第75話「境界の向こう側」
巨大な黒い目が、裂け目の奥で瞬いていた。
レオは鎖を握ったまま、その目から視線を外せない。
「……あれは何だ」
ガイアが答える。
『分からない。でも、あの三体とは違う』
「なら、三体を倒せば消えるのか?」
『たぶん……違う』
その瞬間、黒い目がゆっくり動いた。
三体の異形が一斉に反応する。
「来る!」
レオが鎖を構えた。
中央の異形が突進する。
守護者が前へ出る。
ドンッ!
白い光と黒い霧がぶつかった。
守護者の身体が押し込まれる。
「守護者!」
レオが鎖を伸ばす。
《死者の鎖》
異形の腕を捕らえた。
「今だ!」
守護者が力を込める。
黒い霧が押し返される。
しかし、裂け目の奥の黒い目が再び瞬いた。
ドクン。
その瞬間、異形の身体が膨れ上がった。
「何だ……!」
レオが鎖を引く。
異形が鎖を振り払った。
バキィン!
鎖が弾かれる。
「力が増した……」
ヴァルドが険しい表情を浮かべる。
「黒い目が、あの異形へ力を与えている」
「じゃあ、あれを止めないと!」
レオが裂け目へ向かおうとする。
「待て!」
セイルが止めた。
「今、あの裂け目に近づくのは危険だ」
「でも!」
「境界の向こう側へ引き込まれる可能性がある」
レオの足が止まる。
その言葉を聞いた瞬間、三百年前の記録が頭をよぎった。
生者の魂を死界へ引き込む存在。
「……そういうことか」
アシュレイがレオを見る。
「何を理解した?」
「俺たちが門を開く必要がない」
レオが裂け目を見る。
「向こう側から、こっちへ干渉できるなら……」
ヴァルドが続ける。
「境界が薄くなれば、向こう側からこちらへ手を伸ばせる」
「そして、そのために三体が境界を喰っている」
セイルが頷く。
「その通りだ」
右側では、カイとセイルが異形と戦っていた。
「こいつ、また速くなってるぞ!」
カイが斬撃を放つ。
異形が身体を傾けてかわす。
セイルが背後から斬り込む。
「挟む!」
ガキィン!
異形が二人の攻撃を同時に受け止めた。
カイが踏み込む。
「だったら上だ!」
跳躍。
頭上から剣を振り下ろす。
異形が腕を上げる。
ガァン!
剣が腕を捉えた。
カイの足が床へ着く。
「セイル!」
「分かっている!」
セイルが異形の背後へ回る。
「《境界断》!」
白い斬撃が背中を切り裂いた。
異形が大きくよろめく。
「今だ!」
カイが地面を蹴る。
「《裂空斬》!」
ザンッ!
異形の身体が吹き飛ぶ。
だが、倒れた場所は裂け目のすぐそばだった。
黒い霧が異形へ集まっていく。
「まずい!」
セイルが走る。
「裂け目から離せ!」
カイも追う。
二人で異形を押し戻そうとする。
しかし異形の身体から黒い腕が伸びた。
「うわっ!」
カイが飛び退く。
セイルが腕を斬り落とす。
黒い霧が散る。
「こいつ、裂け目に近づくほど強くなる!」
「なら、絶対に近づけさせるな!」
左側では、ミナとローディンが異形を追い込んでいた。
「《炎界》!」
炎の壁が異形を囲む。
ローディンが前へ出る。
「ここから先へは行かせない!」
異形が腕を振る。
ローディンが剣で受け流す。
「ぐっ……!」
ミナが叫ぶ。
「今!」
ローディンが横へ飛ぶ。
炎が一気に収束した。
ドォン!
異形が吹き飛ぶ。
その身体が床を転がる。
「やった!」
ミナが息を吐く。
しかし異形は立ち上がった。
「……まだなの?」
「いや」
ローディンが異形を見つめる。
「動きが鈍くなっている」
確かに、先ほどまでとは違う。
異形の身体から漏れる黒い霧も少なくなっていた。
「なら、もう一度!」
ミナが杖を構える。
その時。
黒い目がこちらを向いた。
ミナの身体が硬直する。
「……え?」
頭の中に、知らない声が響いた。
『……力……』
「誰……?」
『……渡せ……』
ミナの魔力が突然揺らぐ。
「きゃっ!」
ローディンが支える。
「ミナ!」
「今……頭の中に声が……」
ローディンが黒い目を見る。
「声?」
ミナが頷く。
「私の魔力を……渡せって」
レオが振り返る。
「ミナ!」
「大丈夫!」
ミナが杖を握る。
「まだ戦える!」
だが、黒い目が再び瞬いた。
ミナの身体から魔力が抜け始める。
「くっ……!」
杖を落としそうになる。
「ミナ!」
ローディンが支える。
「魔力を吸われている!」
レオが鎖を伸ばす。
だが中央の異形が邪魔をする。
「くそっ!」
守護者が中央の異形を押さえる。
「守護者、頼む!」
レオはミナへ向かって走る。
その瞬間。
裂け目から黒い腕が一本、伸びてきた。
レオの足元を狙う。
「レオ!」
カイが斬り込む。
ザンッ!
黒い腕が切断される。
「こっちは任せろ!」
レオは頷く。
ミナの前へ到着する。
「ガイア!」
『分かってる!』
レオがミナの肩へ手を置く。
「俺の力を少し流す!」
「でも、あなたも……」
「構わない!」
レオの魔力がミナへ流れる。
しかし――
黒い目がレオを見る。
ドクン。
今度はレオの力まで引っ張られた。
「ぐっ……!」
死者たちの声が一斉に響く。
『レオ!』
『力を渡すな!』
『あれに近づけるな!』
レオは歯を食いしばる。
「……そういうことか」
「レオ?」
「こいつは……俺たちの力を奪ってるんじゃない」
レオが黒い目を睨む。
「境界を通して、こっち側から引き出してる」
セイルが叫ぶ。
「ならば、境界を閉じる!」
「まだだ!」
レオが答える。
「閉じたら、あの異形も一緒に消えるかもしれない!」
ヴァルドが目を見開く。
「何だと?」
「こいつらは境界そのものと繋がってる!」
レオは裂け目を見る。
「無理やり閉じたら、何が起こるか分からない!」
アシュレイが静かに頷く。
「黒い守護者が言っていたことと同じだ」
生者か、死者か。
どちらかを犠牲にするだけではない。
今度は、境界そのものをどう扱うか。
レオは鎖を握り締める。
「なら、切り離す」
ガイアが驚く。
『どうやって?』
「こいつらと境界の繋がりだけを断つ」
守護者がレオを見る。
レオも守護者を見る。
「できるか?」
守護者は静かに腕を上げた。
白い光が集まる。
「……やるぞ」
レオの鎖にも力が集まる。
白い光と死者の力が重なっていく。
三体の異形が同時に咆哮した。
裂け目の奥の黒い目が、大きく開く。
そして初めて、その声が地下全体に響いた。
『……邪魔を……するな』
レオは鎖を構えた。
「悪いな」
守護者が隣に立つ。
「ここは、お前の好きにはさせない」
三体の異形が一斉に襲いかかった。
レオたちも迎え撃つ。
戦いは、最も激しい局面へ突入した。
――第75話・完――




