第68話「教会の追跡者」
地下聖域。
上階から響いていた足音が、少しずつ近づいてくる。
ローディンは剣を構えたまま、階段の上を睨んでいた。
「なぜ教会がここを知っている?」
エレナも困惑した表情を浮かべる。
「私も知りません。ここは教会の記録からも消されていたはずです」
ヴァルドが静かに口を開く。
「誰かが教えたんだろう」
「誰かって……」
レオが周囲を見る。
セイルたちは動かない。
白い仮面の者たちも、戦う様子はなかった。
「俺たちがここへ来たことを知っている人間は限られている」
レオの視線がエレナへ向く。
「エレナ。地下聖域へ入る方法を知っていたのは?」
「私とヴァルドだけです」
「ローディンは?」
「私は知らされていなかった」
ローディンが答える。
「なら、教会内部に別の人間がいる」
ガイアが呟く。
「あるいは……最初から監視されていたか」
その時。
階段の上から声が響いた。
「そこにいる者たち! 武器を捨てろ!」
ローディンが舌打ちする。
「聖騎士だけじゃないな」
「分かるのか?」
「足音が多すぎる」
レオも気配を探る。
確かに、階段の上にはかなりの人数がいる。
しかし――
一人だけ、異様に静かな気配があった。
レオは顔を上げる。
「……一人だけ、変な奴がいる」
「何?」
「死者の気配がする」
ヴァルドが反応した。
「教会側に?」
レオは頷く。
「生きている。でも、死者の力を持ってる」
エレナが驚く。
「そんな人間が教会に……?」
階段を下りてきた聖騎士たちが姿を現した。
先頭には、一人の男が立っている。
白銀の鎧。
長い外套。
腰には細身の剣。
男は地下聖域を見渡した。
「ようやく見つけた」
ローディンが剣を構える。
「お前は誰だ」
「教会直属の追跡部隊を指揮している」
男が名乗る。
「グレン・ハルヴァンだ」
ローディンの表情が変わる。
「追跡部隊……」
グレンはレオを見る。
「そして、目的はお前だ。ネクロマンサー」
レオは睨み返す。
「俺を捕まえに来たのか?」
「いや」
グレンは首を横に振った。
「お前を殺すつもりはない」
「じゃあ何のために?」
「確認するためだ」
グレンが一歩進む。
「お前が本当に『鍵』なのかを」
レオの目が細くなる。
「……その話まで知ってるのか」
エレナがグレンを見る。
「その情報を、誰から聞いたんです?」
グレンは答えない。
「エレナ。君も本部の規則に違反している」
「私は真実を確認しているだけです」
「真実?」
グレンの視線が地下の石碑へ向く。
「この場所に残された記録を、教会が何百年も封じてきた理由を知りたいか?」
「……はい」
「なら、私について来い」
エレナは首を横に振る。
「あなたを信用できません」
グレンは笑わなかった。
「それでいい」
「え?」
「簡単に信用する人間は、この場所では生き残れない」
その言葉に、レオが反応する。
「……お前、何を知っている?」
グレンはレオを見つめる。
「三百年前の事件だけではない」
地下の空気が変わった。
「教会は、過去に何度も死界の門を調査している」
エレナが驚く。
「そんな記録は――」
「表向きには存在しない」
グレンが遮る。
「しかし、記録は残っている」
ヴァルドが低く呟く。
「……隠された記録か」
「ああ」
グレンは腰の袋から一枚の古い紙を取り出した。
「これが証拠だ」
エレナが受け取る。
そこには、見覚えのある紋章が描かれていた。
謎の三つの円。
「これは……」
セイルが反応する。
「境界監視者の紋章だ」
グレンは初めてセイルを見る。
「知っているのか」
「お前たち教会は、我々を何度も探してきた」
「そうか」
グレンは驚かなかった。
「なら話は早い」
彼は紙をレオへ向ける。
「教会は境界監視者の存在を、ずっと前から把握していた」
エレナが顔を上げる。
「では……教会は彼らを探していたんですか?」
「違う」
グレンが答える。
「教会が探していたのは、境界監視者ではない」
レオが聞く。
「何を?」
グレンの視線が守護者へ移る。
「境界守護者だ」
守護者が一歩前へ出る。
グレンの表情が初めて変わった。
「……やはり、ここにいたか」
レオが守護者の前へ立つ。
「守護者に何をするつもりだ?」
「何もしない」
「信用できないな」
「ならば、これを見ろ」
グレンが別の紙を取り出す。
そこには古い絵が描かれていた。
三百年前。
若きヴァルドの隣に立つ守護者。
そして、そのさらに後ろに――
もう一体の守護者が描かれていた。
レオは言葉を失った。
「……二体?」
ヴァルドも目を見開く。
「そんなはずは……」
セイルが初めて動揺した。
「これは……」
グレンが静かに告げる。
「教会が探していたのは、こちらの守護者だ」
レオは絵を見つめる。
今、目の前にいる守護者とは少し違う。
その守護者は――
黒い紋章を胸に刻んでいた。
ガイアが低い声を出す。
「……もう一体、いる」
その瞬間。
地下聖域の奥から――
コン。
何かを叩く音が響いた。
全員が振り返る。
コン。
二度目。
そして三度目。
コン。
守護者が黒い扉へ向かって歩き出した。
レオが追いかける。
「待て!」
守護者は止まらない。
グレンも剣へ手を伸ばした。
「……まずい」
ローディンが振り返る。
「何が?」
グレンの顔から余裕が消える。
「もう一体の守護者が、目を覚ました」
――第68話・完――




