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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第23話 朝が来ないなら、こちらから終わらせる

 宵喰い狼の群れが、村のあらゆる方向から動き始めた。


 正面の細い通路へ、黒い影が押し寄せる。


 集会所の裏側では、塞いだ窓へ何匹もの体がぶつかった。


 北と東からも、村人たちの叫び声が響いてくる。


「正面、来ます!」


 一夜は懐中電灯の警告音を鳴らした。


 同時に、村中で鍋や農具を打ち鳴らす音が始まる。


 金属音が重なり、群れ長の遠吠えをかき消そうとする。


 だが、先ほどまでとは違った。


 宵喰い狼たちは動きを止めない。


 足並みが多少乱れても、勢いのまま村の中央へ向かってくる。


「音が効いていない!」


「聞こえてはいる」


 リディアが安全地帯の境界で剣を構える。


「だが、奴らはすでに命令を受けている。ここを破るまで止まらないつもりだ」


 正面の通路へ3匹の宵喰い狼が飛び込んだ。


 先頭の個体へ槍が突き出される。


 肩と胸へ穂先が刺さる。


 それでも魔物は止まらなかった。


 自分の体へ槍が食い込むことも構わず、前へ進み続ける。


「押し返せ!」


 安全地帯の外へ出たリディアの言葉は、一夜には意味の分からない音へ変わる。


 それでも、自警団の男たちは槍の柄を地面へ固定し、全身で魔物を押し返した。


 後ろから来た宵喰い狼が、先頭の個体へぶつかる。


 さらに後ろから、別の個体が押す。


 荷車がきしんだ。


「障害物が持ちません!」


 一夜は村長へ手招きした。


 エドガーが安全地帯へ飛び込んでくる。


「正面の荷車を、後ろから押さえる人が必要です!」


「戦える者は槍を持っている!」


「戦えない人でもできます!」


「集会所の者を外へ出すのか?」


「安全地帯の内側から押さえてください!」


 荷車の一部は、保護領域の境界へ重なっている。


 人間なら見えない壁を通れる。


 宵喰い狼は入れない。


「壁の中からなら、魔物に襲われません!」


「分かった!」


 エドガーは集会所へ向かって声を上げた。


 すぐに、武器を持っていない村人たちが出てくる。


 老人。


 女性。


 腕を負傷した男。


 全員が荷車の後ろへ並び、押し返し始めた。


「押してください!」


 言葉は通じない。


 それでも、何をすべきかは伝わった。


 荷車の傾きが止まる。


 自警団が槍を突き出し、先頭の宵喰い狼を押し戻した。


「戦えなくても、ここなら力を貸せる」


 一夜は安全地帯の中へ視線を巡らせる。


 負傷した者。


 年老いた者。


 子供を抱えた者。


 誰もが守られるだけではなかった。


 荷車を支える。


 傷ついた人へ水を渡す。


 鍋をたたき、群れ長の声を邪魔する。


 全員が、自分にできることを探していた。


「一夜!」


 リディアの声が聞こえた。


 彼女が境界へ戻ったことで、言葉がつながる。


「裏側の戸板が破られる!」


「何人います?」


「自警団が4人。だが、窓が2か所ある!」


「正面からは動かせません!」


「私が行く」


「傷は?」


「今は聞くな」


「聞きますよ!」


「答えている時間がない!」


 リディアは安全地帯を通り抜け、集会所の裏へ向かう。


 一夜は止められなかった。


 正面だけを見ているわけにもいかない。


 裏側から、木材が砕ける音が響く。


 集会所の中で悲鳴が上がった。


「マルタさん!」


「分かっている!」


 マルタは治療道具を持ち、建物の中へ入っていった。


 負傷者が出た時に備えるためだ。


 一夜は説明書を開く。


【保護領域出力:正常】


【領域内人数:14人】


【回復機能:ほぼ停止】


【保護機能:正常】


「守るだけで精いっぱいか」


 今の安全地帯に、傷を治す余力はない。


 それでも、敵意を防ぐ力だけは落ちていない。


 正面の宵喰い狼が、見えない壁へ激突する。


 透明な波紋が大きく広がった。


 さらに1匹。


 続けて、もう1匹。


 テントを支えるロープが激しく揺れる。


「ペグは……」


 一夜は地面を見る。


 追加したペグは抜けていない。


 崩された地面も、今のところ広がっていない。


 群れ長は、地面を狙う作戦をやめている。


 数で押し切るつもりなのだ。


「どこにいる」


 一夜は集会所の屋根を見る。


 群れ長の姿はない。


 倒れた鐘楼。


 建物の陰。


 正面の群れの奥。


 どこにも見当たらなかった。


「自分だけ安全な場所から指示を出してるのか」


 群れ長を止めなければ、攻撃は終わらない。


 だが、姿が見えない相手を倒すことはできない。


「一夜殿!」


 東側を見ていた村人が安全地帯へ飛び込んでくる。


「東の道が破られた! 狼が6匹、中央へ向かっている!」


「守っていた人たちは?」


「2人が負傷した! こちらへ運んでいる!」


「裏側を通って集会所へ!」


「正面へは?」


「これ以上、人を増やしても戦えません!」


 一夜は地面へ描いた村の図を見る。


 正面。


 裏側。


 東。


 北。


 すべてから攻められている。


 こちらは、中央へ集まって守るしかない。


 群れ長は、そのことを分かっている。


「人が集まる場所へ、全部ぶつけてる」


 村人を分散させる作戦を失敗させられた。


 音を使った指示も邪魔された。


 地面を崩してテントを倒すことにも失敗した。


 だから、最後は数で押し切る。


 朝が来ないなら、宵喰い狼には時間がいくらでもある。


 人間だけが疲れていく。


「このまま守っても、先にこっちが倒れる」


 槍を持つ男たちの腕は震えている。


 鍋をたたく音も弱くなっていた。


 薬草の湯も、残り少ない。


 次の交代要員はいない。


「守るだけじゃ駄目だ」


 一夜は懐中電灯を握った。


 群れ長を見つける。


 指示を止める。


 それしかない。


 だが、自分から捜しに行くことはできない。


「だったら、向こうから来てもらう」


 一夜は警告音のボタンへ指を置いた。


 群れ長は、この音を嫌っている。


 群れへの指示を邪魔する、一夜を狙っていた。


 鐘楼を壊した後も、何度も一夜を見ていた。


「俺が邪魔なら、出てくるはずだ」


 一夜はランタンを手に取った。


 懐中電灯も最大の明るさへする。


 白い光を、自分へ集めた。


「何をするつもりだ」


 安全地帯へ戻ってきたリディアが、一夜を見る。


 外套は裂け、頬にも血がついていた。


「群れ長を呼びます」


「どうやって」


「今まで、俺が1番邪魔をしてきました」


「自覚があるのか」


「言い方が悪いですね」


「危険な意味で言っている」


「分かってます」


 一夜は懐中電灯を掲げた。


「群れ長は、この音を止めたい。安全地帯も壊したい。俺も狙ってる」


「だから、自分を目立たせるのか」


「ここにいると教えます」


「却下だ」


「早いですね」


「あなたを狙わせる理由がない」


「群れ長が隠れたままだと、朝まで持ちません」


「私が捜す」


「村を離れたら、また囮にされます」


 リディアは言葉を失った。


 先ほど、家畜小屋へ向かった時と同じだ。


 群れ長は、戦える者を村の中央から引き離そうとする。


「群れ長を、ここへ呼びます」


 一夜は見えない壁の外を見る。


「ここなら、俺には触れられない」


「壁を越えられない保証は」


「今まで、1度も越えられていません」


「群れ長は地面を崩した」


「だから、ペグも補強しました」


「それでも危険だ」


「安全な方法だけで勝てるなら、もう朝になってます」


 一夜は自分の言葉に、少しだけ驚いた。


 怖くないわけではない。


 むしろ、今すぐテントの中へ隠れたい。


 それでも、誰かを外へ送り出し続けるだけでは終わらない。


「リディアさん」


「何だ」


「群れ長が来たら、倒せますか?」


「来ればな」


「傷があっても?」


「それを聞くな」


「答えてください」


 リディアは一夜をにらんだ。


 やがて、剣を強く握る。


「倒す」


「分かりました」


「ただし、あなたは境界から出るな」


「出ません」


「手も出すな」


「それは努力します」


「約束しろ」


「分かりました。出しません」


「本当に?」


「たぶん」


「一夜」


「約束します」


 リディアはまだ納得していない顔だった。


 それでも、剣を構え、安全地帯の脇へ身を隠した。


 一夜は大きく息を吸う。


 警告音を鳴らした。


 鋭い音が、村全体へ響き渡る。


 1度。


 止める。


 もう1度。


 止める。


 群れへの指示を邪魔するためではない。


 群れ長へ、自分の居場所を知らせるための音。


「ここです」


 一夜は暗闇へ向かって声を張った。


「お前が止めたい音は、ここから出てる!」


 言葉は通じない。


 それでも、光と音は届く。


「安全地帯も、俺が使ってる!」


 警告音を鳴らす。


 正面の宵喰い狼たちが、いったん動きを止めた。


 建物の陰。


 屋根の上。


 暗い路地。


 一夜は懐中電灯の光を向け続ける。


「出てこい!」


 村中の金属音が止まった。


 群れ長の遠吠えもない。


 不自然な静けさが訪れる。


 やがて、正面に集まっていた宵喰い狼たちが左右へ分かれ始めた。


 黒い群れの間に、道ができる。


 その奥から、大きな影が歩いてきた。


 白く濁った左目。


 太く脈打つ紫色の光。


 ほかの個体を従える、巨大な宵喰い狼。


「来た……」


 群れ長は、周囲の狼を押しのけながら安全地帯へ近づいてくる。


 その右目は、リディアを見ていなかった。


 村人も。


 集会所も。


 緑色のテントさえ見ていない。


 光と音を掲げて立つ、一夜だけを見ていた。


 群れ長が低くうなる。


 安全地帯まで、あと10メートル。


 一夜は懐中電灯を下ろさなかった。


「朝が来ないなら」


 足が震える。


 声も少し震えた。


「お前を止めて、こっちから夜を終わらせる」


 群れ長が地面を蹴った。


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