ゼインの決意と違和感
世界は確実に何かを変え始めている。
守られるだけだった少年が、自ら力を求めるとき――
物語は静かに動き出していきます。
いい朝だ。
雲一つない晴れ晴れとした空。
だが、俺たち家族の表情は一向に晴れない。
ヴァッシュとノルドが昨夜から帰らず、半日以上が過ぎていた。
その日、警鐘を鳴らした村人によると、ヴァッシュから門をすぐに閉じるよう言われ、
そのまま二人は森の方へ向かったらしい。
「お父さんもノルドお兄ちゃんも大丈夫だよね」
ミリが不安そうに呟く。
「大丈夫。お父さんはとても強いから。ノルドくんだって、きっと大丈夫よ」
レリーナはそう言って、心配そうなミリを優しく抱きしめた。
「お母さん。一つ聞いてもいい?」
「なぁに?」
「どうして毎回、お父さんだけが一人で外へ向かうの?他の大人も戦えそうなものだけど」
今までトラブルがある時は、ヴァッシュだけが飛び出していっていた。
他の村人も戦えるはずなのに、なぜ任せきりなのか疑問だった。
「そうねぇ。強すぎるからかしら」
「強すぎる?」
「えぇ。実はね、お父さんとお母さんは昔、冒険者をしていたの。これでも結構有名だったのよ?」
レリーナは少し懐かしそうに微笑む。
「最初は他の人たちも防衛に参加していたんだけど、お父さん一人の方が効率がいいってなったらしくて。それで、お父さんは前線、他の人たちは村の防衛に回るようになったの」
「そうなんだ」
(確かに……手合わせの時の動きについていける村人なんていないよな)
「でも、そんなお父さんがこれだけ帰ってこないなんて……」
「大丈夫。じきに帰ってくるわ」
そう言って安心させるように微笑むレリーナ。
――その時だった。
ドンッ!ドンッ!
「!?」
玄関の扉が強く叩かれた。
「はーい。ちょっとお待ちください」
レリーナがドアを開けると、そこには息を切らしたローゼスさんが立っていた。
「ハァ、ハァ……帰ってきた!レリーナさん!ヴァッシュさんとノルドが帰って来ました!」
「本当!?」
「はい!今、村の入口にいます!皆さんで迎えに行ってください!僕もラミネとリゼを連れて後で向かいます!」
「えぇ!分かったわ!ありがとう!」
そう言い終えるや否や、ローゼスは再び走り去っていった。
「ミリ!ゼイン!お父さんを迎えに行きましょう!」
「「うん!」」
俺たちはすぐに家を飛び出し、村の入口へと向かった。
そこにはすでに多くの村人が集まっており、その中心にヴァッシュとノルドの姿があった。
「ヴァッシュ!」
「レリーナ!ミリ!ゼイン!」
駆け寄ると、四人で強く抱き合う。
その温もりで、ようやく無事を実感できた。
「ノルドくんも。無事で良かったわ」
「ハハッ、ヴァッシュさんに助けられながら、なんとか」
笑いながら答えるノルド。
見たところ、大きな怪我はなさそうだった。
そこへ――
「ノルド!」
「母さん!父さん!」
ラミネとローゼスも駆けつけ、ノルドを抱きしめる。
さらにその後ろから、村長とリゼリアも姿を見せた。
村長もノルドと固く抱擁を交わす。
リゼリアはその様子をじっと見つめた後、ノルドの前へと歩み寄り――
抱きつきはせず、ただ一言。
「おかえり」
「リ、リゼリア!もう一度!もう一度言ってくれ!」
「ん~!やだ!」
抱きつこうとするノルドを拒否するリゼリア。
そのやり取りに、周囲の村人たちから笑いが起きる。
日常が戻ってきた――そんな実感があった。
「ヴァッシュ。今回は大変だったな」
村長が改めて声をかける。
「ちょっと大変でしたけど、ノルドも頑張ってくれましたから」
「よく言いますよ。『どれだけやれるか見せてみろ!』って、ほとんど僕に任せきりで。それで時間がかかったんですから」
「まぁそうだったの!?ヴァッシュ!みんな心配してたのよ!」
レリーナがぴしっと叱る。
「悪かったよ。あのノルドがモンスター相手にも戦えるようになってるのが嬉しくて、ついな」
「まったくもう……」
呆れながらも安堵の表情を浮かべるレリーナ。
「まぁまぁ。無事に帰って来てくれただけでも良かったです」
「そうね。ヴァッシュさんがいなかったら、この子だけじゃなく村もどうなっていたか」
ローゼスとラミネが場をなだめる。
「そうじゃな。まずは二人を労うとしよう。さぁみんな!宴の準備だ!」
「「おぉー!」」
村長の一声で場の空気は一変し、祝宴の準備が始まった。
「じゃあ僕らも行こうか。では皆さん、また後で」
リゼリア一家もその場を後にしようとした、その時――
「あ〜、村長」
「ん?なんだ?ヴァッシュ」
「いや、大したことじゃないんですが……後で少し報告があるので、お時間いただけますか?」
「……あぁ。わかった。私の方から伺うよ」
「ありがとうございます」
(大したことじゃないのに、村長に報告?)
少し引っかかりを覚えながらも、その場は解散となった。
ノルドとリゼリアのやり取りは、まだ続いていた。
家に帰り、軽く昼食を済ませると、
ミリはぐっすりとお昼寝してしまった。
ヴァッシュが帰って来て安心したのだろう。
俺も布団に入り、うとうとしていると――
コン、コン……
控えめなノックが響いた。
ドアが開く。
「村長。どうぞ中に」
「あぁ。お邪魔するよ」
パタン、と静かにドアが閉まる。
「子ども達は寝ているのかね?」
「えぇ。二人とも、先ほど寝たところです」
「そうか。うちのリゼリアも、昼を食べるなり寝てしまってな。ノルドはその寝顔を見ながらご満悦だったが」
ハッハッハと小さく笑う村長。
「ところで……ヴァッシュ。何があったんだ?」
その一言で、空気が変わる。
「私も席を外しましょうか?」
レリーナが静かに問いかける。
「いや。レリーナも一緒に聞いてくれ」
「……わかったわ」
レリーナも真剣な表情になる。
そして、ヴァッシュが語り始めた。
俺は寝たふりをしたまま、耳を澄ませる。
「昨夜、警鐘を聞いて村の外へ向かうと、前と同じように複数のモンスターがいた。それ自体は問題ないんだが……前回と違って、戦い方が妙だった」
「妙、とは?」
「あぁ。普通はただ突っ込んでくるだけだが、今回は動きに統率があった。それに……後方に赤い光が見えた」
「それって……」
「恐らく、魔物だろう」
「なんじゃと?間違いないのか?」
村長の声に動揺が混じる。
「魔石を入手できたわけではないので断定はできません。ただ、あの光は魔物特有の魔石の色に酷似していましたし、あの統率された動き……可能性は高いかと」
「……そうか」
重く頷く村長。
「この件は、冒険者ギルドに報告した方が良いでしょう」
「そうじゃな。すぐに書状をしたためよう。では、わしは戻るよ。ヴァッシュ、改めてノルドをありがとう」
「いえ。ノルドも強くなっています。努力しているのがよく分かりますよ」
「ハッハッハッ。ヴァッシュがそう言うなら安心じゃ。では、またのぅ」
ガチャ、パタン。
村長は帰っていった。
「大事にならなければいいけど……」
「あぁ。まったくだ」
重い空気が部屋に残る。
その中で――
「お父さん、お母さん」
「「!!」」
俺は声をかけた。
「ゼイン。起きてたの?」
「うん」
「いつからだ?」
「村長さんが来たくらい」
「最初からか。……心配するな。お父さんが守ってやる」
その言葉を聞いて、俺は決意を固めた。
「お父さん、お母さん。僕に剣と魔法を教えてほしい」
ヴァッシュとレリーナは、ぽかんとした顔をしていた。
少しの間を置いて――
「どうして、そう思ったんだ?」
「僕も守れる力が欲しい。家族を、みんなを守りたい」
ヴァッシュは俺の目をじっと見つめる。
やがて、ふっと優しく笑った。
「わかった。お父さんが稽古をつけてあげよう」
「ほんと!?ありがとう、お父さん!」
「私もいいわよ。でも試験に合格したらね」
「うん!」
こうして、俺の稽古が始まった。
まずは体力作りからだ。
「剣を振るうには、最低限の体力と筋力が必要だからね。とりあえず、息切れせずに村を三十周できるようになるまで頑張ってもらうよ」
「ひ〜!!」
笑顔のヴァッシュと、半泣きの俺。
村をゆっくりと五周したところで、体力が尽きてしまった。
「まぁ最初はこんなものさ。ゼインは頑張った方だよ」
ヴァッシュの声が、遠くからかすかに聞こえる。
動けるくらいまで回復すると、今度は木剣を使った稽古に移る。
「剣はただ振るえばいいわけじゃない。力を入れる瞬間を見極めることで、最大の切れ味を発揮するんだ」
そう言うとヴァッシュは、その場にあった石を軽く投げた。
そして――それを狙って木剣を振るう。
その一振りに、一切の迷いはない。
振り抜かれた木剣は、石をすり抜けたように見えた。
だが、石が地面に落ちると――
パカッ
綺麗に真っ二つに割れていた。
「えっ!」
思わず声が漏れる。
「これ……切ったの?木剣で?」
「あぁ。木剣でも、正しく使えばこの通りさ」
まるで当たり前のように答えるヴァッシュ。
「これって普通の人でもできるの?」
「無理とは言わないが、普通だと少し厳しいな」
(少しってレベルか?)
「どういうこと?」
「稽古を積めばできるようになるかもしれない。ただ、お父さんの場合はジョブも関係している」
(ジョブ……!)
「そのジョブって何なの?」
「そうか、まだ話してなかったね。ジョブっていうのは、みんな十五歳になると儀式によって得られる、神様からの祝福のことだ」
「祝福?」
「そう。その儀式を受けると、それまでに強く影響を受けてきたものが候補として現れる。その中から一つを選ぶんだ」
(そういう仕組みか)
「じゃあ、なりたいジョブになれるの?」
「大体はね。ただ、全員がそうとは限らない。影響には良いものもあれば、悪いものもあるから」
「そうなんだ。ちなみにお父さんのジョブは?」
「剣闘士だよ。お父さんのお父さん、つまりゼインのおじいちゃんも剣が上手でね。その影響かな」
「すごい!かっこいい!」
「ハハッ。でも最初は剣士だったんだよ。色々やってるうちに変わったんだ」
「冒険者だったんだよね?ジョブって変わるの?」
「そう。レベルが上がると、上位のジョブに変化することがあるんだ」
「へぇ……面白い!ジョブを得るとどうなるの?」
「そのジョブに応じた恩恵やスキルが使えるようになる。お父さんなら、剣のスキルが使えたり、習得が早くなったりするね」
「じゃあ僕も剣士になろうかな!」
「ハハハッ。嬉しいけど、ゼインはこれから色んな経験をするだろう。その上で、自分の道を選べばいい」
「うん!わかった!」
「それと安心しなさい。ジョブが違っても、初級から中級のスキルなら努力次第で習得できる。中級は大変だけどね」
「そうなんだ。じゃあ頑張ればいけるかもしれないんだね」
「そうだよ。剣も魔法も、努力次第。それはジョブを得てからも変わらない」
(努力次第か。頑張らないとな)
「よし!いい休憩になったし、続きをやろうか!」
「ひー!」
こうして、ヴァッシュとの稽古は夕方まで続いた。
動けなくなった俺をヴァッシュが担いで家路についた。
しかし、ジョブか。
これから俺はどんな道に進むんだろうな。
そう考えたとき――
胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚がよぎった。
「……?」
うまく言葉にできない違和感。
けれど、それ以上考えても何も浮かばず、
俺は小さく首を振った。
父の強さ、魔物の気配、そして“ジョブ”という存在。
少しずつ明らかになるこの世界の仕組みの中で、ゼインは自分の道を考え始めました。
理由の分からない空白。
それが何を意味するのか。
本人が知るのはもう少し先です。
それを知ったとき、彼の運命は大きく動き出していきます。
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