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第三十三話:白い森の足跡と、小さな意思


 見回りの朝は、霜と共に来た。


 雪解けが進んだとはいえ、夜明け前の冷え込みは、まだ冬の名残をたっぷりと引きずっている。昨日まで泥だった道の表面は、うっすらと白く凍りついて、朝日の中で硬質にきらめいていた。昼には、また泥へ戻るのだろう。凍っては解け、解けては凍る。季節の変わり目の大地は、そうやって行きつ戻りつしながら、少しずつ春のほうへと寝返りを打っていく。


 我が家の土間には、昨夜のうちに支度を終えた道具たちが、静かに出番を待っていた。磨き上げられた弓。矢の詰まった矢筒。検分の済んだ縄の束。腰の山刀。背負い袋には、干し肉と、母が朝一番に焼いたパンと、水筒。


 父は、いつもと同じ朝餉を、いつもと同じ穏やかさで平らげ、いつもと同じように僕の頭を撫でた。


「じゃあ、行ってくるよ。アレンは、母さんの言うことをよく聞いて、いい子にしているんだよ?」


「うん。……えんそく、きをつけてね」


「ふふ、ちゃんと覚えていたんだね。ああ、気をつけて行ってくるよ。……お土産の枝も、忘れずに、ね」


 戸口で母が父の襟元を直し、二人が何事かを小さく言い交わす。行ってらっしゃい、と母が言い、行ってきます、と父が答える。何百回と繰り返されてきたに違いない、朝の挨拶。


 その、何でもないやり取りを、僕は板の間から、じっと見ていた。


 昨夜のうちに、僕は自分の中の淡い引っ掛かりに、いちおうの折り合いをつけていた。男衆全員での見回り。頼もしい面子。父の言う通り、遠足のようなものだ。冬の森が静かだったことには、獣たちが早めに巣ごもりしたという、まっとうな説明がついている。理屈の上では、何ひとつ、案じることはない。


 理屈の上では。


 戸口を出た父は、道の先で合流したウィリアムさんと何か言い合って笑い、その笑い声が、凍った朝の空気を渡って、家の中まで届いた。バルカさんの巨躯が加わり、村の他の男たちも三々五々、東の森のほうへと吸い込まれていく。


 その後ろ姿が雑木の向こうへ消えるまで、僕は板窓の隙間から、見送り続けた。




 男衆の留守を預かる村は、それはそれで、賑やかだった。


 女衆は申し合わせたように互いの家を行き来し、雪解けで始まった大洗濯と繕い物の共同戦線を張った。我が家にもナタさんとグレシアさんが娘たちを連れて集まり、井戸端ならぬ、竈端会議が開かれることになった。


 子供たちは子供たちで、泥の乾き具合を見極めながらの外遊びである。


 今日の議題は、フィナ提唱の「はるのだいてんらんかい」――雪像に代わる、次の展示物の選定会議だった。

 泥だんご、花、木の枝の城。候補は次々に挙がっては、実現性の壁に阻まれて消えていく。花はまだ咲いていない。泥だんごは母たちの許可が下りない。


「じゃあさ、じゃあさ!きのえだの、けんは?おとこのこって、けん、すきでしょ!」


 ミアの提案に、僕は内心でこっそりと頷いた。

 奇遇だな、ミア。ちょうど今日、真っ直ぐな枝が一本、森から届く予定なんだ。


 昼を回り、日が傾き始めても、僕は時折、東の空を見ていた。理屈は折り合いをつけた。つけたはずなのに、視線だけが、勝手にそちらを向くのだった。


 男衆が帰ってきたのは、夕暮れの少し前だった。


 最初に届いたのは、声だった。遠くから近づいてくる、複数の男たちの話し声と笑い声。その響きに耳を澄ませた瞬間、僕は自分の肩から、知らずに入っていた力が抜けるのを感じた。


 声の調子が、朝と同じだったからだ。


 戸口へ駆け出すと、夕日を背にした一団が、道の向こうから歩いてくるのが見えた。誰も欠けていない。誰も慌てていない。肩には倒木から切り出したらしい薪材を担ぎ、腰には点検を終えた罠の部品を提げて、土と汗の匂いをまとった、働き終えた男たちの、いつもの帰還だった。


「ただいま、アレン。いい子にしていたかい?」


 父は僕を見つけると、荷を下ろすより先に片膝をつき、両腕を広げてくれた。飛び込んだ胸からは、森の匂いがした。針葉の緑と、湿った土と、焚き火の煙の匂い。


「はい、お約束のお土産だよ。森じゅう探して、いちばん真っ直ぐなのを選んできたからね」


 差し出されたのは、僕の背丈ほどの、見事に真っ直ぐな枝だった。皮は丁寧に剥かれ、握りのところは滑らかに削られ、先端は危なくないよう、丸く落としてある。ただ拾ってきたのではない。歩きながらの手すさびに、父がひと手間ふた手間、かけてくれたのだ。


「わあ……!けん!けんだ!」


「ふふ、気に入ってくれたかい?よかった。ああ、でも、お友達と遊ぶときは、お顔を狙っちゃいけないよ。お約束できるね?」


 僕は枝の剣を両手で掲げ、精一杯の騎士の顔で頷いてみせた。夕日の中で、剥かれたばかりの木肌が、飴色に光った。


 ――何事も、なかった。


 遠足は、遠足のまま終わった。僕の淡い引っ掛かりは、この夕日と、この枝の剣の前で、笑い話にすらならない杞憂として、静かに解けていくはずだった。


 その夜、僕が眠りに落ちる前に聞いた、両親の短いやり取りさえ、なければ。




 夜半、ふと目が覚めた。


 厠に立った母の気配で浅く浮上した意識が、そのまま沈み直そうとした時、暖炉のほうから、押し殺した声の断片が届いたのだ。


「……それで、罠のほうは、どうだったの」


 母の声だった。昼間の竈端会議の続きのような、なんでもない調子。けれど、どこか、確かめるような響き。


「うん……冬のあいだのは、やっぱり、ほとんど空だったよ。仕掛け直してきたから、これからに期待だね」


 父の声も、いつも通りに柔らかい。柔らかいまま、少しだけ、間があった。


「……ただね、マリア。ひとつだけ、妙なものを見つけたんだ」


 僕の眠気は、その一言で、音もなく消えた。


「南の沢の、少し上でね。……縄が、落ちていたんだよ」


「縄?……誰かの罠の?」


「いや、それがね。僕たちの誰の縄でもないんだ。ウィリアムにもバルカにも、みんなにも確かめたけれど、村の縄じゃない。撚り方が違うんだよ。もっと……なんて言うのかな、急いで撚ったような、粗い撚り方でね。それに、刃物で切られていた。ほどけたんじゃなくて、すっぱりと、ね」


 沈黙。薪が、ぱちりと爆ぜる。


「それとね。雪の残っている日陰に……足あとが、あったんだ」


「……獣の?」


「靴だよ。人の、靴の跡だ。大人の男の……それも、僕のよりも、ひと回り大きいくらいの。二人ぶん、いや、三人ぶんかな。雪が解けかけていて、はっきりとは数えられなかったけれどね」


 母が、何かを問い返す。父の声が、それに答える。


「森を、南から北へ……通り抜けて、いっただけみたいなんだ。村のほうへ折れた跡は、どこにもなかったよ。足あとは古かった。たぶん、まだ雪の深かった頃……ひと月か、もっと前のものだと思う」


 旅の者だろうか、と母。こんな山を、冬に、と続く声には、素直な不思議の色があった。


「うん……まあ、世の中には、急ぎの旅の人もいるものだからね。峠の道を嫌って、山を突っ切る猟師や、山師も、いないわけじゃないし」


 父の声は、あくまで穏やかだった。穏やかなまま、こう結んだ。


「ただ、まあ……用心はしておこうって、みんなで話したんだ。しばらくは、夜に交代で、火の番を立てようってね。ほら、雪解けの時期は、腹を空かせた獣が里に近づくこともあるだろう?ちょうどいい機会だから、ね」


 獣のため。その理屈の座りの良さが、かえって、耳に残った。


「……そう。ふふ、あなたたちが決めたのなら、きっとそれがいちばんいいのね。夜は冷えるから、あたたかい格好で行くのよ」


「ありがとう。ふふ、マリアの編んでくれた襟巻きがあるから、大丈夫だよ」


 やり取りは、そこで柔らかくほどけて、やがて二人の寝支度の気配に変わった。


 僕は毛布の中で、目を開けたまま、天井の梁を見ていた。


(……村の誰のものでもない、切られた縄。大人の男の、複数の足あと。南から、北へ)


 頭の中に、村の周りの地理が、拙いなりに広がる。南。南には何がある。父が石を拾ったという、あの古い洞窟のある方角。そしてもっとずっと先には、峠の道と――地図の上の、大国。


 北には、何が……分からない。僕はまだ、この村の外を、何ひとつ知らない。


(通り抜けた、だけ。村には、寄らなかった。ひと月も前の話。……もう、遠くだ)


 理屈は、今夜も正しく喋る。旅人。山師。急ぎの猟師。世界には、僕の知らない往来が、それなりにあるのだろう。現に、何も起きていない。誰も欠けず、何も盗られず、遠足は遠足のまま終わった。


 ただ――理屈の足元で、あの熱の夜に震えていたのと同じ場所が、また、ひとつだけ、小さく鳴った。


 静かすぎた、冬の森。空のままだった罠。獣たちは、何を察して隠れたのか。……あの晩、シチューの湯気の中へ溶かしたはずの問いが、雪の下から現れた縄と足あとの形をして、そっと、地表へ顔を出していた。


(……足あとの主が通ったから、森が静かだった? いや、ひと月やそこらの通行で、ひと冬まるごと獣が消えるものか?……順序が、逆かもしれない。森が先に静かで――その静かな森を、誰かが、通った……?)


 繋がりそうで、繋がらない。材料が、決定的に足りない。一歳児の行動半径では、確かめる術も、ない。


 僕は長い息をひとつ吐いて、その札を――「縄と足あと」と書かれた新しい札を、頭の棚の、例の段へ載せた。関所の札の、すぐ隣に。


 棚が、少しずつ、埋まっていく。それが何の棚なのかは、まだ、名づけないでおいた。




 火の番は、翌る日の夜から始まった。


 村の広場の端、井戸にほど近い場所に、簡素な焚き火の座が設えられた。男衆が二人ひと組で、夜を三つに割って番をする。獣避けの火を絶やさず、時折、村の縁をひと回りしてくる。それだけの、静かな務めだ。


 昼間の村は、その決定を、驚くほど自然に呑み込んでいた。女衆は番に立つ男たちのために夜食の算段を立て、火の番かご゙っこを始めた子供たちは、広場の隅に小枝の「たきび」を組んで騒いだ。夜の火は、いつのまにか、警戒の火というより、村の新しい団欒の種火のような顔をして、暮らしの中へ収まっていった。


 父の番は、三日目の晩に回ってきた。組む相手は、ウィリアムさん。


 その日の夕餉は、少しだけ早めだった。母は言葉通り、父の首へ厚手の襟巻きをぐるりと巻き、湯を満たした革袋と、パンと燻製肉の包みを持たせた。


「じゃあ、行ってくるよ。……ふたりとも、戸締まりをして、あたたかくしておやすみね」


 父は僕を抱き上げてひとしきり頬ずりをし、母と何事かを笑い合って、夜の色の濃くなり始めた広場のほうへと歩いていった。


 僕はその晩、なかなか寝つけなかった。


 理由の半分は、例の棚の札たちだ。そしてもう半分は――もっと単純な、子供じみた落ち着かなさだった。この家の夜に、父の寝息がない。生まれてこのかた、数えるほどしかなかったことが、妙に心細くて、妙に、気になる。


 だから、夜半に浅く目が覚めてしまった時、僕は毛布から抜け出して、板窓の隙間へ、そっと目を寄せた。


 夜の広場に、火が、あった。


 小さな、オレンジ色の火。その火を挟んで、二つの人影が座っている。大きいのが、父。もうひとつの、時折大きく身振りをするのが、ウィリアムさんだろう。話し声は、ここまでは届かない。ただ、時折、ウィリアムさんの笑い声の弾けるのだけが、夜気を渡って微かに聞こえた。


 なんだ、と僕は思った。なんだ、本当に、遠足の続きみたいじゃないか。


 安堵して、寝床へ戻りかけた、その時だった。


 風向きが、変わったのだと思う。


 途切れ途切れに、低い音が、届き始めた。話し声ではない。もっと、ゆるやかに続く音。……歌だ。誰かが、ごく小さく、歌っている。


 僕は窓の隙間へ、耳を寄せ直した。


 旋律の切れ端が、夜風に乗って、届いては、途切れる。それでも、分かった。分からないはずが、なかった。


 ――凍てつく森を、独り行く僕を。呼び止めたのは、君が灯した窓の火だった。


 父の、歌だった。


 収穫祭の夜、母に捧げた、あの琥珀色の歌。焚き火を前に、夜の番のつれづれに、父はあの歌を、小さくハミングしているのだった。時折、ウィリアムさんの声がそこに混ざる。冷やかしているのか、いっしょに口ずさんでいるのか。火影の中で、大きな影が、照れたように頭を掻くのが見えた気がした。


 僕は、窓辺に座り込んだまま、しばらく、その途切れ途切れの旋律を聴いていた。


 弓を引く手は、獲物を屠るためでなく。今はただ、君とあの子を守るためにある――。


 歌詞のその一節が、夜風に乗って届いた時。僕の中で、ずっと形にならずにいたものが、静かに、輪郭を結んだ。


(……そうか。父さんは、ずっと、そうだったんだ)


 火の番も、命綱の縄も、磨かれた弓も、「正しく怖がれ」の教えも。父の暮らしのすべては、最初から、あの歌の通りにできていた。恐れを煽らず、騒がず、けれど備えを怠らず、夜には火を焚いて、家族の眠りの外側に、そっと立つ。守るということを、父は、力むことなく、呼吸のように、ただ淡々と続けている。


 僕が石を握って、灯して、消して、一喜一憂しているあいだも。ずっと。


(……僕は、まだ、あの火の内側にいる。父さんたちが焚いてくれる火の、あたたかい内側に)


 それでいい、と誰もが言うだろう。一歳と十一ヶ月。守られるのが仕事のような歳だ。分かっている。分かった上で――窓の外の小さな火を見つめる僕の胸の奥で、何かが、はっきりと、向きを変えたのだった。


 知りたい、から始まった。この世界の理を、魔力の正体を、ただ知りたくて、僕は暗闇を這ってきた。その気持ちは、今も消えていない。


 けれど、今夜からは、それだけじゃない。


(強くなろう。……いつか、あの火の外側に、父さんと並んで立てるように)


 縄と足あとの札が、棚の上で、裏返らないままでいてくれるように。もし万一、裏返る日が来たとしても――その時、僕の掌の火が、蝋燭ひとつぶんでも、この家の誰かの役に立つように。


 誓いというには、まだ幼い。宣言というには、あまりに小さい。それでもそれは、僕がこの世界で初めて、自分の力の「使い道」を、自分の言葉で決めた瞬間だった。


 広場の火が、ひとつ、大きく爆ぜて、火の粉が夜空へ昇った。


 僕は冷えた足先をさすりながら寝床へ戻り、枕元の木のうさぎと、ふたつの石の巾着に、いつもの挨拶をして、目を閉じた。


 遠く、途切れ途切れの琥珀色の旋律に、送られながら。




 それから数日、村の暮らしは、ゆっくりと日常の速度へ戻っていった。


 火の番は続いていたが、夜ごとの火は何事も照らし出さず、村の縁を回る足音は、いつも同じ静けさを連れて帰ってくるだけだった。縄と足あとの話は、大人たちのあいだでも、次第に口の端へ上らなくなった。雪解けは進み、日陰の残雪は日ごとに痩せ、南の沢の足あとも、もう、水になって流れてしまっただろう。


 子供たちの世界では、枝の剣が、一大旋風を巻き起こしていた。


 僕への土産の一本から始まった剣ブームは、フィナが父にねだって二本目を、ミアとリアがバルカさんの手で揃いの二本を手に入れるに至り、ついに「はるのだいてんらんかい」の議題は「けんしのぶとうかい」へと差し替えられた。顔を狙わない、突かない、泣いたら終わり。三箇条の御誓文のもと、泥の乾いた広場の隅で、日々、木剣の乾いた音が響いた。


 武闘会の覇者は、言うまでもなく、フィナだった。腰の鈴をちりんちりんと鳴らしながら振り回される赤毛の剣は、年下三人には、まったくもって手がつけられなかった。僕はといえば、一歳児の腕力と間合いでは、そもそも土俵に上がることすら困難で、もっぱら「おうさま」の役――玉座(切り株)に座って、勝者に木の枝の勲章を授ける係――に落ち着いた。


 ある日の夕暮れ、その日も武闘会を制したフィナが、勲章を受け取りながら、ふと、僕の顔をじっと見た。


「……ねえ、アレン。あんた、なんか、かわった?」


「……?かわってないよ?」


「ううん、かわった。……なんか、こう……」


 彼女は言葉を探して眉を寄せ、結局、見つからなかったらしい。ま、いっか、と呟いて、それから、いつもの調子でびしりと僕を指差した。


「あんたがどうかわっても、あたしがまもってあげるんだから、しんぱいしないでいいのよ!」


「……うん。ありがと、フィナ」


 変わったのだとすれば、心当たりは、ひとつしかない。あの火の番の夜から、僕の毎晩の修行には、新しい銘が打たれていた。知るための力から、守るための力へ。積み上げる反復は同じでも、その一回一回の重さが、僕の中では、確かに変わっていた。


 四歳の守護者の目ざとさに内心で舌を巻きながら、僕は王座の上から、夕焼けの村を眺めた。


 広場の井戸端では、女衆が夕餉の水を汲みながら、リリアンさんの産み月の噂で花を咲かせている。もういつ生まれてもおかしくないらしい、オーレンさんはとうとう畑で鍬を握ったまま立ち尽くしていたらしい、と笑い声が弾ける。家々の煙突からは夕餉の煙が立ちのぼり、火の番の焚き木が、今夜のぶんも、広場の端にきちんと積まれている。


 東の森は、夕日を受けて、静かに立っていた。


 雪はもう、梢のどこにも残っていない。ひと冬のあいだ森を覆っていた白は消え、隠れていたものはすべて――縄も、足あとも――地表へ出て、そして、水と一緒に流れ去った。森はただ、いつも通りの、深い緑の顔で、そこに在る。


(……何も、なかった。それで、いいんだ)


 札は、裏返らなかった。杞憂は、杞憂のまま、春に呑まれていく。それこそが、いちばん上等な結末だ。


 僕は玉座から立ち上がり、枝の剣を杖代わりに、夕餉の匂いのする我が家へと歩き出した。


 トテトテ、という僕の足音は、この一年で、ずいぶんとしっかりした響きになった。もうすぐ、二歳になる。春が来て、新しい命が生まれて、行商が峠を越えてきて、泥は道になり、溶けた竜を、また作る。


 夜になれば、広場に小さな火が灯るだろう。


 その火の内側で、僕は今夜も、掌にもうひとつの小さな火を灯す。誰にも見えない、蝋燭ひとつぶんの火を。いつかそれが、誰かの夜を照らす日のために。


 夕焼けが、村を、森を、世界のぜんぶを、深い琥珀色に染めていた。


 あの歌と、同じ色だった。


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