第90話「地下遺跡の記録」
地下通路の奥。
レオたちは、ゆっくりと足を進めていた。
先ほどまで聞こえていた複数の足音は、いつの間にか消えている。
「……静かすぎるな」
カイが剣を構えたまま周囲を見回す。
ミナも杖を握り直した。
「さっきまで誰かいたはずなのに……」
ガイアが低い声を響かせる。
『気配が消えたんじゃない』
「え?」
『俺たちを待っている』
レオが足を止めた。
「待っている……?」
『ああ』
その瞬間。
守護者が前方を指差した。
通路の先に、巨大な石扉があった。
扉には、三つの円が重なったような紋章。
その中央には縦線が一本刻まれている。
「この紋章……」
レオが近づく。
「境界監視者と同じだ」
カイが眉をひそめた。
「ってことは、セイルたちと関係があるのか?」
「分からない。でも……」
レオは扉に手を近づける。
すると――
守護者の身体から白い光が漏れた。
石扉が震える。
ゴゴゴゴ……。
ゆっくりと扉が開いていく。
その向こうに広がっていたのは、巨大な地下空間だった。
壁一面に古い文字。
中央には円形の石台。
そして、その上には何冊もの古びた書物が並んでいた。
ミナが目を見開く。
「本……?」
レオが石台へ歩み寄る。
「三百年前のものかもしれない」
カイが一冊を手に取る。
「こんな場所にずっと残ってたのか」
「慎重に扱って」
「分かってるって」
ミナが別の書物を開く。
ページには、古い記録がびっしりと書かれていた。
「読める……」
レオも隣から覗き込む。
そこには――
『死界への門について』
と記されていた。
レオの表情が変わる。
「これだ……」
ミナが読み進める。
「死界への門は、単なる異世界への扉ではない……?」
レオが続きを読む。
「『生者と死者、その双方の境界に存在する』」
カイが首を傾げる。
「それって、今まで分かってたことじゃないのか?」
「ここから先が違う」
レオの指が止まる。
『門を開く者が存在する一方、門を閉じる者も存在する』
『しかし――』
次の文章を読んだ瞬間。
レオの顔から表情が消えた。
「……何?」
ミナが覗き込む。
そこには――
『門を開く者でも、閉じる者でもない存在がいる』
「……?」
『境界そのものを喰らう者』
部屋の空気が変わった。
ガイアが低く唸る。
『やっぱりか……』
レオが振り返る。
「知ってるのか?」
『いや。正確には知らない』
「じゃあ、なんで……」
『森で戦った奴ら』
ガイアが続ける。
『あいつらは、死者の魂だけを食っていたわけじゃない』
レオは思い出す。
黒い空間。
無数の魂。
巨大な黒い核。
そして――
あの声。
『こちらへ来い』
レオは拳を握った。
「……境界そのものを喰らう存在」
守護者が書物へ近づく。
すると――
一枚のページが勝手にめくれた。
そこには、守護者によく似た姿が描かれていた。
「これ……」
ミナが息を呑む。
その隣には、もう一体。
胸に黒い紋章を持つ存在。
「第二の守護者……」
レオが呟いた。
しかし、その下には見たことのない文章があった。
『二人の守護者は、同じ使命を持たない』
『白き守護者は、境界を閉じる』
『黒き守護者は、境界を監視する』
カイが驚く。
「監視……?」
レオはさらにページをめくる。
『しかし、二人が共に消えた時――』
そこで文章が途切れている。
「……続きがない」
ミナが別のページを探す。
「破られてる」
一枚だけ、ページが切り取られていた。
その切れ端の裏側に、文字が残っている。
レオが慎重に読む。
『もし境界を喰らう者が現れたなら――』
『鍵を死界へ送るな』
レオの目が止まった。
「……鍵を死界へ送るな?」
カイが首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「分からない」
その時。
地下遺跡の奥から――
ドン……。
鈍い音が響いた。
全員が振り返る。
ドン……。
今度は近い。
守護者が前へ出る。
ガイアも警戒する。
『来るぞ』
「何が?」
返事の代わりに――
壁の一部が崩れた。
大量の土砂が落ちる。
その向こうから、黒い霧が流れ込んできた。
ミナが杖を構える。
「黒い力……!」
レオは死者の鎖を展開する。
「みんな、構えて!」
黒い霧の中から――
ゆっくりと人影が現れる。
しかし、今度は一人ではない。
三人。
全員が黒い外套を身につけている。
先頭の男が口を開く。
「その記録を見つけたか」
カイが剣を構える。
「お前ら、さっきの男の仲間か?」
男は答えなかった。
代わりに、レオを見つめる。
「ネクロマンサー」
低い声。
「その記録を持って帰ることは許さない」
レオの鎖が床を叩く。
「なら、力ずくで止めてみろ」
男の手に黒い光が集まった。
「……望み通りにしてやる」
地下遺跡全体が震え始める。
そして――
石壁の奥から、無数の黒い光が浮かび上がった。
ミナが息を呑む。
「まだ……あんなに……」
レオは前を見据えた。
「冥夜の旅団――」
カイが剣を握り直す。
「分かってる」
ミナも杖を構える。
守護者が前へ出る。
ガイアが笑う。
『久しぶりに、全員で暴れられそうだな』
レオの鎖が黒く輝いた。
「行くぞ!」
地下遺跡の戦いが始まった。
――第90話・完――




