第69話「もう一人の守護者」
地下聖域の奥。
レオは守護者の後を追って走っていた。
「待て、守護者!」
守護者は振り返らない。
そのまま黒い扉へ向かって進んでいく。
後ろからカイ、ミナ、ローディン、エレナ、ヴァルド、そしてセイルたちも続いてくる。
グレンだけが、その場に立ち止まっていた。
「……来るぞ」
「何が?」
ローディンが振り返る。
グレンは黒い扉を睨んだ。
「もう一体の守護者だ」
その瞬間。
ゴォン……。
地下深くから、低い音が響いた。
守護者が足を止める。
レオも立ち止まった。
「……」
黒い扉には、新たな亀裂が走っている。
パキッ。
その隙間から黒い光が漏れ出す。
「離れろ!」
ヴァルドが叫んだ。
レオたちが後退する。
しかし、守護者だけは動かない。
黒い光が守護者の身体を包み込む。
「守護者!」
レオが駆け出そうとする。
「待て!」
セイルが腕を掴んだ。
「今近づけば、お前まで巻き込まれる」
「でも!」
「信じろ」
レオは拳を握る。
黒い光はさらに強くなる。
そして――
ドンッ!
扉が開いた。
中から、一体の人影が現れた。
黒い外套。
長い髪。
その身体は半透明で、周囲には黒い霧が漂っている。
胸には、黒い紋章。
レオは息を呑んだ。
「……守護者?」
その存在は、ゆっくりと顔を上げた。
現在の守護者とは違う。
こちらは、明らかに敵意を持っている。
「……」
守護者同士が向かい合う。
しばらく、二体は動かなかった。
やがて黒い紋章を持つ守護者が口を開く。
『……久しいな』
レオの守護者が一歩前へ出る。
『まだ、生者の側にいるのか』
「……何を言ってる?」
レオが割って入る。
黒い守護者がレオを見る。
『鍵を持つ者か』
「俺のことを知ってるのか?」
『知っている』
黒い守護者の視線が、レオの手へ移る。
そこには、先ほど守護者から受け取った紋章が浮かんでいた。
『その印……』
黒い守護者の表情が変わる。
『ヴァルドが選んだのか』
ヴァルドが前へ出る。
「違う」
黒い守護者がヴァルドを見る。
『……お前』
「アシュレイと同じだ。私も、お前の存在を知らなかった」
『嘘だ』
「本当だ」
ヴァルドは苦しそうに続ける。
「三百年前、私はお前が封印されたことすら知らなかった」
黒い守護者は黙り込む。
その後ろからグレンが歩いてくる。
「教会は知っていた」
エレナが振り返る。
「グレン……」
「教会の一部は、この守護者の存在を把握していた」
ローディンが睨む。
「なぜ黙っていた?」
「危険だったからだ」
「だから封印したのか?」
「違う」
グレンが首を横に振る。
「封印したのは三百年前の研究者たちだ」
セイルが口を開く。
「我々の記録では、黒い守護者は門を閉じる役目を拒んだとされている」
レオが黒い守護者を見る。
「どうして?」
『拒んだのではない』
黒い守護者が答える。
『私は、門を閉じる必要がないと思った』
「……何?」
『死界の門は、生者が恐れるほど単純なものではない』
ガイアが低い声を出す。
「また、ややこしい話が始まったな」
黒い守護者がガイアを見る。
『お前も……死界の力を持っているな』
「それがどうした」
『いや』
黒い守護者はレオへ視線を戻す。
『お前の中にある力の方が重要だ』
レオは身構える。
「俺の力?」
『死者を従わせる力ではない』
「……」
『死者と意思を通わせる力だ』
レオの表情が変わる。
それは、今まで何度もヴァルドから聞いてきたことと同じだった。
黒い守護者が続ける。
『その力があれば、門を閉じることもできる』
「だったら……」
レオが一歩進む。
「お前も協力してくれ」
黒い守護者は黙っている。
「俺は死界の門を開きたいわけじゃない」
『……』
「門の向こうにいる奴が何なのかは分からない。でも、生きている人間を死界へ引きずり込むなら、止める」
黒い守護者の目が細くなる。
『お前は……まだ知らない』
「何を?」
『門を閉じるということが、何を犠牲にするのかを』
レオは言葉を失った。
ヴァルドが目を伏せる。
「……」
レオが振り返る。
「ヴァルド?」
ヴァルドはしばらく黙っていた。
やがて口を開く。
「三百年前、門を閉じるために……大量の死者の魂を使った」
「……」
「彼らは、自分から力を貸してくれた」
レオが黒い守護者を見る。
「それなら問題ないんじゃないか?」
『全員がそうだったわけではない』
黒い守護者の声が響く。
『門を閉じるために、死者だけでは足りなかった』
「じゃあ……」
『生者の魂も使われた』
地下が静まり返る。
エレナが青ざめる。
「そんな記録……」
「残っていない」
ヴァルドが答えた。
「教会が隠した」
グレンも否定しなかった。
「事実だ」
ローディンがグレンを睨む。
「教会が、生者を犠牲にしたのか?」
「当時の教会全体ではない。一部の研究者が行った」
セイルが黒い守護者を見る。
「だから、お前は門を閉じることを拒んだのか」
『そうだ』
黒い守護者が答える。
『門を閉じるために、新たな犠牲を生み出すくらいなら……私は門を開いたままにする』
レオは考え込む。
「……じゃあ、どうすればいい」
黒い守護者はレオを見る。
『お前なら、別の方法を見つけられるかもしれない』
「別の方法?」
『死者と生者、その両方の意思を尊重する方法だ』
レオの胸に、これまで自分が使ってきた力が蘇る。
死者に命令するのではなく、力を借りる。
「……俺は、その方法を探す」
黒い守護者が黙ってレオを見る。
『ならば……』
黒い霧が少しずつ薄れていく。
『私はお前を殺さない』
カイが剣を構える。
「殺さないって……味方になるのか?」
『まだ違う』
黒い守護者は答える。
『だが、敵にもならない』
そして、レオの守護者へ視線を向ける。
『お前も……この者を選んだのだな』
守護者は静かに頷く。
二体の守護者が互いに近づく。
そして、胸に刻まれた紋章が同時に光った。
パァァッ。
地下聖域全体に光が広がる。
黒い扉に刻まれていた亀裂が、一つずつ閉じていく。
「封印が……」
エレナが呟く。
だが、完全には閉じない。
中央に細い亀裂だけが残った。
黒い守護者がレオを見る。
『まだ、門は閉じていない』
「分かってる」
『ならば覚えておけ』
黒い守護者の姿が薄れていく。
『次に会う時、お前は選ばなければならない』
「何を?」
最後に、その声だけが響いた。
『生者か、死者か』
黒い守護者が消える。
地下には、静寂が戻った。
レオは残された黒い扉を見つめる。
「……俺は、どっちも選ぶ」
ガイアが静かに笑った。
「それでこそ、お前だ」
守護者がレオの隣に立つ。
レオはその姿を見て、強く頷いた。
まだ、終わっていない。
むしろ――
ここからが、本当の始まりだった。
――第69話・完――




