第二章 「条件付き」の依頼
事件の始まりは、放課後のプリンセス棟だった。
職員会議を終えて旧館に戻ると、教室の灯りはひとつだけ点いていた。
月明かりと蛍光灯に照らされて、三人が向かい合って座っている。
ただ、その空気は昼間の華やかさとは程遠い。
張りつめていて、冷たくて、どこか祈りに似ていた。
「先生、いいところに来た」
最初に口を開いたのは霧島玲だ。
その笑顔は、カメラの前で作るものとは違っていた。防波堤のような笑み。
「ちょうど、先生を巻き込むかどうか、話し合っていたの」
嫌な予感しかしなかった。
「巻き込むって、何にだ?」
九条院沙羅が、一枚の紙を机の上に置く。
真っ白な封筒。表には、流麗な筆で「プリンセスたちへ」とだけ書かれている。
「今朝、私のロッカーに入っていたものです。差出人不明。
中には、一枚のメッセージと写真」
写真を見た瞬間、背筋が冷たくなった。
旧館の屋上、古い給水塔。
そこに立つ、一人の生徒の後ろ姿。
学園の指定の制服。髪の長さからして、少女に見える。
ただ、その首から上が、不自然に影で塗りつぶされていた。
メッセージには、こう書いてある。
「永遠のプリンセスに告ぐ。
プリンスはひとり。プリンスを見つけられなければ、
今度は本当に誰かが飛び降ります」
悪い悪戯としては、質が高すぎた。
そして、悪戯であってほしいと願うには、言葉が重すぎた。
「三年前、この学園では自殺未遂がありました」
沙羅が静かに言った。
「プリンセス棟の前任担任、そして、もう一人の生徒。
詳細は公表されていません。でも、今でもときどき噂になる。
『プリンセスたちのせいで、一人の生徒が壊れた』と」
霧島が、机に指を軽く打ちつける。
「差出人は、あの時の『誰か』の関係者。
もしくは、あの事件の真相を知ってる人。そう考えるのが自然でしょ?」
俺は思わず口を開いた。
「それなら、なおさら、すぐに教務主任に──」
「先生」
ユリアの声が、するどく俺の言葉を切る。
「この話を学校に出せば、私たちの家にもすぐに伝わる。
『問題のあるクラス』『騒ぎを起こす娘たち』として、処理されて終わりです。
誰かが、また消されるだけ」
消される、という言葉の選び方に、彼女の家の「現実」がにじんでいた。
「だから、先生に、お願いしたいのです」
九条院が、深く頭を下げた。
「大人で、でも、まだ私たちと同じ高さで話してくれる人が必要です。
プリンスを見つけるために。三年前の真相に、手を触れるために」
俺は国語教師で、探偵ではない。
ミステリー小説は好きだが、現実の謎に関わる義理などない。
けれど、目の前で頭を下げられたら、もう逃げ道はなかった。
「……分かった。
ただし、一つ条件がある」
三人が顔を上げる。
「俺に嘘をつかないこと。
知っていることは全部話すこと。
でなきゃ、プリンスなんて見つかるはずがない」
霧島が肩をすくめ、ユリアが苦笑し、九条院が小さくうなずいた。
そのとき、窓ガラスがカタリと鳴った。
風が吹き込んできて、机の写真がひっくり返る。
裏面には、新たな一文があった。
「プリンスは、嘘つきだ」
俺たちは、顔を見合わせた。




