!」


 群れ長は動かない。


 周囲の宵喰い狼たちも、攻撃を止めていた。


 群れ長の死体を見る。


 互いの顔を見る。


 指示を失い、混乱している。


「戻ってきてください!」


 一夜は手を伸ばした。


 今度は境界の内側から。


 リディアが顔を上げる。


 疲れ切った表情で、一夜の手を見る。


 自分の力で立ち上がろうとする。


 膝が崩れた。


「無理しないで!」


 一夜は約束を破らず、境界から出ない。


 ただ手を伸ばし続ける。


「あと1歩です!」


 リディアは剣を杖代わりに立ち上がった。


 1歩。


 群れ長の死体を越える。


 もう1歩。


 安全地帯の境界へ手を伸ばす。


 一夜の指と、リディアの指が触れた。


 強くつかむ。


「帰ってきてください」


「ああ」


 今度は、はっきり聞こえた。


 一夜はリディアを安全地帯の中へ引き入れた。


 彼女の体が、一夜へ倒れ込む。


「重い……」


「鎧だ」


「本人も少しはあります」


「余計なことを言うな」


 声は弱い。


 それでも、返事はある。


 一夜はリディアを保温シートへ横たえた。


「マルタさん!」


「分かっている!」


 マルタが治療道具を持ってくる。


 安全地帯の外では、群れ長を失った宵喰い狼たちが後退し始めていた。


 完全に逃げたわけではない。


 だが、同時に襲いかかってくる様子はない。


 攻撃の勢いは、明らかに止まっている。


「倒した……」


 一夜は地面に倒れた群れ長を見る。


 自分は剣を振っていない。


 傷1つ与えていない。


 それでも、ここへ引きつけた。


 道を作った。


 注意をそらした。


 最後の1撃を、倒せる人へ渡した。


 リディアが薄く目を開ける。


「一夜」


「何です?」


「今度こそ、少し休む」


 一夜は思わず笑った。


「ぜひ、そうしてください」


「だが、朝が来るまでだ」


「それで十分です」


 一夜は空を見上げた。


 まだ暗い。


 群れ長を倒しても、夜明けは戻っていない。


 それでも、村を押し潰そうとしていた大きな脅威は止まった。


 あとは、残った宵喰い狼を追い払い、朝を待つ。


 来るはずの朝を。


 その時。


 説明書から、紙の擦れる音がした。


【特殊個体の活動停止を確認】


【夜明け遅延――継続中】


【原因となる外部干渉を検出】


 一夜の笑みが消える。


「まだ、終わってない」


 群れ長は、朝を奪っていた存在ではなかった。


 朝が来ない夜を利用していただけ。


 説明書の白紙に、さらに新しい1行が浮かび上がる。


【干渉源:灰緑の森・北東部】


 群れ長を倒しても、夜は明けない。


 朝を止めている何かが、森のさらに奥にいる。


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