第82話「森の魔物」
町を出て、しばらく歩く。
森へ近づくにつれて、道は細くなっていった。
案内役の男が不安そうに周囲を見回す。
「この先だ」
カイが腰の剣に手を添える。
「本当にこの辺りで魔物が出たのか?」
「そうだ。昨日も、この辺りで家畜が襲われた」
ミナが地面を見る。
「……何か引きずった跡がある」
土の上に、長く伸びた傷跡。
その周囲には、巨大な足跡がいくつも残っていた。
カイがしゃがみ込む。
「かなりデカいな」
レオも足跡を確認する。
「四本足……いや」
少し先を見る。
「途中から二本足になってる」
ミナが眉を寄せた。
「変じゃない?」
『普通の魔物じゃない可能性があるな』
ガイアの声が響く。
カイが周囲を見る。
「ガイア、何か分かるのか?」
『まだ断定はできない。ただ、この森には妙な力が残っている』
「魔力?」
『それだけじゃない』
ガイアの声が低くなる。
『死者の気配だ』
レオの表情が変わった。
「死者……?」
守護者が突然立ち止まる。
レオも足を止める。
「どうした?」
守護者は答えない。
ただ、森の奥を指差す。
その先から――
何かが聞こえた。
「……グルル……」
低い唸り声。
男が青ざめる。
「来るぞ……!」
木々の向こうで何かが動いた。
枝が揺れる。
葉が落ちる。
そして――
巨大な魔物が姿を現した。
狼に似た四本足。
しかし、その体は通常の狼より二回り以上大きい。
背中には黒い毛が逆立ち、口から鋭い牙が覗いている。
カイが剣を抜く。
「こいつか!」
魔物が地面を蹴った。
「来る!」
一瞬で距離を詰めてくる。
カイが横へ飛んだ。
魔物の爪が地面をえぐる。
「速い!」
カイが振り返りざまに斬りつける。
「せいっ!」
剣が魔物の肩を捉えた。
だが――
ガキンッ!
「なにっ!?」
刃が弾かれた。
魔物の毛皮は異常なほど硬かった。
カイが後退する。
「硬すぎるだろ!」
ミナが杖を構える。
「なら、魔法で!」
炎が集まる。
「《フレイム・ランス》!」
炎の槍が魔物へ飛ぶ。
魔物は横へ跳んだ。
炎の槍が木を吹き飛ばす。
「避けた!」
魔物は着地すると、今度はミナへ向かって走った。
「ミナ!」
レオが手を伸ばす。
「《死者の鎖》!」
地面から鎖が飛び出し、魔物の前脚へ絡みつく。
「止まれ!」
魔物の動きが止まった。
だが――
「グオオオオッ!」
力任せに鎖を引きちぎろうとする。
レオの腕に負荷がかかる。
「こいつ……!」
カイが横から斬り込む。
「レオ、抑えてろ!」
「分かった!」
カイの剣が魔物の脚を狙う。
しかし魔物は身体を捻り、剣をかわした。
そのままカイへ噛みつく。
「くっ!」
カイが剣を横に構える。
牙と剣がぶつかった。
ギリギリと音が響く。
「こいつ……力まで強い!」
ミナが別の魔法を準備する。
その時。
守護者が動いた。
一歩。
それだけだった。
しかし、魔物が突然後退した。
「……?」
カイが目を丸くする。
魔物は守護者を見つめている。
怯えているようにも見えた。
『妙だな』
ガイアが呟く。
レオも魔物を見る。
「守護者を怖がってる?」
守護者が一歩前へ出る。
魔物が唸る。
「グルル……」
しかし、逃げない。
その瞬間。
レオの中へ、微かな声が入り込んできた。
『……たす……けて……』
レオが息を呑む。
「今……声が……」
カイが振り返る。
「どうした?」
「この魔物の中に……」
レオは魔物を見つめる。
「死者がいる」
ミナの表情が変わった。
「死者が?」
『俺も感じた』
ガイアが続ける。
『この魔物は、ただの魔物じゃない』
魔物の胸元。
黒い毛の隙間から、わずかに黒い光が漏れていた。
レオが目を凝らす。
「……何だ、あれ」
黒い光が脈打つ。
魔物の身体が突然震え始めた。
「グ……グオオオオオッ!」
レオの鎖を引きちぎる。
「まずい!」
魔物が暴れ始めた。
木々をなぎ倒し、地面を爪でえぐる。
カイが構える。
「完全に暴走してるぞ!」
ミナも杖を構え直す。
「どうするの、レオ!」
レオは魔物を見つめる。
中にいる死者の声。
苦しそうな声。
そして、胸に埋め込まれた黒い光。
「……あれを壊す」
カイが頷く。
「分かった!」
レオは再び手を伸ばした。
「俺が動きを止める」
ミナが続く。
「私は援護する!」
カイが剣を構える。
「俺が懐に入る!」
三人が同時に走り出す。
その後ろで、ガイアが低く呟いた。
『気をつけろ』
「何かあるのか?」
『あの黒い力……』
ガイアが森の奥を見る。
『この森の中に、同じものがまだある』
レオの足が止まりかけた。
その直後。
森の奥から――
「グルルル……」
一匹ではない。
二匹。
三匹。
さらに奥から、無数の唸り声が響いた。
カイが振り返る。
「……嘘だろ」
木々の隙間。
そこに、無数の赤い目が浮かんでいた。
レオは杖を握り直す。
「……一匹じゃなかったのか」
守護者が静かに前へ出る。
そして、森の奥を見つめる。
冥夜の旅団の初仕事。
それは、想像していた以上の戦いになろうとしていた。
――第82話・完――




