追放
今回も宜しくお願い致します。
「賛成多数! ゼインは追放とする! 明日中に村を出ることを命じる!」
村長の声を最後に、村民審判は終わりを告げた。
「皆のもの、ご苦労だった。夜ももう遅い。気をつけて帰ってくれ」
村長の言葉で、村民たちはそれぞれ家路につく。
俺も箱から降りる。
すると、
「ゼインくん」
「……トヨさん」
トヨが声をかけてきた。
「ゼインくん、すまない。すまないねぇ。どうか恨むなら私を恨んでおくれ」
トヨは深々と頭を下げた。
「……トヨさん。確かに、あんなに優しかったトヨさんがって、ショックでした」
俺の言葉を聞き、頭を下げたままのトヨの身体が震える。
「でも、誰かを守りたいっていう想いは分かります。俺も同じですから」
俺は一呼吸置いて続ける。
「ですから、トヨさんたちを恨んだりはしません。どうか顔を上げてください」
トヨは顔を上げる。
その目には涙が浮かんでいた。
「……ありがとう。ありがとうねぇ」
トヨは何度もお礼を言うと、診療所の方へと歩いていった。
トヨと入れ替わるように、ローゼスとラミネが駆けつけてくる。
「ゼインくん……大丈夫かい?」
ローゼスが声をかける。
「はい。大丈夫です」
俺は答えた。
「でも、追放なんてやり過ぎよ! 私、村長に直談判してくるわ!」
ラミネは相当怒っているようだ。
「いえ、それは軋轢を生むだけだと思います」
「でも、ゼインくんを追放なんて……」
「……僕はこの村が好きです。村の皆も。そんな皆がぎこちなくなるなんて、僕は望みません」
二人は黙ってしまった。
しばしの沈黙の後、
「じゃあ、僕たちも行こう。ゼインくんも今日は家においで」
「……はい」
ローゼスの誘いを受け、二人と一緒にリゼの家へと向かった。
家へ入ると、ラミネが声をかけてきた。
「ゼインくん、リゼリアは部屋で寝ているの。声をかけてあげて」
「はい」
俺は場所を聞くと、リゼの部屋へ向かった。
リゼの部屋は綺麗に片付いている。
窓際にはベッドがあり、リゼは眠っていた。
不安を抱えながらも、リゼの顔を覗き込む。
顔色は良く、穏やかな寝息を立てている。
「リゼ……良かった……」
命に別状はないと聞いていた。
それでも、実際にこの目で確認すると安心感がまるで違う。
「!」
急に頬が冷たくなるのを感じた。
気がつくと、目から涙が溢れていた。
「ははっ……まさか、この歳で涙するなんてな」
それほどまでに、リゼのことを大切に思っているのだと、改めて実感した。
「リゼ……早く目を覚ましてくれ」
俺はリゼの手を握る。
事件の時とは違い、リゼの温もりが伝わってくる。
しかし、
「……物語のようにはいかないな」
リゼが目覚めることはなかった。
心の中で落胆していると、
「!」
リゼの手が、わずかに俺の手を握り返したような感覚があった。
「リゼ……!」
俺は再び涙を流した。
どのくらいの時間が経っただろう。
「ゼインくん、大丈夫かい?」
ローゼスが様子を見に来たようだ。
「ローゼスさん。ええ、僕は大丈夫です。今、リゼが手を握り返してくれたような気がして……」
俺の言葉を聞き、ローゼスは驚きと喜びの混ざり合った表情を浮かべた。
「そうなんだね。命は助かったけど、あの日から眠ったままで、動きなんてなかった。ゼインくんの思いが届いたんだろうね」
「そうだと嬉しいです」
ローゼスと言葉を交わし、俺はリゼの部屋を後にした。
リビングでは、ラミネが夕食を準備してくれていた。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、食べましょうか」
ラミネに促され、俺は椅子に座る。
ローゼスとラミネも椅子に座り、
「「「いただきます」」」
と食事を始めた。
「とても美味しいです」
「あら、嬉しいわ」
そんな他愛のない会話をしていると、
「ただいま」
村長が帰ってきた。
「……遅かったですね」
「ああ。……少しな」
ローゼスの問いに、村長は答える。
ローゼスはまだ怒っているのか口調が強く、ラミネも表情が硬い。
「まぁまぁ。村長もお腹が空いてるでしょう? 皆で食べましょうよ」
「……ありがとう」
俺の提案に、村長は頭を下げた。
沈黙の中、食事を終えた。
「じゃあ、僕はお暇しますね。ご馳走様でした」
「待って、ゼインくん」
「はい?」
ラミネに呼び止められた。
「村を出たらどうするの?」
「……まだ何も決めてません」
俺は村を出たあとの生活を考えていなかった。
「やっぱりね。あなたの歳だと、雇ってくれるところも少ないわ」
この世界では、ゼインはまだ十歳。
普通なら、ジョブも授かっていない子どもを雇うところなどありはしない。
「でも、一つだけあるわ」
「何ですか?」
「それは、冒険者よ」
「冒険者……」
「そう。ゼインくんはヴァッシュ譲りの剣技に、レリーナ譲りの魔法の才もある。ジョブこそ有利なものではないけど、今のレベルでも十分にやっていけるわ」
冒険者の道を考えなかったわけではない。
だが、心配もあった。
それでも、元上位冒険者のラミネからの勧めなら、大丈夫な気がしてきた。
「確かに、今はその道が一番現実的だと思います」
「さすがゼインくんね。考え方が大人だわ」
ラミネは感心しているようだ。
「ラミネ、君が推薦状を書いてあげれば、冒険者ギルドも優遇してくれるんじゃないか?」
「確かにそうね。明日までに準備するわ」
その後もローゼスとラミネが話し合いながら、トントン拍子に話が進んでいった。
「じゃあ、方向性は決まったわね。最後にゼインくん」
「はい」
「明日は村を出る前に、必ず家に寄ること。分かったわね」
「……分かりました」
ラミネに念を押された。
実際、そこまでお世話になるのは申し訳ない。
そのため、黙って村を出ようと考えていた。
(女性の勘ってやつかな)
俺は夕食のお礼を伝え、家へと帰った。
家の中を一通り見回す。
「これでお別れか……」
十年という長いようで短い期間。
この家には思い出が溢れている。
ここで皆で食事をして、姉さんと一緒に勉強をして、両親と修行の話をして。
そんな思い出を噛み締めながら、荷造りを始めた。
私物はそれほど多くない。
荷造りはあっという間に終わった。
「……よし、寝よう!」
大事なことは、ローゼスとラミネと話し合った。
俺にできることは、もう寝ることだけだ。
思ったよりもすぐに眠りにつくことができた。
翌朝、早くに目が覚めた。
「よし……」
俺はいつものように村の外周を走り、広場へと向かった。
そして、いつものように剣と魔法の修行をこなす。
「……よし。行こう」
俺はリゼの家へと向かった。
扉をノックすると、
「いらっしゃい。待ってたわ」
ラミネが出迎えてくれた。
そしてリビングへ行くと、
「おはよう。ゼインくん」
「おはようございます。ローゼスさん」
ローゼスもすでに待ってくれていたようだ。
ラミネに促されて椅子に座ると、ラミネもローゼスの隣へ座る。
「じゃあ早速、これが冒険者ギルドへの推薦状よ」
ラミネから手紙を一通渡される。
「これを見せれば、冒険者試験もある程度はパスできるはずよ」
「冒険者試験?」
どうやら簡単になれるわけではないらしい。
「そう。その名の通り、冒険者になるための試験よ。その内容はギルドによって違うわ。筆記試験だけのところもあるし、中には命を落としかねないものもあるわ」
「冒険者になる前に命を落としかねないんですか?」
(かなり物騒な試験な気もするが)
「冒険者になったら、常に命を落とす危険があるの。それを体感させるためよ。まぁ、ちゃんと試験官が助けるから、悪くても重症で済むわ」
ラミネはにこっと微笑む。
(どこに微笑む要素があったんだ)
「あははっ」
とりあえず愛想笑いをしておく。
「じゃあ僕からはこっち」
ローゼスからも手紙を一通もらった。
「これは?」
ローゼスに尋ねる。
「……それはノルドに宛てた手紙だ。君の助けになるよう書いてある」
「ノルド義兄さんに?」
「ああ。前にも話したが、彼はカティールという隣町で衛兵として働いている。ノルドを介せば、冒険者としての仕事も得やすい。それに、ゼインくんほどの実力があれば衛兵としてスカウトされ、騎士団に入ることも不可能じゃないと思っている」
ローゼスはまるで確信しているかのように話す。
「確かに、ゼインくんならその手もあるわね」
ラミネもローゼスの話に、目から鱗といった様子だ。
「ただ、ジョブに関しては、これからも明かさない方がいい」
「そうね。何をされるか分からないわ」
「……そうですね。気をつけます」
この点に関しては、三人とも同じ見解だったようだ。
そして、
「ゼインくん、もう一つあるんだ」
「?」
ローゼスがそう話すやいなや、ブレスレットを外して差し出してきた。
同時に、ラミネもブレスレットを差し出す。
「これは……」
「そう。ヴァッシュとレリーナの対になっているブレスレットだ。これを君に託そうと思っている。少しでも君の支えになるように」
「私たちが持っているより、ゼインくんが持っていたほうが良いと思うの」
ローゼスとラミネから、強い思いが伝わってくる。
(こんなに想ってくれるなんて、ありがたい)
そう思いつつ、俺は、
「いえ、これはお二人が持っていてください」
二人からの提案を断った。
「どうして? あなたが持っておくべきだわ」
まさか断られると思っていなかったラミネは、焦っているようだ。
「……理由を聞いても良いかい?」
ローゼスは冷静だった。
「単純な理由です。ローゼスさんが言ったように、これは俺にとって支えになるでしょう。でも、このブレスレットが光らなくなったとき、それ以上の絶望が襲ってくるはずです」
俺の言葉を聞き、二人はハッとしたようだ。
「今、二人を助け出せる可能性があるのは、ローゼスさんを置いて他にいません。なので、お二人にこそ託しておきたいんです」
俺の言葉を聞いて、二人は考えているようだった。
そして、
「……ゼインくんの思いは分かった。君の希望を確かに託されたよ」
「ええ」
ローゼスとラミネは納得したようで、それぞれブレスレットを嵌めた。
(しかし、俺と同じことを考えていたなんて)
心の中で自嘲気味に笑った。
「お渡ししないといけないのは、僕の方です」
俺はブレスレットを差し出した。
リゼと対になっているブレスレットだ。
それを見たローゼスは、
「却下だよ、ゼインくん」
「……ローゼスさん。僕は追放される身です。これを持っていても、リゼとはもう……」
そう言いかけると、
「ゼインくん。これはね、リゼにとって支えになるの。リゼリアが目を覚ました時に、あなたとの繋がりが一つも残っていなかったら、あの娘は心が壊れてしまうかもしれないわ」
「……」
二人の言葉を聞いて、俺自身も考えさせられた。
「……ありがとうございます」
俺はそう言って、ブレスレットを嵌めた。
リゼとの繋がりは、俺にとっても大切なものになっていた。
「最後に……リゼに挨拶して行っても良いですか?」
「「もちろん」」
二人とも快諾してくれた。
そして三人でリゼの部屋へと向かった。
昨夜と変わらず、穏やかな表情で眠っている。
俺はベッドの側で膝をつき、リゼの手を握った。
「……リゼ。今日はお別れを言いに来たんだ。君と過ごした時間は、とても輝いていて、大切な思い出。プロポーズされた時は驚いたけど、リゼの婚約者になれて嬉しかった。ありがとう。早く目覚めることを祈っているよ」
俺なりに別れを伝え、手を離そうとした。
その時、
クッ。
リゼの手に力が入った。
「……ゼイン……くん?」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
だが、確かに聞こえた。
「リゼ……?」
リゼが、うっすらと目を開けた。
「リゼ!」
「「リゼリア!」」
「ゼインくん……どうして泣いてるの?」
リゼは目を覚ましたばかりで、少しぼーっとしているようだ。
「これかい? ……リゼに会えたから、嬉し涙が出たのかな」
「ふふっ、変なゼインくん。いつも会ってるじゃない」
「ああ。そうだね。でも今日は、一段と嬉しいんだ」
「ありがとう、ゼインくん。私も嬉しい。……でも、ごめんね。なんだか眠たくって」
「大丈夫。目が覚めた頃に、また来るよ」
「へへっ、約束だよ?」
「……ああ。約束だ」
俺とリゼは指切りをする。
そしてリゼは、再び眠りについた。
先ほどまでとは違い、柔らかな笑みを浮かべながら。
「良かった。リゼリア」
「ああ。本当に」
後ろでは、ラミネとローゼスも安堵の涙を流していた。
「ローゼスさん、ラミネさん」
俺は二人に声をかける。
「僕、もう行きますね」
「もう行くのかい?」
「ええ。これ以上いたら、さらにリゼから離れがたくなってしまいますから」
「そうか」
「神様はなんて不条理なの……」
ローゼスもラミネも、やはり納得はいっていないようだ。
「ラミネさん。僕は不条理だとは思っていません」
「でも、こんなお別れ、あんまりだわ」
「神様のお陰で、リゼを助けることができました。それが何よりです。その代償だと思えば、僕は大丈夫です」
「ゼインくん……」
「ラミネさん。ゼインくんの覚悟は相当なものだ。送り出してあげよう」
「ローゼス……分かったわ」
「ありがとうございます」
二人とも分かってくれたようだ。
「では、ローゼスさん、ラミネさん。短い間でしたが、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「ええ。本当に」
「そうだ。このことは姉さんには伝えないでください」
「どうしてだい?」
「姉さんには夢を叶えて欲しいですから。余計な心配をかけたくないんです」
「……分かった。善処するよ」
「ありがとうございます」
(これで思い残すことはないな)
その場を離れようとすると、
「ちょっと待って。これを」
ラミネから袋を渡された。
重みがある。
「これは?」
「少ないけど、持って行きなさい。嫌とは言わせないわ」
ラミネの言葉には圧があった。
おそらく、中身は金銭だろう。
「ありがたく頂きます」
そう言って、持っていたカバンへと入れる。
「じゃあ、今度こそ。お世話になりました」
「こちらこそ」
「ありがとうね」
別れを告げ、リゼの家から村の門へと向かう。
道中、不自然と思うほど誰とも会わなかった。
門に辿り着くと、見覚えのある三人組が立っていた。
「「「やっと来た(わね)」」」
「ヤド! サシャ! カンジョウ!」
いつも遊んでいた三人組だ。
「どうしたんだ? こんな所で」
俺が尋ねると、
「どうしたんだ? じゃねぇよ! 何で出て行くんだよ!」
「そうよ! 私たちは追放に反対なんだから!」
「そうだよ! 横暴だよ!」
ヤド、サシャ、カンジョウは順に意見を述べてくれた。
「……三人ともありがとう。俺のために怒ってくれて。でも、賛成した人たちも村を守るためにしたことなんだ。それは分かってあげてほしい」
「それでもよぉ! ゼインが悪い奴じゃないって知ってるのに。俺は……悔しい!」
「私も!」
「僕だって!」
「みんな……」
俺は嬉しくて、涙がこぼれそうだった。
(歳をとると涙脆くなるって本当だな)
俺は三人を抱きしめた。
そして、
「ありがとう」
精一杯の感謝を伝えた。
「「「うわぁぁぁ~!」」」
すると、三人とも泣き出してしまった。
(困ったな)
そう思いつつも、三人と離れる。
「ヤド、宿屋を繁盛させて、もっと大きくしろよ」
「うぅ、おう!」
「サシャ、君の考えた料理が、いろんな国で食べられる日を楽しみにしてるよ」
「ヒック、ヒック…ええ!」
「カンジョウ、君の商会が立ち上がったら、ぜひとも贔屓にさせてくれ」
「ズズッ、うん!」
俺は三人にエールを送った。
「じゃあ、元気でな!」
俺は別れを告げた。
「お前が見上げて倒れるくらい宿屋をデカくしてやるぞー!」
「あなたのほっぺがいくつ落ちても足りないくらいの料理を作るわ!」
「どの国に行っても僕の店が目に入るようにするよ!」
「「「だから……また戻って来い(来て)よー!!」」」
そんな言葉を背で聞きながら、振り向くことはなく、俺は手を挙げて応えた。
この先に待っているものは何なのか。
不安を抱えながらも、俺は村を去った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も宜しくお願い致します。




