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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第17話 魔物も、同じ失敗は繰り返さない

 避難が終わったからといって、危険が去ったわけではなかった。


 むしろ、宵喰い狼の群れが狙う場所は、これで1つに絞られた。


 集会所。


 その入口に立つ、小さな緑色のテント。


 安全地帯の外では、10匹を超える宵喰い狼が行き来している。


 黒い体に走る紫色の光が、暗闇の中で何度も浮かんでは消えた。


「数が増えてますね」


「森から集まってきている」


 リディアは剣を地面へ突き、荒い呼吸を整えていた。


 一夜が安全地帯の中へ引き戻してから、まだ数分しか経っていない。


「少し休んでください」


「すでに休んでいる」


「立ったままですよ」


「座れば、立ち上がる時に時間がかかる」


「そういうのを休んでいるとは言いません」


「戦場では言う」


「戦場の基準を、日常みたいに使わないでください」


「ここは戦場だ」


「そうでした」


 一夜は言い返せなくなった。


 安全地帯の中には、一夜、リディア、マルタ、負傷者が3人。


 時折、村長や自警団の人間も出入りする。


 推奨人数の3人を大きく超えているため、軽傷回復の速度はかなり落ちていた。


 それでも、出血が悪化しないだけで大きい。


「一夜殿!」


 村長のエドガーが安全地帯へ駆け込んできた。


「自警団を配置した。通路の正面に槍を6人、建物の窓に弓を4人置いている」


「ほかの人は?」


「負傷者を運ぶ者と、障害物を直す者に分けた」


「火は使わないでください」


「松明もか?」


「明かりとして置くのはいいです。でも、魔物へ投げたりはしない方がいいと思います」


「火を恐れるのではないのか?」


「燃えたまま走り回られたら、家に火が移ります」


 木造の家が密集している。


 火を使えば宵喰い狼を追い払える可能性はある。


 だが、村そのものが燃えれば意味がない。


「分かった。火矢も禁じる」


「それと、弓の人には無理に倒そうとせず、近づけないようにしてもらってください」


「矢にも限りがある」


「はい。朝まで持たせないといけません」


 エドガーは安全地帯の外へ出る前に、宵喰い狼の群れを見た。


「朝まで、あとどれほどだ」


 リディアが空を見上げる。


「7時間ほどだ」


「7時間……」


 村長の顔から血の気が引いた。


 一夜も同じ気持ちだった。


 まだ夜は始まったばかりだ。


 これまでの襲撃だけでも、自警団には負傷者が出ている。


 リディアも万全ではない。


 7時間、守り続けられるのか。


「7時間、戦い続ける必要はありません」


 一夜は口にした。


「何?」


「魔物が来た時だけ追い払って、離れたら休んでください」


「しかし、いつ襲われるか」


「全員がずっと立っている必要はないです。見張る人と休む人を交代させましょう」


 リディアが眉を寄せる。


「人数が足りなくなる」


「全員が疲れて動けなくなるよりはいいです」


「群れが一斉に来れば」


「その時に起こします」


 一夜は警告音のついた懐中電灯を掲げた。


「これだけ音が大きければ、集会所の中まで聞こえます」


「宵喰い狼も刺激する」


「どちらにしても、襲ってくる時は襲ってきます」


「簡単に言うな」


「でも、休む時間を作らないと、朝まで持ちません」


 一夜はリディアへ視線を向けた。


「誰かさんを見て、よく分かりました」


「私を見るな」


「参考にしています」


「悪い例としてか」


「はい」


「即答するな」


 村長が小さく笑った。


 緊張に強張っていた顔が、ほんの少しだけ和らぐ。


「分かった。3組に分けよう」


「3組?」


「正面を守る者。休む者。負傷者を運び、障害物を直す者だ。短い時間で交代させる」


「お願いします」


「食事を取っていない者も多い。スープを飲ませてから休ませよう」


「まだ残っています」


「夜が明けるまで持つか?」


 一夜は大鍋を見る。


 底は見えていない。


 だが、全員へ何度も配れる量ではない。


「1人1杯にしてください。効果は重ならないので」


「分かった」


 村長は安全地帯を出ると、村人たちへ指示を始めた。


 言葉は分からないが、男たちが3つの組に分かれていく。


 武器を持ったまま座る者。


 スープを受け取る者。


 荷車の位置を調整する者。


 少しずつ、人の動きに秩序が生まれていった。


「仕事みたいだな」


 一夜はつぶやいた。


「何がだ」


「人を分けて、交代の順番を決めて、足りないところへ回す」


「あなたの仕事は、兵を指揮するものなのか?」


「全然違います」


「では、何をしている」


「急な依頼を、できそうな人に振り分けています」


「指揮官ではないか」


「責任と権限がない指揮官ですね」


「それは指揮官ではない」


「俺もそう思います」


     


 最初の総攻撃は、それから間もなく始まった。


 群れの奥から、長い遠吠えが響いた。


 その声を合図に、宵喰い狼たちが一斉に動く。


「来るぞ!」


 リディアが叫ぶ。


 彼女が安全地帯の外へ出た瞬間、一夜には言葉が理解できなくなった。


 それでも、自警団は一斉に槍を構えた。


 細く作られた通路へ、3匹の宵喰い狼が飛び込んでくる。


 先頭の1匹が槍に突かれる。


 後ろの個体が、その体を乗り越えようとする。


 道が狭いため、左右へ広がれない。


「うまくいってる」


 一夜はランタンを高く掲げた。


 弓を持った村人たちが、建物の窓から矢を放つ。


 矢は宵喰い狼の体へ刺さるものの、致命傷にはならない。


 それでも勢いは落ちた。


 リディアが横から斬り込み、先頭の魔物を倒す。


 自警団が槍を突き出す。


 もう1匹が後退した。


「押し返せます!」


 一夜の声は、安全地帯の外には伝わらない。


 それでも、村人たちも手応えを感じているようだった。


 正面から1匹ずつ入ってくるなら、人数で対処できる。


 安全地帯を通り抜けることもできない。


 宵喰い狼が見えない壁へ激突するたび、後ろの個体とぶつかって動きを止める。


「このまま朝まで」


 一夜が口にした直後だった。


 群れの奥で、低い声が響いた。


 先ほどとは違う鳴き方。


 短く2回。


 続けて、長く1回。


 リディアが動きを止めた。


 宵喰い狼たちが、突然後退を始める。


「逃げるのか?」


 槍を構えていた自警団も戸惑っている。


 魔物たちは村の中央から離れ、建物の陰へ消えていった。


 襲撃が終わった。


 そう思えるほど、静かになった。


「追わないでください!」


 一夜は叫んだ。


 言葉は通じなくても、腕を広げて止まるよう示す。


 リディアも自警団へ何かを命じた。


 男たちは持ち場を離れず、槍を構え続ける。


 リディアが安全地帯へ戻ってきた。


「何か、おかしいですか?」


「ああ」


「逃げたわけではない?」


「宵喰い狼は、獲物を諦める時、互いに合図を送らない」


 リディアは暗い路地を見つめる。


「指示を受けて下がった」


「指示?」


「群れを率いる個体がいる」


 一夜は説明書を握る手に力を込めた。


「狼にも、隊長がいるんですか」


「大きな群れには、群れ長がいる。通常の個体より大きく、知恵もある」


「正面から来ても無理だと分かった?」


「その可能性が高い」


 村の中央へ押し寄せても、安全地帯と障害物に阻まれる。


 狭い道では、数の多さを生かせない。


「次は、違う方法で来る」


 リディアが言った。


「違う方法って……」


 一夜は周囲を見た。


 荷車。


 樽。


 集会所。


 テント。


 正面の細い通路。


「横から障害物を壊す?」


「それだけなら対処できる」


「では、集会所の窓?」


「戸板で塞いでいる」


「屋根から入るとか」


「宵喰い狼は屋根へ登れない」


「それなら――」


 遠くから、木材が壊れる音がした。


 村の北側。


 続けて、別の場所からも。


 ばきっ。


 ばきっ。


 規則的に何かを壊している。


「柵ですか?」


「違う」


 村長が安全地帯へ入ってくる。


 その顔には、焦りが浮かんでいた。


「北側の家畜小屋が襲われている!」


「家畜小屋?」


「中には羊と、村で使う馬がいる!」


 一夜はリディアを見る。


「人ではなく、家畜を?」


「悲鳴と血の匂いで、人間をおびき出すつもりだ」


 リディアが剣を握る。


「助けに行く」


「待ってください」


「家畜を失えば、この村は冬を越せない」


「でも、罠ですよね」


「ああ」


「分かっていて行くんですか?」


「放置はできない」


 一夜は言葉を失った。


 家畜は食料であり、農作業を支える力でもある。


 人命を優先して村の中央へ下がった結果、外側に残されたものを狙われている。


 守らなければ、今夜を越えても村が生きていけない。


「戦える人を何人か連れていきます」


「正面の守りが薄くなる」


「でも、全部リディアさん1人でやるのは駄目です」


「すぐに戻る」


「その言葉、信用できません」


「時間がない」


 また、家畜小屋が壊される音が響く。


 遠くから、獣の悲鳴が聞こえた。


 集会所の中で、村人たちがざわめき始める。


「一夜」


 リディアは強い目で一夜を見た。


「ここを守れ」


「俺も行くとは言ってません」


「あなたの顔に書いてある」


「顔で判断しないでください」


「昨日から、何度も森へ出ようとしている」


「それは……」


「ここを離れるな」


 リディアは安全地帯の境界へ向かう。


 その背中を見ながら、一夜は拳を握った。


 自分が行っても足手まといになる。


 ここには、負傷者と避難者がいる。


 安全地帯を管理できるのも一夜だけだ。


 分かっている。


 それでも、またリディアを送り出すしかない。


「必ず戻ってきてください」


 リディアが振り返る。


「約束する」


「今度は守ってくださいよ」


「ああ」


 リディアが安全地帯の外へ出る。


 自警団から4人を選び、北側へ走っていった。


 一夜はその背中が闇へ消えるまで見送った。


     


 リディアが去ってから、数分。


 正面の宵喰い狼たちは姿を見せなかった。


 遠くでは、家畜小屋を壊す音が続いている。


「本当に、そっちが狙いなのか?」


 一夜はランタンを手に、細い通路の先を見つめた。


 静かすぎる。


 群れの大半が北側へ移動したのなら、ここは安全になるはずだ。


 だが、紫色の光が完全に消えたわけではない。


 建物の陰。


 道の奥。


 複数の目が、こちらを見ている。


「まだいる」


 攻めてこないだけだ。


 一夜は村長を呼ぼうとした。


 その時。


 集会所の裏側から、激しい衝撃音が響いた。


 どんっ。


 石壁が揺れる。


 集会所の中から悲鳴が上がった。


「裏?」


 一夜が振り返る。


 正面の安全地帯とは反対側。


 荷車もない。


 自警団も少ない。


 再び、重い音。


 どんっ。


 塞いでいた窓の戸板が、内側へ大きくへこんだ。


「まさか」


 一夜は息をのんだ。


 家畜小屋は、囮だった。


 リディアと戦える者を、村の中央から引き離すための。


 3度目の衝撃。


 戸板にひびが入る。


 隙間から、紫色の光が見えた。


 正面の道でも、宵喰い狼たちが一斉に姿を現す。


「同時に来る気か」


 正面には、安全地帯と自警団。


 だが、集会所の裏側を守る者は少ない。


 一夜は警告音を鳴らした。


 村中へ、鋭い音が響く。


「起きてください!」


 休んでいた自警団が立ち上がる。


「裏です! 集会所の裏へ!」


 言葉が通じない。


 一夜は建物の裏側を指し、懐中電灯を激しく振った。


 村長が意図を理解し、男たちへ叫ぶ。


 数人が裏口へ走る。


 だが、その間にも戸板のひびは広がっていく。


 一夜は説明書を握り締めた。


 安全地帯は、正面にある。


 テントは動かせない。


 今から畳んで裏側へ移せば、その間すべての保護を失う。


「間に合わない」


 正面から、宵喰い狼の群れが走り出した。


 裏側では、戸板が砕ける音。


 そして暗闇の向こうから、今までよりも低く、大きな遠吠えが響いた。


 群れを操る者がいる。


 魔物も、同じ失敗を繰り返さない。


 ハルト村の防衛線は、初めて2つに引き裂かれようとしていた。

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