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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第4章「聖王教会編」
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第71話「動き出す境界」

地下深くから響いた音は、しばらく止まらなかった。


ズ……ズズ……。


石造りの床が小刻みに震える。


レオは守護者の背中を追いながら、暗い通路を進んでいた。


「この先に何かいる」


ガイアの声が低い。


「分かるのか?」


「ううん。正確には分からない。でも……死者の気配じゃない」


レオが足を止めた。


「生者でもない」


後ろからヴァルドが続く。


「ならば、三百年前に記録された存在と同じなのか?」


「それも分からない」


エレナが答えた。


「記録には『死者ではない。生者でもない』としか書かれていません」


アシュレイが暗闇を見つめる。


「だが、あの気配は昔とは違う」


「違う?」


「三百年前、門の向こうから感じたものは、こちらを探していた。今感じるものは……」


アシュレイが言葉を止める。


「こちらへ向かっている」


その瞬間だった。


ドンッ!


通路の壁が大きく揺れた。


ミナが杖を構える。


「来る……!」


ローディンも剣を抜いた。


「全員、警戒!」


守護者が突然立ち止まる。


その視線の先。


通路の床に、黒い線が一本走っていた。


線はゆっくりと広がっていく。


まるで地面そのものが裂けようとしている。


セイルが白い仮面を外した。


「これは……境界そのものだ」


「境界?」


レオが問い返す。


「生と死を分けている境目だ。だが、これは門とは違う」


セイルは周囲を見回した。


「誰かが開けようとしているわけじゃない」


「じゃあ、何で……」


「向こう側から押している」


全員が沈黙した。


レオは裂け目を見つめる。


「向こうから……」


ギシッ。


黒い線がさらに広がった。


その隙間から、黒い霧が漏れ出す。


しかし、それは死者の霊気とは違っていた。


冷たくもない。


熱くもない。


ただ、周囲の音だけを奪っていく。


「音が……」


カイが呟く。


自分の声が途中から消えていく。


「何だこれ……!」


レオも声を出す。


だが、数歩先ではほとんど聞こえない。


ガイアの声だけが、頭の中に直接響いた。


『レオ、離れないで』


「分かった!」


守護者がレオの前に立つ。


黒い霧が守護者へ触れた。


ギィィィ……。


守護者の身体がわずかに揺らぐ。


「守護者!」


レオが駆け寄る。


しかし守護者は腕を伸ばし、レオを止めた。


そして裂け目を指差す。


そこから何かが見えた。


人間の手。


だが、腕だけだった。


黒い霧の中からゆっくりと伸びてくる。


ローディンが剣を構える。


「敵か!」


「待って!」


レオが制止する。


手は何かを掴もうとしている。


だが、こちらへ襲いかかる様子はない。


「何を探してる……?」


レオが一歩近づく。


その瞬間。


手が止まった。


黒い霧の奥から、声が響く。


『……鍵……』


レオの身体が強張った。


「俺のことか?」


『……違う……』


「違う?」


『……鍵は……一つではない……』


ヴァルドの表情が変わった。


「何だと……」


アシュレイも目を見開く。


「三百年前の記録には、そんなことは書かれていない」


セイルが静かに呟いた。


「記録されていなかっただけだ」


レオが振り返る。


「どういう意味だ?」


「境界監視者にも、全ての記録が残っているわけではない」


セイルは裂け目を見る。


「過去の鍵が一つだけだったとは限らない」


その言葉に反応するように、裂け目の奥で別の気配が生まれた。


黒い霧の中。


今度は二つ。


いや、三つ。


人影が立っている。


「……三人?」


ミナが息を呑む。


しかし、その姿は人間とは違った。


輪郭だけがあり、顔は見えない。


一人が腕を上げる。


すると、レオの胸元にある力が反応した。


ドクン。


レオの身体を死者の気配が駆け抜ける。


「ぐっ……!」


膝をつく。


『レオ!』


ガイアの声が響く。


守護者がすぐにレオを支えた。


その瞬間、レオの周囲に大量の死者の姿が浮かび上がる。


しかし、彼らは敵ではなかった。


何かを恐れている。


「……何だ?」


レオが顔を上げる。


死者たちは裂け目を見つめていた。


一人の老人の霊が、レオへ近づく。


「……逃げろ」


「え?」


「奴らは……死者を食う」


その言葉と同時に、黒い霧が大きく膨れ上がった。


老人の姿が一瞬で霧に飲み込まれる。


「待て!」


レオが手を伸ばす。


だが、間に合わない。


霧の中から何かが老人の霊を掴んだ。


そして――


消えた。


レオの目が見開かれる。


「……死者を……食った?」


ヴァルドが震える声を出す。


「そんな存在は知らない」


アシュレイが首を横に振る。


「俺もだ」


セイルが剣を抜いた。


「ならば、ここで初めて確認された存在ということになる」


その瞬間、裂け目が大きく開いた。


ゴゴゴゴゴ……!


地下全体が揺れる。


黒い霧の奥から、三つの人影が一斉にこちらを見る。


そして中央の影が、初めて姿を現した。


長い腕。


人間に似た身体。


しかし顔には何もない。


ただ、真っ黒な穴が一つあるだけだった。


ガイアが震える。


『あれは……』


レオは立ち上がる。


「知ってるのか?」


『分からない。でも……』


ガイアの声が小さくなる。


『死者の力を奪って、自分のものにしてる』


怪物が一歩、こちらへ踏み出した。


その瞬間。


守護者が前へ出る。


黒い光と白い光がぶつかる。


バァン!


衝撃波が地下通路を走った。


怪物は後退した。


しかし、守護者も片膝をつく。


「守護者!」


レオが駆け寄る。


「大丈夫か!」


守護者は立ち上がる。


そしてレオへ手を伸ばした。


その手が、レオの胸元へ触れる。


すると――


レオの中に、守護者の力が流れ込んできた。


「……!」


身体が熱くなる。


死者の鎖が白い光を帯びる。


ガイアが驚いた。


『守護者が力を分けた……』


レオは自分の腕を見る。


《死者の鎖》に、これまでとは違う力が宿っていた。


ヴァルドが呟く。


「魂を導く力と……境界を閉じる力」


セイルが続ける。


「二つの力が重なった」


レオは怪物を見る。


「だったら……」


鎖を握り締める。


「こいつをここから出させない!」


死者の鎖が伸びる。


黒い霧の中へ突き進む。


怪物の腕へ絡みついた。


ギギギギッ!


怪物が初めて苦しそうな動きを見せる。


「効いてる!」


カイが叫ぶ。


「今だ!」


ローディンが走り出す。


ミナも杖を構える。


アシュレイとヴァルドも死者の力を呼び寄せる。


それぞれが怪物を押し戻そうとする。


だが――


怪物の背後にいた二つの影が動いた。


一体がレオへ。


もう一体が守護者へ向かって走る。


「まだ二体いる!」


戦いは、始まったばかりだった。


――第71話・完――

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