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都会に疲れて通販テントで寝たら、異世界最強の安全地帯でした 〜もう一泊で帰れるけど、今日も誰かに眠れる夜を渡しています〜  作者: TimeBender


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第10話 俺たちは、互いにできないことを補えばいい

ハルト村が見えたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 森を抜けた先に、低い木の柵が続いている。


 柵の内側には、石と木で造られた家が30軒ほど並んでいた。


 畑。


 井戸。


 小さな物見台。


 一夜が思い描いていた異世界の村そのものだった。


「本当に村がある……」


 前を歩いていたリディアが振り返る。


 一夜の言葉は通じない。


 それでも、彼女は村を指し、わずかにうなずいた。


「ハルト村ですね」


 一夜も、うなずき返した。


 村の入口へ近づくと、見張りの男が声を上げた。


「――――!」


 続けて、柵の向こうから数人が駆けてくる。


 弓や槍を持っていたが、リディアの姿を確認すると、その表情が驚きへ変わった。


「――、――――!」


「――――!」


 リディアが何かを説明している。


 男たちは何度も森を見た。


 宵喰い狼の群れについて伝えているのだろう。


 一夜はその場に立ったまま、会話が終わるのを待った。


 村人たちの視線が、一夜へ向く。


 現代の服。


 巨大なバックパック。


 腰につけた懐中電灯。


 どう見ても、この世界の人間ではない。


「――――?」


 見張りの男が、一夜を指さした。


 リディアが答える。


 何を言われているのか分からない。


 だが、村人たちの顔には警戒が浮かんでいた。


 当然だった。


 魔物に追われた女騎士が、見たことのない格好をした男を連れて戻ってきたのだ。


「説明できないのが不便すぎるな」


 一夜がつぶやく。


 リディアが一夜のバックパックを指した。


 次に、村の入口近くにある空き地を示す。


「テントを建てろってことですか?」


 リディアは緑色の収納袋を指し、両手で三角形を作った。


「やっぱり、そうですよね」


 一夜はバックパックを下ろした。


 村人たちが距離を取る。


 中には、弓へ矢をつがえた者もいた。


「怪しいですよね。俺もそう思います」


 一夜は刺激しないよう、ゆっくりと収納袋を開いた。


 テント本体を広げる。


 ポールを組み立てる。


 村人たちは、一夜の作業を黙って見守っていた。


 リディアだけが剣を収め、すぐ近くに立っている。


「手伝ってくれてもいいんですけど」


「――――?」


「いえ。言ってみただけです」


 設営には、前回ほど時間がかからなかった。


 ポールを通し、テントを立ち上げる。


 鍛造ペグを地面へ打ち込んでいく。


 1本目。


 2本目。


 3本目。


 最後の4本目を打ち込んだ瞬間、空気がわずかに揺れた。


 保護領域が展開される。


 半径2メートル。


 一夜は安全地帯へ入り、リディアへ手招きした。


「中へ来てください」


 リディアが境界を越える。


「これで、言葉が通じるはずです」


「ああ。聞こえている」


「便利ですけど、狭いですね」


「村人を呼ぶ」


 リディアが見張りの男へ声をかけた。


 男は警戒しながら近づく。


 安全地帯へ足を入れた瞬間、彼の言葉が日本語として聞こえた。


「な、何だ、この感覚は」


「言葉が通じるようになる場所です」


 一夜が答えると、男が飛び退いた。


 境界の外へ出た途端、彼の言葉は再び理解できなくなる。


「逃げられましたね」


「突然、異国人の言葉が理解できれば驚くだろう」


「俺も最初は驚きました」


「あなたは魔物に襲われている最中に、コーヒーを飲んでいた男だ。基準にならない」


「そこまで変なことをしたつもりはないんですけど」


「十分に変だ」


 リディアは見張りの男をもう1度呼んだ。


 今度は自分も隣へ立ち、安全地帯の中へ招き入れる。


「安心しろ。この領域の中では、言葉が通じるだけだ」


「リディア副隊長、この男は何者なのですか?」


「泊一夜。私の命を救った者だ」


 一夜は思わずリディアを見た。


「俺が?」


「何だ」


「いえ。はっきり言われると、少し恥ずかしいなと」


「事実を言っただけだ」


 見張りの男は、一夜の顔を改めて見た。


 先ほどまでの警戒が、少しだけ薄れる。


「副隊長を?」


「助けたというか、安全な場所へ引っ張って、傷を手当てしただけです」


「宵喰い狼に囲まれた私を保護し、朝まで守った」


「守ったのはテントです」


「その天幕を扱っているのは、あなたではないか」


「買っただけなんですけどね」


「何を言っているのか分からないが、あなたがいなければ私は死んでいた」


 リディアは淡々と口にした。


 一夜は返す言葉を失う。


 彼女が自分の死を認めるとは思っていなかった。


「ですけど、森では俺も助けられました」


「それは私の役目だ」


「俺を守るのが?」


「戦えない者を守るのが、騎士の役目だ」


「では、騎士を休ませるのが俺の役目ですかね」


 リディアが眉を寄せる。


「その役目は必要ない」


「必要だったでしょう」


「今は動ける」


「また傷が開いてます」


「村へ着いた」


「着いたから休めるんですよ」


「先に状況を確認する」


 リディアは見張りの男へ向き直った。


「村に被害は?」


「今のところありません。ただ、夜明け前に家畜が騒ぎました。北の畑で、大型の魔物らしき足跡も見つかっています」


「数は」


「少なくとも8匹以上です」


 一夜は息をのんだ。


 夜の間、自分たちを囲んでいた群れとは別に、それだけの宵喰い狼が村へ近づいている。


「村に戦える人は?」


 一夜が尋ねる。


 見張りの男は困ったようにリディアを見る。


「自警団が12人。ですが、まともに戦えるのは6人ほどです」


「宵喰い狼を相手にした経験は?」


「単独の個体ならあります。しかし、群れは……」


 男の表情が曇る。


「騎士団へ知らせる人は出しましたか?」


「今朝、アルノーへ向けて2人を出しました。援軍が到着するには、早くても明日の昼になります」


「今夜には間に合わない」


 リディアの声が低くなる。


「はい」


 見張りの男は拳を握った。


「村人を避難させようにも、アルノーまでの街道を宵喰い狼が横切っています。老人や子供を連れて移動するのは危険です」


 一夜は村の中を見た。


 こちらを不安そうに眺める人々。


 家の陰から、子供が顔を出している。


 逃げることもできない。


 援軍も間に合わない。


 日が落ちれば、宵喰い狼はさらに強くなる。


「ここで守るしかない」


 リディアが言った。


「自警団を集めろ。柵の弱い場所を確認する。女、子供、老人は村の中央へ――」


「待ってください」


 一夜が声をかける。


「何だ」


「村の中央へ避難させるだけで大丈夫なんですか?」


「柵を破られた場合、家の中へ立てこもらせる」


「木の家ですよね」


「そうだ」


「宵喰い狼は、壊せますか?」


 リディアは答えなかった。


 沈黙が、答えだった。


「俺のテントなら、入ってこられません」


「範囲が狭すぎる」


「今は半径2メートルです」


「村人全員を入れることはできない」


「でも、傷ついた人や子供を守ることはできます」


「定員は3人だろう」


「推奨が3人です。入れないとは書いてません」


「効果が弱まる可能性がある」


「それでも、何もない家よりは安全です」


 一夜はテントを指した。


「村の中央へ移動して、そこで設営し直しましょう」


「設営中は無防備になる」


「だから、あなたに守ってもらいます」


「私が?」


「俺はテントを設営する。あなたは、俺と村の人を守る」


「設営が終わった後は」


「傷ついた人を中へ入れる。食べ物と水も用意します」


「あなたは戦えない」


「知ってます」


 一夜は腰の懐中電灯へ触れた。


「でも、何もできないわけじゃありません」


 森で宵喰い狼を倒したのは、リディアだ。


 一夜1人では、魔物へ傷1つつけられない。


 けれど、一夜が作った隙がなければ、リディアも攻撃できなかった。


「俺にできないことは、あなたがやってください」


 一夜はリディアを見る。


「あなたにできないことは、俺がやります」


「私にできないこと?」


「休むこととか」


「それはできる」


「できてません」


「必要がないだけだ」


「昨日は必要でした」


 見張りの男が、2人の顔を交互に見る。


 リディアはしばらく黙っていた。


「泊一夜」


「はい」


「あなたは、自分が死ぬ可能性を理解しているのか?」


「かなり理解しました」


「この村は、あなたとは無関係だ」


「そうですね」


「ならば、なぜそこまでする」


 一夜は村の中へ目を向けた。


 大人たちの後ろから、小さな女の子がこちらを見ている。


 母親らしき女性が、その子を抱き寄せた。


「知ってしまったからです」


「何?」


「知らないままなら、何もしなかったと思います。でも、ここに村があると知った。夜になれば襲われる人がいると知った」


 一夜は小さく息を吐く。


「それを知ったまま、安全な場所へ帰っても、たぶん休めません」


「あなたは自分の世界へ帰れるのだろう」


「テントで眠れば」


「それでも残るのか」


「俺だけ帰ったら、このテントも一緒に消えるかもしれません」


「命を懸ける理由にはならない」


「立派な理由なんてないですよ」


 一夜は自分の胸元を指した。


「ただ、後悔するのが嫌なんです」


 リディアの青い瞳が、一夜を見つめる。


 しばらくして、彼女は深く息を吐いた。


「あなたは、戦場に向いていない」


「自覚しています」


「体力もない」


「改善します」


「危機への反応も遅い」


「そこまで言います?」


「だが」


 リディアは剣の柄へ手を置いた。


「安全な場所を作る力は、私にはない」


 一夜は黙って続きを待つ。


「あなたが天幕を設営している間は、私が守る」


「はい」


「あなたが人々を休ませている間は、私が外で戦う」


「はい」


「私が動けなくなった時は――」


 リディアが言葉を止める。


「休ませます」


 一夜が代わりに答えた。


「嫌でも」


「余計な言葉を足すな」


「大事なところなので」


 リディアは不満そうに一夜を見た。


 だが、否定はしなかった。


「分かった」


 彼女は一夜へ右手を差し出す。


「ハルト村を守るため、あなたの力を借りる」


 一夜はその手を見る。


 剣を握るための硬い手だった。


 一夜も手を差し出す。


「俺も、あなたの力を借ります」


 2人の手が重なる。


「俺たち、相棒ということでいいですか?」


「アイボウ?」


「一緒に行動して、互いに助ける人です」


「戦友のようなものか」


「俺は戦えませんけど」


「では、何と呼べばいい」


「相棒でいいと思います」


 リディアは少し考えた。


「分かった。あなたを私の相棒として扱う」


「急に重くなったな」


「言い出したのはあなたではないか」


「もう少し軽い感じを想像してました」


「相棒に軽いも重いもない」


「真面目だな……」


 村の外から、遠吠えが響いた。


 長い声。


 続いて、別の方向から低い鳴き声が返ってくる。


 見張りの男の顔色が変わった。


「宵喰い狼です」


 リディアはすぐに森へ目を向けた。


「群れが集まり始めている」


 一夜もテントを見る。


 まだ昼だ。


 日が落ちるまで、数時間ある。


 その間に、村の中央へテントを移す。


 食料と水を集める。


 避難する場所を決める。


 戦える人と、守るべき人を分ける。


 やることは多い。


「一夜」


 リディアが初めて、家名ではなく名前だけを呼んだ。


「テントを移すぞ」


「はい」


「今夜、この村へ宵喰い狼を1匹も入れない」


 一夜は収納袋へ手を伸ばした。


「違います」


「何?」


「俺たちの目的は、全部倒すことじゃありません」


 一夜は村を見た。


「この村の人たち全員に、朝を迎えてもらうことです」


 リディアは少し驚いたように目を見開いた。


 やがて、力強くうなずく。


「ああ」


 再び、森から遠吠えが響く。


 今度は、先ほどより近かった。


「全員で朝を迎える」


 ハルト村の長い夜が、始まろうとしていた。

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