第89話「森に残された黒い欠片」
森の中に静寂が戻っていた。
先ほどまで響いていた魔物たちの咆哮も、すべて消えている。
レオはゆっくりと立ち上がった。
「……身体が重いな」
カイが肩を貸す。
「無理するな。かなり消耗してるぞ」
「ありがとう」
ミナが周囲を見渡す。
「魔物たちも、もう襲ってこないね」
地面には倒れた魔物たちがいる。
だが、胸にあった黒い光は消えていた。
ガイアが静かに呟く。
『黒い力が消えたことで、正気を取り戻したんだろう』
「じゃあ、もう大丈夫なのか?」
『少なくとも、さっきまでの状態ではない』
守護者が突然、森の奥へ顔を向けた。
「……」
レオが気づく。
「どうした?」
守護者は動かない。
ただ、何かを警戒している。
「まだ何かいる?」
守護者が頷いた。
ガイアの声も低くなる。
『俺も感じる』
レオたちは周囲を見渡す。
「魔物じゃないのか?」
『違う』
ガイアが答える。
『もっと小さい。けど……あの黒い力と同じ気配だ』
レオの表情が変わった。
「黒い欠片か」
三人は森の奥へ進んだ。
倒木を越え、茂みを抜ける。
やがて、地面に小さな黒い欠片が落ちているのが見えた。
「これだ」
レオがしゃがみ込む。
手を伸ばそうとした瞬間。
守護者がレオの腕を掴んだ。
「……触るなってことか」
守護者が頷く。
カイが剣を抜く。
「じゃあ、どうする?」
ガイアが答える。
『近づかずに調べよう』
レオは黒い欠片を見つめる。
表面には、あの黒い紋章が浮かんでいた。
「この紋章……」
ミナが眉を寄せる。
「黒き境界派のもの?」
「似てる。でも、少し違う」
レオは目を凝らす。
「今まで見たものより、古い」
その瞬間。
黒い欠片が動いた。
「!」
地面を滑るようにして、森の奥へ進んでいく。
カイが追おうとする。
「逃げるぞ!」
「待って!」
レオが止める。
「追いかける」
カイが振り返る。
「待つのか追うのか、どっちだよ」
「追う。でも、近づきすぎない」
ガイアが笑う。
『慎重になったな、レオ』
「何度も危険な目に遭ってるからな」
五人は欠片を追った。
黒い欠片は地面を転がり、森の奥へ進んでいく。
やがて――
一本の大木の前で止まった。
「ここ?」
レオが木を見る。
何の変哲もない大木。
しかし、守護者が木の幹へ手を当てた。
白い光が広がる。
すると――
ゴゴゴゴ……。
地面が震えた。
木の根元に、隠されていた石造りの階段が現れた。
カイが目を見開く。
「地下……?」
ミナが階段を覗き込む。
「こんなの、町の人たちも知らないよね」
レオは黒い欠片を見る。
欠片は階段を下りていく。
「こいつは、ここへ向かってたんだ」
ガイアが呟く。
『誰かが残した場所かもしれない』
レオたちは階段を下り始めた。
階段はかなり深い。
しばらく進むと、古い石造りの通路へ出た。
壁には、いくつもの文字が刻まれている。
ミナが壁に近づく。
「これ……古代文字?」
レオも見る。
「読める部分がある」
そこには、短い文章が刻まれていた。
『死者を眠らせる場所』
さらに奥。
『魂を縛るな』
そして最後に――
『境界に触れる者、黒き石を持ち込むべからず』
レオの顔が険しくなる。
「黒い石……」
カイが辺りを見る。
「ここも死界と関係してるのか?」
「分からない」
レオが答えた。
「でも、偶然とは思えない」
その時。
前方から小さな音がした。
コツ……。
コツ……。
誰かが歩いている。
カイが剣を構える。
「誰だ!」
返事はない。
レオも鎖を準備する。
「気をつけろ」
足音が近づいてくる。
コツ……。
コツ……。
そして――
暗闇の向こうから、一人の人影が現れた。
黒い外套。
顔は見えない。
その手には――
黒い欠片が握られていた。
「……それを返してもらおう」
低い男の声。
カイが剣を向ける。
「お前は何者だ?」
男は答えない。
ただ、レオを見つめる。
「……やはり、お前だったか」
レオが眉を寄せる。
「俺を知っているのか?」
男は小さく笑った。
「知っているとも」
黒い欠片が光る。
「三百年前から――」
一歩、後ろへ下がる。
「お前たちを待っていた」
「三百年前……?」
レオが一歩踏み出す。
しかし男の姿が黒い霧に包まれた。
「待て!」
レオが鎖を放つ。
だが――
鎖が霧をすり抜ける。
男の姿は消えていた。
床には黒い紋章だけが残されている。
ガイアが低く呟く。
『レオ……』
「分かってる」
レオは黒い紋章を見つめた。
「この森で起きたことは、ただの魔物騒ぎじゃない」
守護者も紋章を見つめている。
そして――
紋章の中央に、小さな文字が浮かび上がった。
『次は――死者ではなく、生者を喰らう』
レオの表情が変わる。
「……生者を?」
地下通路の奥から、不気味な音が響いた。
今度は一つではない。
複数の足音。
カイが剣を構える。
「どうやら、まだ終わってないみたいだな」
ミナも杖を握る。
「うん」
レオは鎖を展開する。
「行こう」
五人は暗闇の奥へ進んだ。
――第89話・完――




