第94話「第零封印」
地下遺跡の最深部。
レオたちは、ゆっくりと通路を進んでいた。
先ほどまで聞こえていた異様な声は、もう聞こえない。
ただ、遠くから規則的な音だけが響いている。
コツ……。
コツ……。
カイが剣を構えたまま歩く。
「さっきの奴、本当に消えたのか?」
「分からない」
レオは前を見たまま答えた。
「でも、あいつが残した言葉は気になる」
ミナが首を傾げる。
「『第零封印』ってやつ?」
「そうだ」
ガイアが続ける。
『あの男自身も、何かに封じられていたように見えた』
「境界の残骸……」
レオが呟く。
「もしかすると、あいつも三百年前の実験の犠牲者なのかもしれない」
守護者が突然立ち止まった。
「……」
レオも足を止める。
「どうした?」
守護者は前方を指差した。
暗闇の中に巨大な扉が見える。
扉には、これまでとは違う紋章が刻まれていた。
三つの円。
一本の縦線。
そして、その中心に小さな黒い円。
「これが……第零封印?」
ミナが近づく。
扉の横には古い文字が刻まれていた。
レオが読み上げる。
「『境界に触れた者、ここより先へ進むべからず』」
カイが苦笑する。
「それ、入るなって書いてあるぞ」
「そうだな」
レオは扉を見る。
「でも、ここまで来て帰るわけにもいかない」
ガイアが笑う。
『お前ならそう言うと思った』
守護者が扉へ手を伸ばす。
白い光が広がった。
しかし――
バチッ!
守護者の手が弾かれる。
「守護者!」
レオが駆け寄る。
守護者は腕を押さえながら扉を見つめている。
「……開けられないのか」
ガイアが言う。
『この封印は、守護者だけでは開けられないらしい』
レオが扉を見る。
「じゃあ、俺が……」
手を伸ばす。
瞬間。
扉に刻まれた黒い円が光った。
ズズズ……。
レオの腕に、黒い紋章が浮かび上がる。
「っ……!」
ミナが心配そうに近づく。
「レオ、大丈夫?」
「ああ……」
レオは歯を食いしばる。
黒い紋章が扉へ吸い込まれていく。
すると――
カチッ。
小さな音がした。
扉が開く。
「……俺で開いた」
カイが警戒する。
「罠じゃないだろうな」
「分からない」
レオは鎖を出す。
「だから、全員で進む」
五人は扉の向こうへ入った。
そこは、これまでの遺跡とは違っていた。
壁も床も真っ白な石で造られている。
中央には巨大な円形の台座。
その上に、一つの箱が置かれていた。
ミナが息を呑む。
「……何あれ?」
レオが近づく。
箱には文字が刻まれていた。
『黒き欠片を封じる』
「黒い欠片……」
レオが箱を見つめる。
「やっぱり、あれはここから出たものだったのか」
カイが周囲を見る。
「じゃあ森にあった欠片も?」
「たぶん」
ガイアが周囲を警戒する。
『問題は、誰が持ち出したかだ』
レオは箱を調べる。
蓋には鍵穴が一つ。
その横には――
『魂を持つ者のみ、これを開けよ』
と刻まれている。
ミナがレオを見る。
「レオなら開けられる?」
「やってみる」
レオが箱に手を置く。
すると――
周囲から無数の声が聞こえてきた。
『……閉じて……』
『……開けないで……』
『……また来る……』
レオが顔をしかめる。
「この声……」
死者たちだ。
箱の中に何かがある。
「みんな、ここに何かを封じてる」
レオは目を閉じる。
「聞かせてくれ」
死者たちの声が重なる。
『三百年前……』
『門が開いた……』
『黒き欠片が生まれた……』
『そして――』
一つの声が、はっきりと響いた。
『欠片は、門を開くための鍵ではない』
レオが目を開く。
「……え?」
カイが聞き返す。
「じゃあ何なんだ?」
レオは箱を見つめる。
「黒い欠片は……」
死者の声が続く。
『門を開くものではない』
『門を壊すものだ』
空気が凍りついた。
ミナが息を呑む。
「門を……壊す?」
ガイアが低く呟く。
『それなら、森の黒い力が境界を壊そうとしていたこととも繋がる』
レオが頷く。
「でも、まだ分からない」
箱へ手を伸ばす。
「この中に、もっと詳しい記録があるはずだ」
その瞬間。
背後から声がした。
「そこまでだ」
五人が一斉に振り返る。
入口に――
先ほどの黒衣の三人が立っていた。
カイが剣を構える。
「またお前らか!」
先頭の男が黒い欠片を掲げる。
「その箱を開けるな」
レオが睨む。
「なぜだ?」
「それを知れば――」
男が一歩踏み出す。
「お前は、この世界の境界を壊す側になる」
レオの目が鋭くなる。
「……俺が?」
「そうだ」
男の手から黒い光が溢れる。
「お前の力は、死者を導くためだけに存在するものではない」
レオの鎖が展開する。
「なら、確かめてやる」
カイが並ぶ。
「俺も付き合う」
ミナも杖を構える。
「私も」
ガイアが笑う。
『もちろんだ』
守護者がレオの隣へ立つ。
五人が構えた。
黒衣の三人も武器を構える。
その瞬間――
台座の上の箱が、ひとりでに開いた。
カチッ。
全員が振り返る。
箱の中には――
黒い欠片ではなく、一枚の古い石板が入っていた。
石板には、たった一文。
『死界の門を壊す者は、世界そのものを壊す』
レオはその言葉を見つめた。
そして、石板の裏側に刻まれた小さな文字に気づく。
『ただし――』
その先を読んだ瞬間。
レオの表情が変わった。
――第94話・完――




