第85話「森の主」
森の奥。
巨大な影が、ゆっくりと木々の間から姿を現した。
カイが息を呑む。
「……デカいな」
全身を黒い毛で覆われた巨大な獣。
四本の脚。
太い首。
そして額から伸びた一本の角。
体高は人間の三倍近い。
胸の中央には、これまでの魔物よりも遥かに大きな黒い光が浮かんでいた。
ミナが杖を構える。
「これが……森の主?」
『あれだけ大きな力を持つ魔物は珍しいな』
ガイアの声が響く。
レオは目を細めた。
「違う」
「何が?」
カイが聞き返す。
「こいつも……黒い力に操られてる」
巨大な獣が低く唸った。
「グルルル……」
その声だけで、周囲の木々が震える。
次の瞬間。
巨獣が地面を蹴った。
「来る!」
レオが鎖を伸ばす。
「《死者の鎖》!」
無数の鎖が巨獣の脚へ絡みつく。
だが――
ズズズズッ!
鎖ごとレオが引きずられた。
「ぐっ……!」
カイが走る。
「レオ!」
「大丈夫!」
レオが両足を踏ん張る。
「止まれ!」
さらに鎖を増やす。
一本。
十本。
数十本。
それでも巨獣の勢いは止まらない。
「レオ、無理だ!」
ミナが叫ぶ。
「《炎壁》!」
巨大な炎の壁が目の前に出現する。
巨獣が炎へ突っ込んだ。
「グオオオオオッ!」
炎をまとったまま、なお走り続ける。
「そんな……!」
ミナが後退する。
カイが横から飛び込んだ。
「俺が止める!」
剣を両手で握る。
「《裂空斬・弐》!」
巨獣の前脚へ斬撃を叩き込む。
ズガンッ!
「くっ……!」
剣が毛皮を切り裂いた。
しかし、浅い。
巨獣の爪が振り下ろされる。
「うおっ!」
カイが飛び退く。
地面が大きくえぐれた。
「まともに受けたら終わるぞ……!」
巨獣が再びカイへ向く。
その瞬間。
守護者が巨獣の前へ立った。
「……」
巨獣が足を止める。
守護者と巨獣が睨み合う。
レオが気づく。
「守護者……」
守護者の身体から白い光が広がった。
巨獣の胸にある黒い光が反応する。
「グオオッ!」
巨獣が守護者へ突進した。
守護者は逃げない。
両腕を前へ出す。
ドォン!
巨大な衝撃音。
守護者の身体が数メートル押し込まれる。
それでも倒れない。
カイが驚く。
「受け止めた……!」
レオが叫ぶ。
「今だ!」
ミナが魔法を放つ。
「《炎槍・連撃》!」
炎の槍が巨獣の側面へ突き刺さる。
巨獣が守護者から離れる。
カイが追撃する。
「《裂空斬》!」
斬撃が巨獣の肩へ入る。
「グオオオッ!」
巨獣が咆哮する。
レオはその隙を逃さない。
「《死者の鎖・拘束》!」
鎖が巨獣の四肢を一気に拘束する。
今度は動きを止めた。
「よし!」
しかし、巨獣の胸の黒い光が強く輝く。
「……!」
鎖が一本ずつ黒く染まっていく。
レオが驚く。
「俺の力まで……吸ってる?」
『気をつけろ!』
ガイアが叫ぶ。
『あいつは力を食ってる!』
「だったら――」
レオが鎖を切ろうとした。
だが、遅かった。
黒い光が一気に膨張する。
「うわっ!」
レオたちが吹き飛ばされる。
カイが地面を転がる。
「くそっ……!」
ミナも木に背中をぶつけた。
「痛っ……!」
守護者だけが立っていた。
巨獣がゆっくりと顔を上げる。
その目に、先ほどまでとは違う光が宿っている。
赤い瞳。
その奥に――
黒い紋章。
レオが息を呑む。
「……黒い紋章?」
胸の黒い光がさらに大きくなる。
そして。
巨獣の口から、人間の声が漏れた。
「……カエ……セ……」
レオの表情が変わる。
「今、何て……?」
「……タマシイ……ヲ……」
巨獣の身体が震える。
「……カエセ……」
ミナが呟く。
「しゃべった……」
カイも剣を構え直す。
「こいつの中に、誰かいるのか?」
レオは巨獣を見つめる。
確かに聞こえた。
あの声は魔物のものではない。
死者の声だった。
「……助けを求めてる」
レオが立ち上がる。
「こいつは敵じゃない」
カイが驚く。
「じゃあ、どうする?」
レオは胸の黒い光を見る。
「中にいる魂を救い出す」
ガイアが低い声で答える。
『なら、あの黒い力を壊す必要がある』
守護者が一歩前へ出る。
白い光が再び強くなる。
レオは仲間を見る。
「三人で黒い光を弱らせる」
カイが頷く。
「分かった」
ミナも杖を構える。
「やろう」
『俺もいる』
ガイアの力がレオへ集まる。
「行くぞ」
五人の力が重なる。
しかし――
森のさらに奥。
巨獣の胸にある黒い紋章と同じ光が、もう一つ。
さらにもう一つ。
次々と浮かび上がった。
レオが振り返る。
「……まだある」
ガイアの声が響く。
『あの黒い力、森全体に広がってるぞ』
レオは森の奥を見据えた。
「だったら、ここで終わらせる」
巨獣が咆哮する。
「グオオオオオオオッ!」
戦いは、さらに激しさを増していく。
――第85話・完――




