第72話「喰らう者」
黒い霧の中から、一体の怪物がレオへ向かって飛び出した。
「来る!」
レオが身を捻る。
ズガンッ!
怪物の腕が床を叩き砕いた。
「速い……!」
レオは後ろへ跳ぶ。
だが、怪物は間髪入れずに追ってくる。
長い腕が横薙ぎに振られた。
ガキィン!
レオの前に死者の鎖が展開する。
衝撃で身体が後ろへ滑った。
「くっ……!」
『レオ、正面から受け続けたら持たない!』
「分かってる!」
怪物が再び腕を振り上げる。
レオは鎖を地面へ突き刺した。
《死者の鎖・固定》
鎖が床に絡みつき、怪物の足を捕らえる。
動きが一瞬止まった。
「今だ!」
カイが横から飛び込む。
「《裂空斬》!」
剣が怪物の身体を斬り裂いた。
黒い霧が散る。
「やった!」
しかし――
傷口がゆっくりと塞がっていく。
カイの顔が引きつる。
「……再生した?」
「普通の傷じゃ止められない」
ヴァルドが叫ぶ。
「そいつは肉体を持っていない!」
怪物がカイへ腕を伸ばす。
「うおっ!」
カイが飛び退く。
その腕の先から黒い霧が噴き出した。
「触れるな!」
レオが鎖を伸ばす。
ギシッ!
怪物の腕を絡め取った。
だが、怪物は鎖を掴む。
その瞬間。
死者の鎖から、黒い煙が吸い上げられた。
「なっ……!」
レオの表情が変わる。
鎖の力が削られている。
『レオ! 離して!』
「分かってる!」
鎖を解除する。
怪物が吸収した力を身体へ取り込んだ。
その身体が一回り大きくなる。
アシュレイが目を細める。
「やはりそうか」
「何が分かった!」
「奴は攻撃を受けているんじゃない」
アシュレイが怪物を睨む。
「力そのものを喰っている」
レオが息を呑む。
「死者の力も……?」
「おそらくな」
その時、別の場所から叫び声が上がった。
「セイル!」
境界監視者の一人が怪物に腕を掴まれていた。
黒い霧が身体へ入り込んでいく。
「ぐっ……!」
「離せ!」
セイルが剣を振る。
だが、怪物は離さない。
「まずい!」
レオが走る。
守護者も同時に動いた。
白い光が走る。
ドンッ!
怪物の腕が弾き飛ばされた。
監視者が倒れ込む。
セイルがすぐに支えた。
「大丈夫か!」
「……力が……抜ける……」
顔色が悪い。
レオは怪物を見る。
「やっぱり……」
怪物は死者だけを狙っているわけではない。
生きている者の力さえ、喰らう。
「こいつは……何でも喰うのか」
ガイアが答える。
『たぶん違う』
「違う?」
『力なら何でもいいんじゃない。境界に関係する力だけを狙ってる』
レオの目が怪物へ向く。
「境界に関係する力……」
ヴァルドが気付く。
「だから俺たちを狙うのか」
アシュレイも頷く。
「そして守護者も」
その瞬間、もう一体の怪物が守護者へ飛びかかった。
ガキィン!
守護者が腕で受け止める。
黒い霧と白い光が激しくぶつかる。
怪物の腕が守護者の胸元へ伸びる。
「守護者!」
レオが走る。
だが間に合わない。
怪物の指が、守護者の黒い紋章へ触れた。
守護者の身体が大きく揺れた。
白い光が弱まる。
「くっ……!」
レオの中で何かが弾けた。
「触るな!」
死者の鎖が一斉に放たれる。
一本。
五本。
十本。
大量の鎖が怪物へ殺到する。
《死者の鎖・群縛》
怪物の身体へ鎖が絡みつく。
しかし、怪物は鎖を掴んだ。
また吸収しようとする。
レオは鎖を切らなかった。
「……喰えるなら」
怪物の動きが止まる。
「喰ってみろ!」
レオは目を閉じた。
死者たちの声が一斉に響く。
『力を貸す』
『今度は、俺たちが支える』
『導いてくれ』
死者の鎖が強く輝く。
怪物が吸収を始める。
しかし――
「なに……?」
怪物の身体に亀裂が走った。
ヴァルドが驚く。
「死者の力を一つにまとめている……!」
レオは鎖を握り締める。
「俺はお前に力を与えてるんじゃない」
鎖がさらに強く締まる。
「死者たちと一緒に、お前を止めてるんだ!」
バキッ!
怪物の腕に亀裂が走る。
黒い霧が噴き出した。
怪物が初めて大きく後退する。
「効いた!」
ミナが叫ぶ。
だが、レオの顔には余裕がない。
「まだだ……!」
怪物の傷口から、さらに黒い霧が溢れ出す。
そして、その霧が床へ流れた。
ズズズ……。
地下に広がる裂け目へ吸い込まれていく。
セイルが気付く。
「まずい」
「何が?」
「奴はここで戦っているんじゃない」
セイルが裂け目を見る。
「境界そのものから力を吸い上げている」
レオの表情が険しくなる。
裂け目が、さっきより大きくなっていた。
「こいつを倒すだけじゃ……止まらない」
「そういうことだ」
ヴァルドが頷く。
「怪物と境界、両方を止めなければならない」
その時。
倒れていた黒き境界派の男が、ゆっくり立ち上がった。
「……やはり」
ローディンが剣を向ける。
「まだ動けるのか!」
男は怪物を見つめている。
「我々が長年探していた存在だ」
「お前たちは、こいつのことを知っていたのか!」
レオが問い詰める。
「知っていたわけではない」
男は笑う。
「呼び出したわけでもない」
「じゃあ何なんだ!」
男は裂け目を指差した。
「我々が探していたのは、門を開く方法ではない」
黒い霧が地下を満たしていく。
「境界そのものを喰らう存在だ」
レオが息を呑む。
男の言葉が響く。
「そいつが境界を喰い尽くせば……」
怪物がゆっくり顔を上げる。
「門など必要なくなる」
地下全体が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……!
レオは守護者の隣に立つ。
「……絶対に止める」
守護者も前へ出る。
二人の力が重なる。
怪物が再び身構えた。
今度は三体すべてが、レオと守護者を見ている。
戦いは、さらに激しくなろうとしていた。
――第72話・完――




