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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第18話 俺の仕事は、戦う人をつなぐこと

 集会所の裏側で、戸板が砕ける音がした。


 同時に、正面の細い通路へ宵喰い狼の群れが押し寄せる。


「両方は無理だろ……!」


 一夜は正面と集会所を交互に見る。


 リディアは家畜小屋へ向かったまま、まだ戻っていない。


 村の中央に残っている自警団だけで、2か所を守らなければならない。


「エドガーさん!」


 村長が安全地帯へ飛び込んできた。


「裏には何人います?」


「自警団が2人だ! 避難している者たちが、家具で窓を押さえている!」


「正面は?」


「槍が6人、弓が4人だ!」


 一夜は細い通路を見る。


 障害物のおかげで、宵喰い狼は同時に2匹ほどしか入ってこられない。


 6人全員で槍を構えなくても、交代しながら守れるはずだ。


「正面から2人、裏へ回してください!」


「正面が破られる!」


「通路が狭いから、全員が同時には戦えません!」


 一夜は槍を構える男たちを指した。


「前の2人が戦って、後ろの2人が交代要員。残りの2人を裏へ!」


「しかし――」


 再び、集会所の裏側へ衝撃が走る。


 どんっ。


 石壁が揺れ、屋根から細かなほこりが落ちた。


「迷ってる時間はありません!」


「……分かった!」


 エドガーが安全地帯を出る。


 外では言葉が通じなくなるが、村長は正面の男たちへ身振りを交えて指示を出した。


 槍を持った2人が持ち場を離れ、集会所の裏へ走る。


 その直後、正面へ宵喰い狼が飛び込んできた。


「来ます!」


 一夜は警告音を鳴らした。


 鋭い音に魔物がひるむ。


 先頭の男が槍を突き出し、宵喰い狼の肩を貫いた。


 隣の男も続く。


 魔物は通路を抜けられず、後ろから来た個体とぶつかった。


「いける」


 人数を減らしても、正面は守れている。


 だが、裏側の状況が分からない。


 一夜は安全地帯から離れられない。


 村人の言葉も、外では理解できない。


「連絡する人が必要だ」


 会社で何か問題が起きた時も、状況が分からないままでは何も決められなかった。


 誰が、どこで、何に困っているのか。


 それを集めて、必要な相手へ伝える。


 自分が直接解決できなくても、できる人間をつなぐ。


「俺がいつもやってた仕事じゃないか」


 一夜は集会所の入口にいた少年へ手招きした。


「少し手伝ってください!」


 少年が安全地帯へ入る。


「何をすればいい?」


「裏側へ行って、何匹いるか、けが人がいるか確認してください。それから、ここへ戻って俺に伝えてください」


「俺が?」


「戦わなくていいです。見て、戻ってくるだけです」


「でも、俺も槍を――」


「今必要なのは、槍を持つ人だけじゃありません」


 一夜は少年の肩へ手を置いた。


「情報がないと、助けを送れないんです」


 少年は不安そうに集会所の裏へ目を向けた。


 戦うことを頼まれた方が、分かりやすかったのかもしれない。


「必ず戻ってきてください」


「……分かった」


「危険なら、すぐ逃げてください」


「俺は子供じゃない」


「だから頼んでいます」


 少年はうなずき、安全地帯を飛び出した。


「あと1人」


 一夜は周囲を見回す。


 北側や東側の状況も知りたい。


 だが、まだ若い者を危険な場所へ送り出すことに抵抗があった。


「私が行こう」


 足を負傷していた男性が、集会所の入口から声をかけてきた。


「歩けるんですか?」


「走れはしない。だが、東側の見える場所までなら行ける」


「無理は――」


「外で戦うのは無理だ。だが、様子を見るだけならできる」


 一夜は男性の足を見る。


 包帯は巻かれているが、血は止まっていた。


「危険を感じたら、すぐ戻ってください」


「ああ」


「東側に何匹いるか。自警団の人数と、負傷者も確認してください」


「分かった」


「それから、リディアさんを見かけたら――」


 一夜は言葉を止めた。


 戻ってきてほしい。


 無理をしないでほしい。


 けれど、外では一夜の言葉を伝えられない。


「無事かどうかだけ、見てきてください」


「任せろ」


 男性も安全地帯を出る。


「俺、完全に人へ仕事を振ってるな」


「得意なのだろう?」


 隣で負傷者を治療していたマルタが言った。


「好きでやってたわけじゃありません」


「得意と好きは別だ」


「それ、会社でも言われました」


「あなたの国にも、まともな者がいるのだな」


「どういう意味です?」


「そのままの意味だ」


 マルタは薬草を傷へ押し当てた。


「戦えないからといって、何もできないわけではない」


「それは分かってきました」


「ならば、今は自分にできることをしろ」


「はい」


 一夜は正面へ向き直った。


     


 宵喰い狼たちは、正面の防衛線へ何度も襲いかかってきた。


 槍で突かれれば後退する。


 傷ついた個体の代わりに、別の個体が前へ出る。


 倒すことよりも、こちらを疲れさせることが目的のようだった。


「交代してください!」


 一夜は安全地帯の中から腕を回す動きを見せた。


 言葉は通じない。


 それでも、事前に決めていた合図は伝わった。


 槍を構えていた男が後ろへ下がり、休んでいた男が前へ出る。


 下がった男は安全地帯を通り、スープを受け取った。


「腕は?」


「しびれている。何度も体当たりを受けた」


「傷はありませんか?」


「ない」


「では、飲んだら座って休んでください」


「すぐ戻る」


「次の人と交代するまで休んでください」


「だが――」


「全員が倒れたら、朝まで持ちません」


 男は不満そうだったが、スープを受け取った。


 戦っている者。


 休んでいる者。


 負傷者を運ぶ者。


 状況を知らせる者。


 一夜が直接命令できるわけではない。


 それでも、安全地帯へ入った短い時間だけは言葉がつながる。


「正面は、あと何分持ちそうです?」


「障害物が壊れなければ持つ。だが、槍の穂先が何本か欠けた」


「予備は?」


「倉庫にある」


「取りに行く人を決めます」


 別の男が安全地帯へ入ってくる。


「北側から戻った! 家畜小屋は半分壊されたが、馬と羊は外へ逃がした!」


「リディアさんは?」


「副隊長は北にいる。宵喰い狼を4匹引きつけている!」


「1人で?」


「自警団が4人ついている!」


「けがは?」


「遠くて分からない!」


「ありがとうございます。スープを飲んでください」


「今は報告だけだ!」


「報告した人も疲れます」


 一夜は半ば強引に器を渡した。


 男は戸惑いながら受け取る。


「変な男だな」


「最近、よく言われます」


 安全地帯は、戦場の中で情報が集まる場所になっていた。


 村人が入る。


 言葉が通じる。


 状況を聞く。


 必要な人数や道具を、村長へ伝える。


 村長が外で指示を出す。


「本当に、仕事してる時と同じだな」


 違うのは、失敗すれば納期が遅れるのではなく、人が死ぬことだった。


 その重さを考えると、手が震えそうになる。


 一夜は残っていたスープをひと口飲んだ。


 恐怖が消えるわけではない。


 だが、次に考えるべきことへ意識を戻せた。


     


 集会所の裏へ向かった少年が戻ってきた。


 安全地帯へ飛び込むと、膝へ手をついて荒く息をする。


「裏はどうです?」


「狼が3匹! 窓の戸板が1枚壊された!」


「中へ入ったんですか?」


「頭だけ入った。でも、皆で机を押しつけて止めてる!」


「けが人は?」


「腕を噛まれた人が1人。まだ動けるけど、血が出てる!」


 一夜は村長を呼ぶ。


「裏へ治療できる人を送ってください!」


「マルタはここに必要だ!」


「俺が行きます」


「駄目だ!」


「でも、止血だけでも――」


「一夜」


 マルタが一夜の腕をつかんだ。


「あなたはここを離れるな」


「では、誰が」


「私の弟子を行かせる」


「弟子がいるんですか?」


「集会所の中にいる。臆病だが、止血くらいはできる」


「臆病は関係ないでしょう」


「本人が気にしている」


 マルタは集会所へ向けて大声を出した。


 若い女性が、不安そうな顔で出てくる。


 安全地帯へ入った瞬間、一夜は状況を説明した。


「裏に負傷者がいます。止血できますか?」


「できます。でも、狼が……」


「建物の中から移動してください。外には出ないで」


「もし入ってきたら?」


「机や戸板で時間を稼いでください。すぐ人を送ります」


「怖いです」


「はい」


 一夜は否定しなかった。


「俺も怖いです」


「あなたも?」


「かなり」


「でも、普通に話している」


「スープのおかげです」


「料理のおかげなの?」


「少しだけです」


 一夜は女性へ包帯と消毒液を渡した。


「怖いままでいいです。けが人を助けてください」


 女性は包帯を握り締めた。


 やがて、小さくうなずく。


「行ってきます」


「必ず戻ってきてください」


 女性は集会所へ入り、裏側へ走っていった。


 少年も一緒に戻ろうとする。


「あなたは少し休んで」


「まだ報告できる」


「次は別の人へ交代します」


「俺は役に立ってるか?」


 一夜は少年を見る。


「かなり助かってます」


 少年の表情が、少しだけ明るくなった。


「なら、また行ける」


「だから、交代です」


「でも――」


「休んで、また必要になったらお願いします」


 一夜はスープを渡した。


 少年は今度は反論せず、安全地帯の端へ座った。


     


 正面。


 裏側。


 北側。


 東側。


 各所から人が戻り、情報が集まる。


 一夜は地面へ木の枝で、簡単な村の図を描いた。


 中央に集会所。


 北に家畜小屋。


 東に井戸へ続く道。


 裏側の窓。


「正面に8匹」


 一夜は小石を8個置く。


「裏に3匹。北に4匹以上」


 正確な数ではない。


 同じ個体が移動している可能性もある。


 それでも、何も分からないよりはいい。


「群れ長は、どこにいるんだ」


 魔物たちへ指示を出している個体。


 そいつがいる限り、攻撃は続く。


 だが、一夜たちには探しに行く余裕がない。


 低く、大きな遠吠えが響いた。


 一夜は顔を上げる。


 正面の宵喰い狼たちが、一斉に動きを変えた。


 今までのように突進してこない。


 一定の距離を取り、左右へ広がっていく。


 裏側からも、同じ遠吠えが返った。


「また合図だ」


 一夜は耳を澄ませた。


 群れ長が鳴く。


 ほかの個体が反応する。


 その直後に、攻撃が始まる。


「声で指示を出してる」


 リディアから、宵喰い狼の鳴き声には意味があると聞いていた。


 獲物を見つけた時。


 群れを集める時。


 縄張りを示す時。


 群れ長も、遠吠えを使って攻撃を合わせている。


「合わせられなければ」


 一夜は懐中電灯を見た。


 警告音。


 森で使った時も、宵喰い狼は驚いて動きを止めた。


 先ほどは、注意を引くために使った。


 だが、もっと別の使い方ができるかもしれない。


「マルタさん」


「何だ」


「次に大きな遠吠えが聞こえたら、耳を塞いでください」


「何をするつもりだ」


「魔物同士の声を聞こえなくします」


「そんなことができるのか?」


「たぶん」


「村長が、その言葉を嫌い始めていたぞ」


「俺も好きで使ってるわけじゃありません」


 再び、低い遠吠えが始まった。


「今です!」


 一夜は警告音を鳴らした。


 鋭い人工音が、村の中央から周囲へ広がる。


 遠吠えをかき消す。


 正面へ踏み出しかけていた宵喰い狼が、動きを止めた。


 何匹かは前へ出る。


 別の個体は後ろへ下がる。


 左右の動きがそろわない。


「効いてる?」


 正面の通路へ飛び込んできたのは、1匹だけだった。


 自警団の槍が集中し、簡単に押し返す。


 裏側でも、衝撃音の間隔がばらばらになった。


「合図が聞こえてないんだ」


 一夜は警告音を止めた。


 音が消える。


 宵喰い狼たちが戸惑ったように周囲を見る。


 暗闇の奥から、再び群れ長の遠吠え。


 一夜はすぐに警告音を鳴らす。


 また、魔物たちの動きが乱れる。


「もう1度!」


 自警団の男たちも意図に気づいたらしい。


 宵喰い狼が単独で動いた時だけ槍を突き出す。


 複数が足並みをそろえる前に、引かせていく。


「戦える」


 一夜は懐中電灯を強く握った。


 倒す力はない。


 それでも、群れを群れとして動かさないことはできる。


 リディアがいない間も、防衛線を持たせられる。


 だが、警告音を3回鳴らしたところで、懐中電灯の赤い表示が点滅した。


「電池が……」


 これまで何度も、最大の光と警告音を使っている。


 消耗が早い。


 一夜はバックパックを開いた。


「予備、予備……」


 乾電池はある。


 だが、交換している間は音を出せない。


 次の遠吠えが始まる。


「少し待ってくれ」


 一夜は懐中電灯の蓋を外した。


 手が震え、電池を1本落とす。


「落ち着け」


 遠吠えが長く続く。


 正面の宵喰い狼たちが姿勢を低くする。


 裏側でも衝撃音が止んだ。


 同時に攻撃するつもりだ。


「入れ……!」


 新しい電池を押し込む。


 蓋を閉める。


 ボタンを押す。


 反応しない。


「向きが逆か!」


 再び蓋を開ける。


 宵喰い狼たちが地面を蹴った。


「一夜殿!」


 村長の声。


 正面から群れが押し寄せる。


 集会所の裏側でも、戸板が一斉にきしんだ。


 一夜は電池を入れ直した。


 ボタンを長押しする。


 鋭い警告音が響いた。


 宵喰い狼たちの動きが、再び乱れる。


「間に合った……」


 一夜は大きく息を吐いた。


 その時だった。


 集会所の屋根の上で、何かが動いた。


「え?」


 普通の宵喰い狼ではない。


 人間の胸ほどもある大きな頭。


 黒い毛の中を走る、太い紫色の光。


 ほかの個体よりも、ひと回り以上大きな体。


 左目には、白く濁った古い傷があった。


 巨大な宵喰い狼が、屋根の端から一夜を見下ろしている。


「群れ長……」


 遠吠えをかき消した音。


 魔物たちの動きを乱している光。


 それを操る人間が誰なのか、理解したらしい。


 群れ長はテントを見ていなかった。


 安全地帯の中で、懐中電灯を握る一夜だけを見ている。


 ゆっくりと口を開き、低いうなり声を漏らした。


 周囲の宵喰い狼たちも、攻撃を止める。


 すべての紫色の目が、一夜へ向いた。


「……今度は、俺が狙いか」


 群れ長が屋根の上で身を沈めた。


 安全地帯へ向かい、飛びかかる姿勢だった。 

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