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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第15話 守る場所まで、あと1歩

宵喰い狼の牙が、リディアの背中へ迫っていた。


「リディアさん!」


 一夜はニナの腕をつかんだまま、もう片方の手を伸ばす。


 安全地帯まで、あと1歩。


 だが、リディアはニナを押し出した勢いで体勢を崩している。


 振り返る時間はない。


 剣も間に合わない。


 一夜は腰の懐中電灯を引き抜いた。


 白い光を、宵喰い狼の目へ向ける。


「こっちを見ろ!」


 魔物が一瞬だけ顔を背けた。


 牙の軌道がずれる。


 リディアの背中ではなく、肩の鎧へ食らいついた。


「くっ!」


 金属がきしむ。


 リディアの体が後ろへ引かれた。


 安全地帯の外だ。


 一夜が助けに出れば、今度は自分が襲われる。


 それでも、考えている時間はなかった。


「手を!」


 一夜は境界から上半身を乗り出した。


「一夜、出るな!」


「出ません! だから、つかんでください!」


 リディアが空いている左手を伸ばす。


 指先が、一夜の手へ触れた。


 だが、宵喰い狼が鎧をくわえたまま後ろへ下がる。


 リディアの手が離れかけた。


「放しませんよ!」


 一夜は両足を踏ん張った。


 ニナが一夜の上着へしがみつく。


 さらにマルタが、一夜の腰を後ろからつかんだ。


「引け!」


「分かってます!」


 リディアも地面へ剣を突き立てた。


 引きずられながらも、右足を前へ出す。


 あと半歩。


 宵喰い狼が首を振る。


 鎧の留め具が弾け飛んだ。


 リディアの体が解放される。


「今です!」


 一夜とマルタが同時に引いた。


 リディアが境界を越える。


 直後、追いすがった宵喰い狼が見えない壁へ激突した。


 ごんっ、と大きな音が響く。


 魔物の顔が、一夜の目の前で止まった。


「……近い」


 透明な壁を挟み、牙が数十センチ先にある。


 紫色の唾液が飛び散った。


 一夜はニナとリディアを抱えるようにして、後ろへ下がった。


「全員、中ですか?」


「私はいる」


「ニナもいます」


「それなら、問題ない」


 リディアはそう言って立ち上がろうとした。


 だが、すぐに膝をついた。


「全然、問題ないじゃないですか!」


「鎧を壊されただけだ」


「肩から血が出てます!」


 宵喰い狼の牙は鎧を貫かなかった。


 それでも、衝撃で金具が肌へ食い込み、肩を深く切っている。


「この程度なら――」


「禁止です!」


「何がだ」


「その言い方です!」


 一夜は救急セットへ手を伸ばした。


 リディアが立ち上がろうとする。


 一夜はその肩を押さえた。


「座ってください」


「まだ狼がいる」


「壁の外です」


「ほかの個体が村へ入っている」


「だからこそ、今すぐ傷を押さえます」


「時間がない」


「30秒です」


「また30秒か」


「今度は本当に30秒で終わらせます」


「先ほどもそう言っていた」


「今回は、約束します」


「信用できない」


「そこは反省してます」


 リディアは不満そうに一夜をにらんだ。


 しかし、出血を自覚したのか、今度は座った。


 一夜は傷口へ止血用の布を当てる。


「押さえてください」


「自分でできる」


「では、お願いします」


 リディアが布を押さえる。


 その間に、一夜はニナを見る。


「けがは?」


 ニナは青ざめた顔で首を横へ振った。


「本当に?」


「ダイジョウブ」


 一夜は驚いた。


「その言葉も覚えたんですか」


「ダイジョウブ」


「今は使い方が合ってます」


 ニナは震えていた。


 大丈夫ではない。


 けががないだけだ。


 一夜はニナの頭へ手を置いた。


「怖かったですね」


「コワイ」


「はい。怖かったです」


 ニナは一夜の服を強くつかんだ。


「でも、ここへ来れば大丈夫です」


「ダイジョウブ?」


「今度は、本当に大丈夫です」


 安全地帯の外では、宵喰い狼が何度も壁へ体当たりしている。


 それでも、内側へは入ってこられない。


 一夜はニナを集会所の入口まで連れていった。


 母親らしき女性が飛び出し、ニナを抱きしめる。


 言葉は分からない。


 だが、何度も名前を呼んでいる。


 ニナも泣きながら、母親の胸へ顔を埋めた。


 一夜はその様子を確認し、リディアの元へ戻った。


「助けられましたね」


「あなたが引かなければ、間に合わなかった」


「リディアさんが迎えに行かなければ、もっと間に合いませんでした」


「それでも、私1人では戻れなかった」


「俺も1人では引けませんでした」


 一夜は後ろにいるマルタを見る。


 マルタは腕を組んでいた。


「私は腰を痛めそうになったがな」


「すみません」


「謝るくらいなら、もう少し体を鍛えろ」


「善処します」


「それは、やらない者が使う言葉だ」


「よく知ってますね」


「村長がよく使う」


 一夜は少し笑った。


 その直後、東側の鐘が再び鳴る。


 2回。


 続いて、北側から3回。


 村の複数箇所で戦いが続いている。


 リディアが立ち上がる。


「行く」


「傷は?」


「血は止まった」


「まだ30秒も経ってません」


「十分だ」


「またそれですか」


 リディアは剣を拾い上げた。


 左肩の鎧は壊れている。


 脇腹の傷も残っている。


 それでも、その目は戦う者のものだった。


 一夜は止める言葉を探した。


 だが、今の村には彼女が必要だ。


 休ませ続けることが、必ずしも正しいとは限らない。


「絶対に戻ってきてください」


「当然だ」


「傷が開いたら?」


「戻る」


「立てなくなる前に?」


「戻る」


「本当に?」


「あなたは私の上官か」


「相棒です」


 リディアが一夜を見る。


 わずかに口元を緩めた。


「では、相棒の忠告として聞いておく」


「忠告じゃなく、約束です」


「細かい男だな」


「仕事が調整役だったので」


「何の仕事か、やはり分からない」


「俺も時々分かりません」


 リディアは安全地帯の境界へ向かった。


 その前に、外で壁へ体当たりしている宵喰い狼を見る。


「こいつをどうする」


「出た瞬間、襲ってきますよね」


「ああ」


「俺が引きつけます」


「また自分を餌にするつもりか」


「食べられない餌です」


「その言い方をやめろ」


「では、安全地帯を利用します」


 一夜は懐中電灯を構えた。


「俺が光を当てて、こっちへ注意を向けます。リディアさんは反対側から出てください」


「私が安全地帯を出れば、言葉が通じなくなる」


「合図を決めましょう」


 一夜は指を3本立てた。


「3、2、1で動きます」


「その程度なら理解できる」


「では、俺が指を折ります。最後の1本を折ったら出てください」


「分かった」


 リディアはテントの反対側へ移動した。


 一夜が宵喰い狼へ光を当てる。


 魔物が牙をむき、懐中電灯の光へ顔を向ける。


「いきますよ」


 一夜は指を1本折った。


「3」


 もう1本。


「2」


 最後の1本。


「1」


 リディアが境界の外へ飛び出した。


 同時に、一夜は警告音を鳴らす。


 宵喰い狼の注意が、一夜へ固定された。


 魔物はリディアが背後へ回ったことに気づかない。


 女騎士の剣が、後ろ脚を切り裂いた。


 宵喰い狼が体勢を崩す。


 振り返ろうとした首元へ、2撃目が入った。


 紫色の光が消える。


 魔物が地面へ倒れた。


「うまくいった」


 リディアは一夜の言葉を理解できない。


 それでも、剣を掲げて見せた。


 一夜は親指を立てる。


 リディアも同じように返した。


「完全に共通の合図になりましたね」


 リディアはそのまま広場を離れようとした。


 だが、すぐに足を止めた。


 村の南側から、自警団の男たちが走ってくる。


 その後ろに、3匹の宵喰い狼。


 男たちは負傷している。


 1人は肩を押さえ、もう1人は片足を引きずっていた。


「まずい!」


 一夜は安全地帯の外へ声を張る。


「こっちです!」


 意味は通じない。


 それでも、男たちはテントへ向かって走ってきた。


 すでに、この場所へ戻れば助かると知っている。


 リディアが男たちと宵喰い狼の間へ入った。


 剣を横へ振り、先頭の1匹を牽制する。


 残りの2匹が左右へ分かれた。


「リディアさん、1人では無理です!」


 一夜は腰の警告音を鳴らす。


 宵喰い狼の1匹が、安全地帯へ顔を向けた。


 もう1匹も、一夜の光へ反応する。


 その隙に、負傷した男たちが境界へ飛び込んだ。


「中へ!」


「助かった……」


「座ってください。傷を見ます」


「副隊長がまだ外に!」


「分かってます!」


 一夜は負傷者をマルタへ任せ、再び外を見る。


 リディアは3匹を同時に相手にしていた。


 建物の壁を背にし、囲まれないように動いている。


 だが、傷のせいで剣の振りが遅い。


 1匹の爪が、リディアの外套を裂いた。


「戻ってきてください!」


 声は届かない。


 一夜は懐中電灯を激しく振った。


 リディアが一瞬だけこちらを見る。


 一夜は安全地帯を指す。


 続けて、戻ってこいというように手を動かした。


 リディアは首を横へ振る。


「何でですか!」


 彼女の後ろ。


 路地の奥から、老人と子供を連れた村人たちが走ってきていた。


 まだ避難できていない人たちだ。


 リディアは、その人々へ魔物を近づけないために残っている。


「……そういうことか」


 一夜は安全地帯の周囲を見る。


 負傷者が2人。


 マルタ。


 自分。


 推奨人数はすでに超えている。


 これ以上増えれば、回復効果はさらに弱まる。


 それでも、入れないという選択肢はなかった。


「村長!」


 エドガーが境界へ入る。


「南から避難者が来ます!」


「集会所の裏口を開ける!」


「安全地帯までの道を作ってください!」


「何をするつもりだ?」


「ここを目印にします」


 一夜はランタンを手に取った。


 最大の明るさへ設定し、テントの上へ高く掲げる。


 村の中央に、白い光が広がった。


 暗くなり始めた道を照らす。


「この光へ向かって走ってもらいます」


「宵喰い狼にも見えるぞ!」


「だから、俺を狙わせます」


「また餌になるつもりか!」


「村長まで同じ言い方をしないでください!」


 一夜は警告音を鳴らした。


 光。


 音。


 現代にはありふれた道具。


 だが、この世界の魔物にとっては、無視できない刺激だった。


 リディアを囲んでいた1匹が顔を上げる。


 続いて、もう1匹。


 安全地帯へ注意が向く。


 その隙に、リディアが剣を振るった。


 1匹の肩を切り裂き、避難者へ道を開く。


 老人と子供たちが、白い光へ向かって走ってきた。


 一夜は境界の内側で手を振る。


「こっちです!」


 言葉は通じなくても、光は見える。


 安全な場所は見える。


 戦う人が戻る場所も。


 逃げる人が目指す場所も。


 ハルト村の中央で、小さな緑色のテントが夜道を照らしていた。


 その光へ向かい、1人、また1人と村人たちが走ってくる。


 一夜は、伸ばした手を引っ込めなかった。


 全員で朝を迎えると決めたのだから。

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