第65話「封じられたネクロマンサー」
地下深く。
石扉の奥から響いた音が、静かな空間を震わせていた。
ゴゴゴゴ……。
レオは杖を構える。
「……何かいる」
「気を抜くな」
ローディンが剣を抜いた。
カイとミナもレオの左右に並ぶ。
守護者は何も言わず、石扉を見つめていた。
「守護者、大丈夫か?」
守護者は小さく頷く。
ガイアが周囲を警戒する。
「この気配……死者だ」
「さっきの声の奴か?」
「違う」
ガイアの声が低くなる。
「もっと近い。しかも……人間の死者に近い気配だ」
ヴァルドが石扉へ近づいた。
「……まさか」
「何か知ってるのか?」
「いや……あり得ない」
ヴァルドの顔から余裕が消えていた。
「この封印を作った時、ここには一人のネクロマンサーがいた」
エレナが驚く。
「ネクロマンサーが?」
「彼は死界の研究を続けることを拒んだ」
「それなら、なぜ封印を?」
「研究を止めようとしたからだ」
ヴァルドは拳を握る。
「黒き境界派が門を開こうとした時、彼はそれを止めようとした」
レオは石扉を見る。
「じゃあ、その人は……」
「最後まで戦った」
ヴァルドが答える。
「そして、消息を絶った」
その瞬間。
石扉の奥から声が響いた。
『……ヴァルド』
ヴァルドの表情が固まる。
「……その声」
『久しいな』
「……嘘だろ」
石扉に亀裂が走る。
バキッ。
黒い霧が漏れ出す。
レオは死者の気配を感じ取った。
「いる……」
『ヴァルド』
「……お前なのか」
『ようやく……外の世界に戻れる』
石扉が大きく揺れる。
ローディンが前へ出る。
「危険だ。開けさせるな!」
「待ってくれ」
ヴァルドが止める。
「この声の主は敵ではない」
「なぜ分かる?」
「私は知っている」
ヴァルドは石扉を見つめる。
「彼の名は――アシュレイ」
レオが尋ねる。
「アシュレイ?」
「三百年前、私と共に死界を研究していたネクロマンサーだ」
石扉の向こうから、低い笑い声が聞こえた。
『覚えていてくれたか』
レオは眉を寄せる。
「じゃあ、どうしてここに?」
ヴァルドは答えなかった。
代わりに、石扉に刻まれた文字を見る。
『裏切りし者を封じる』
レオが目を見開く。
「……裏切り者?」
ヴァルドの顔が険しくなる。
「違う」
「何が?」
「アシュレイは裏切っていない」
その瞬間、扉の奥から声が響く。
『そうだ』
黒い霧がさらに広がった。
『私は裏切っていない』
「なら、なぜ封じられた?」
レオが問いかける。
しばらく沈黙が続いた。
そして――
『私が……門を閉じるために、死者を使ったからだ』
レオの目が変わる。
「……死者を?」
『ヴァルド、お前も同じことをした』
ヴァルドが黙る。
『だが、教会は私だけを罪人にした』
エレナが息を呑む。
「そんな……」
『私は死者を操ったのではない』
声に怒りが混じる。
『死者に力を貸してもらった』
レオの胸がざわつく。
それは、自分が使っている力と同じだった。
「……俺と同じ」
『そうだ』
声が答える。
『お前も、死者の声を聞いているな』
「……ああ」
『ならば分かるはずだ』
黒い霧の中に、人影が浮かび上がる。
長い髪。
古びた黒いローブ。
そして、胸元には――
黒い紋章。
レオが身構える。
「……黒い紋章」
アシュレイはゆっくり顔を上げた。
『この紋章は、私が望んだものではない』
ヴァルドが呟く。
「アシュレイ……」
『教会は私を封じた』
『そして私の研究を奪った』
『その研究を引き継いだ者たちが、黒き境界派になった』
レオは驚きを隠せなかった。
「じゃあ……黒い紋章を持つ奴らは、お前の研究を?」
『違う』
アシュレイの声が冷たくなる。
『奴らは、私の研究を歪めた』
その瞬間。
石扉が大きく開いた。
ドォン!
黒い霧が地下空間を覆い尽くす。
「全員、構えろ!」
ローディンが叫ぶ。
霧の中から、アシュレイが姿を現す。
しかし――
彼の身体は完全な人間ではなかった。
半透明の身体。
その足元には、死者の光が無数に漂っている。
レオは息を呑んだ。
「……死者」
アシュレイはレオを見る。
『お前が……新たなネクロマンサーか』
「ああ」
『なら、覚えておけ』
アシュレイが手を上げる。
周囲の死者たちが一斉に集まる。
『死者は武器ではない』
レオの胸に、その言葉が突き刺さる。
『そして、生者もまた……死界から逃げ続けることはできない』
アシュレイの視線が守護者へ向く。
『……まだ、お前が守っているのか』
守護者が前へ出る。
アシュレイの表情が変わった。
『そうか』
『ならば、もう時間がない』
レオが問いかける。
「何が起きる?」
アシュレイは黒い扉の方を見る。
『門が開く』
「……!」
『そして次に門を開くのは、黒き境界派ではない』
地下全体が揺れ始める。
『死界そのものだ』
その瞬間、アシュレイの身体が黒い霧へ変わり始めた。
「待て!」
レオが手を伸ばす。
『レオ』
初めて、アシュレイがレオの名を呼んだ。
『お前が鍵なら……』
黒い霧が消えていく。
『私は、お前が門を閉じるまで死なない』
「……何?」
最後に残った声だけが地下へ響く。
『また会おう』
静寂。
レオはしばらく動かなかった。
ガイアが呟く。
「……厄介な奴が出てきたな」
ヴァルドは苦い顔をしていた。
「アシュレイが目覚めたということは……」
エレナが振り返る。
「何ですか?」
ヴァルドは黒い扉を見る。
「三百年前に終わったと思っていたものが、再び動き始めたということだ」
その時。
守護者がレオの肩に手を置いた。
レオが振り返る。
「……どうした?」
守護者は地下のさらに奥を指差した。
そこには、今まで存在しなかった小さな扉があった。
その扉には――
黒い紋章でも、教会の紋章でもない。
見たことのない紋章が刻まれていた。
ガイアが息を呑む。
「……あれは何だ?」
レオは杖を握り直す。
「行ってみよう」
守護者が先頭に立つ。
一行は、まだ誰も知らない地下の奥へ進み始めた。
――第65話・完――




