第73話「三体の異形」
地下聖域を揺らす轟音。
三体の異形が、黒い霧の中でゆっくりと動き始めた。
中央にいる異形は、長い腕を引く。
その左右にいる二体も、それぞれ別の方向へ散った。
「三方向から来る!」
カイが剣を構える。
「俺が右を止める!」
「なら左は私が!」
ミナが杖を握り直す。
「無理するな!」
ローディンが叫ぶ。
「こいつらは普通の魔物とは違う!」
カイが走る。
「だったら、普通じゃない戦い方をすればいい!」
右側の異形がカイへ向かって跳んだ。
「来い!」
カイが剣を振る。
ガキィン!
異形の腕と剣がぶつかる。
そのまま押し合う。
「ぐっ……!」
腕の力が強い。
カイの足が床を削る。
「こいつ……!」
異形のもう一方の腕が伸びる。
カイは身体を沈めてかわした。
腕が背後の石柱を直撃する。
バキィン!
石柱が大きく崩れた。
「危ねぇ……!」
カイは距離を取る。
異形が再び迫る。
今度は真正面から突っ込んできた。
「だったら!」
カイが踏み込む。
「《裂空斬》!」
斜めに振り抜いた剣が異形の胸を斬り裂く。
黒い霧が噴き出した。
だが、異形は止まらない。
傷口が閉じていく。
「また再生かよ!」
異形の腕が迫る。
カイは剣で受けた。
しかし、その腕から黒い霧が染み出してくる。
「……っ!」
力が吸われていく。
「まずい!」
レオが気付く。
だが、中央の異形がレオへ向かって突進した。
「レオ!」
守護者が前へ出る。
ドンッ!
黒い腕と守護者の腕が激突する。
白い光が弾ける。
レオも鎖を伸ばした。
《死者の鎖》
異形の身体へ鎖が巻き付く。
「止まれ!」
異形が鎖を掴む。
黒い霧が鎖へ流れ込む。
レオはすぐに鎖を一本切り離した。
「やっぱり吸収する……!」
ガイアが叫ぶ。
『直接力をぶつけるのは駄目!』
「分かってる!」
レオは鎖を地面へ伸ばした。
怪物ではなく、その周囲を囲む。
「なら、動きを止める!」
《死者の鎖・封縛陣》
鎖が床に円を描く。
異形の足元が白く輝いた。
グググッ……。
異形の動きが鈍る。
「今なら!」
レオが守護者を見る。
守護者が頷く。
白い光が一気に広がった。
異形の身体が押し戻される。
だが――
「レオ!」
エレナの叫び声。
左側では、ミナが異形に追い詰められていた。
「《炎槍》!」
炎の槍が異形へ飛ぶ。
しかし異形は腕で受け止めた。
炎が黒い霧に吸い込まれる。
「そんな……!」
異形が腕を振る。
ミナが吹き飛ばされた。
「ミナ!」
ローディンが駆け込む。
剣で異形の腕を受け止める。
ガキィン!
「下がれ!」
「でも……!」
「こいつは俺が引き受ける!」
ローディンが押し返す。
異形が連続して腕を振る。
一撃。
二撃。
三撃。
ローディンは必死に受け流す。
「くっ……!」
四撃目をかわした瞬間、異形の腕が地面を叩いた。
衝撃でローディンの身体が浮く。
「ぐあっ!」
壁へ叩きつけられる。
「ローディン!」
ミナが立ち上がる。
「私はまだ戦える!」
杖を握る。
「私の魔法は、直接当てなければいい!」
ミナが床へ杖を突き立てる。
「《炎界》!」
周囲の床から炎が噴き上がる。
異形の周囲を炎が取り囲んだ。
しかし炎そのものを吸収されないよう、ミナは距離を保った。
「閉じ込めるだけなら……!」
異形が炎の外へ出ようとする。
「させない!」
ローディンが立ち上がる。
剣を振り抜き、異形の足を狙う。
「《聖断》!」
光を帯びた斬撃が足元を切り裂く。
異形が一瞬、動きを止めた。
「今!」
ミナが炎を収束させる。
ドンッ!
異形の身体が炎に包まれた。
だが――
炎の中から黒い霧が膨れ上がる。
「まだ動くのか……!」
ミナが息を呑む。
その霧の中から、異形が飛び出した。
ローディンが剣を構える。
「来い!」
二人の間で、再び戦いが始まる。
その頃。
レオと守護者も中央の異形を押さえ続けていた。
「こいつ……力を吸収するだけじゃない」
レオが異形を見ながら呟く。
「周りの境界そのものから力を取ってる」
ヴァルドが頷いた。
「だから時間が経つほど強くなる」
アシュレイが続ける。
「ならば、長期戦は不利だ」
レオは周囲を見る。
床の裂け目。
黒い霧。
弱っていく守護者。
「だったら、先に境界を切り離す」
セイルが振り返る。
「できるのか?」
「分からない」
レオが鎖を握る。
「でも、やるしかない」
「ならば我々が道を作る」
セイルが境界監視者へ合図する。
「全員、裂け目の周囲へ!」
監視者たちが一斉に動く。
三人の異形が反応した。
中央の異形がレオへ。
右の異形がカイへ。
左の異形がローディンとミナへ。
「来るぞ!」
カイが叫ぶ。
三方向で同時に戦闘が激しくなる。
レオは中央の異形の攻撃をかわす。
腕が頬をかすめる。
「くっ!」
血が一筋流れる。
守護者が腕を振る。
白い光が異形を押し返す。
レオはその隙に鎖を床へ伸ばした。
一本。
二本。
三本。
裂け目の周囲へ鎖を打ち込んでいく。
「あと少し……!」
その時。
中央の異形が鎖を掴んだ。
「しまった!」
黒い霧が鎖を伝ってくる。
レオの腕まで届こうとする。
「レオ!」
守護者が割って入った。
黒い霧が守護者の身体を包む。
「守護者!」
レオが叫ぶ。
守護者は動かない。
その胸の黒い紋章だけが、強く輝いていた。
そして――
守護者の身体から、巨大な白い壁が生まれた。
黒い霧が押し返される。
「……!」
ヴァルドが目を見開く。
「境界そのものを固定している……!」
レオは鎖を握り締めた。
「今だ!」
《死者の鎖・封界》
大量の鎖が裂け目へ突き刺さる。
ゴゴゴゴゴ……!
裂け目が少しずつ縮んでいく。
しかし三体の異形が同時に咆哮した。
黒い霧が一斉に膨張する。
「まだ終わらない!」
セイルが叫ぶ。
「奴らは境界を守ろうとしているんじゃない!」
レオが振り返る。
「じゃあ何をしてる!」
「境界を壊すために――」
セイルが裂け目を指差す。
「三体が一つの力を集めている!」
三体の身体から黒い霧が伸びる。
それぞれの霧が中央で繋がっていく。
「……融合するつもりか」
アシュレイが呟いた。
レオは鎖をさらに強く握った。
「させるか!」
しかし、三体の動きが変わった。
中央の異形がレオを見つめる。
顔のない黒い穴が、大きく開く。
そして初めて、言葉を発した。
『……鍵……喰らう……』
レオの胸元が強く反応した。
ドクン――。
守護者の紋章も同時に輝く。
ガイアが叫ぶ。
『レオ! 来るよ!』
三体の異形が、同時に動いた。
――第73話・完――




