第64話「地下深くの封印」
地下聖域。
ヴァルドが壁に手を当てる。
「この下だ」
レオは壁を見つめた。
「ここに、もう一つ封印された場所があるのか?」
「三百年前、私たちは死界への門を一つだけ封じたと思っていた」
ヴァルドの表情が険しくなる。
「だが……違った」
ローディンが剣を握り直す。
「どういうことだ?」
「門は一つではなかった」
エレナが息を呑む。
「そんな記録……教会にも残っていません」
「消されたんだろう」
ヴァルドは淡々と答えた。
「この場所を知っている者が、意図的に記録から消した」
カイが壁を叩く。
「だったら、どうやって開ける?」
守護者が前へ進んだ。
壁の前で立ち止まり、手を伸ばす。
その瞬間――
ゴォン……。
壁の奥から低い音が響いた。
「……反応した」
レオが近づく。
守護者の手の先に、淡い光が浮かんでいる。
やがて壁に一本の亀裂が走った。
パキッ。
石壁が左右に開く。
その奥には、地下へ続く階段が現れた。
ミナが覗き込む。
「……暗い」
ガイアが警戒する。
「嫌な気配がするぞ」
レオは杖を握った。
「行こう」
「待て」
ヴァルドが止める。
「ここから先は、私も何があるか分からない」
「それでも行く」
「……そう言うと思った」
ヴァルドは小さく息を吐いた。
「なら、絶対に一人になるな」
一行は階段を下り始めた。
一段。
また一段。
地下へ進むほど、空気が重くなっていく。
ミナが腕をさする。
「なんだか……寒くない?」
「温度じゃない」
エレナが答える。
「この場所そのものが、死者の力を帯びています」
レオは周囲を見渡した。
壁には古い文字が刻まれていた。
『生者、立ち入るべからず』
その下には別の文字。
『死者もまた、帰ることを許されず』
カイが眉をひそめる。
「……どういう場所なんだよ」
ヴァルドは答えなかった。
階段の先に、巨大な石扉が現れた。
その中央には、見覚えのある紋章。
黒い紋章。
「……またか」
レオが呟く。
だが、今回は違った。
黒い紋章の下に、もう一つの紋章が刻まれている。
聖王教会の紋章だった。
ローディンが目を見開く。
「教会の紋章……」
エレナも言葉を失う。
「どうして……」
ヴァルドが扉へ近づく。
「三百年前、教会と黒き境界派が共同で作った封印だ」
「黒き境界派が……?」
「そうだ」
ヴァルドは扉を見つめる。
「ここは死界への門そのものではない」
レオが眉を寄せる。
「じゃあ何なんだ?」
ヴァルドはゆっくり答えた。
「門を開こうとする者を、閉じ込めるための場所だ」
その瞬間。
ガンッ!
扉の向こうから何かがぶつかった。
全員が身構える。
ガンッ!
二度目。
そして――
ガンッ!
三度目。
守護者が扉の前へ立つ。
「守護者?」
レオが呼びかける。
守護者は振り返らない。
ただ扉を見つめている。
その身体から、今まで見たことのないほど強い光が溢れ始めた。
ガイアが驚く。
「……これは」
「どうした?」
「守護者の力が反応してる」
レオが扉を見る。
「中に何かいるのか?」
ガイアは答えなかった。
その時だった。
扉に刻まれた文字が淡く光る。
エレナが読み上げる。
「『境界を守る者が戻りし時、封印は終わる』……」
レオが守護者を見る。
「……戻る?」
守護者の身体がわずかに揺れる。
次の瞬間。
扉の中央に、小さな穴が現れた。
その奥から――
黒い霧が流れ出す。
「下がれ!」
ローディンが前へ出る。
しかし守護者が手を上げた。
ローディンの動きが止まる。
「守護者……?」
黒い霧は守護者の前で止まった。
そして霧の中から、声が聞こえた。
『……ようやく帰ってきたか』
レオの顔が強張る。
「この声……」
以前、黒い扉の向こうから聞こえた声と同じだった。
『守護者よ』
守護者が拳を握る。
『三百年も……よく待った』
レオが一歩前へ出る。
「お前は誰だ!」
沈黙。
そして――
『お前に名乗る必要はない』
黒い霧が膨れ上がる。
『まだ……その時ではない』
ドンッ!
扉の向こうから凄まじい力が放たれた。
守護者が両腕を広げ、レオたちの前に立つ。
光の壁が生まれ、衝撃を受け止める。
「守護者!」
レオが叫ぶ。
守護者は動かない。
ただ、必死に力を抑え込んでいる。
レオは拳を握った。
「俺も力を貸す!」
「レオ!」
ガイアの声を無視し、レオは死者へ呼びかける。
「力を貸してくれ!」
無数の死者の光が集まる。
《死者の鎖》が現れ、守護者の光と重なっていく。
黒い霧が押し戻される。
『……やはり』
声が響く。
『お前が……鍵か』
レオの目が見開かれた。
「……俺が?」
『そうだ』
黒い霧が消えていく。
『ならば、いずれ来る』
最後の声だけが地下に残った。
『死界の門が、完全に開く時に』
静寂。
守護者が膝をついた。
「守護者!」
レオが駆け寄る。
守護者はゆっくり立ち上がる。
そして――
石扉に刻まれた文字を指差した。
そこには、新たな文字が浮かび上がっていた。
『鍵を持つ者よ』
『己の死を恐れるな』
レオはその言葉を見つめた。
ガイアが静かに呟く。
「……レオ」
「分かってる」
レオは扉を見据える。
「俺が鍵なら……俺自身が、この謎を終わらせる」
その瞬間。
地下深くから、また一つ。
何かが目を覚ます音が響いた。
――第64話・完――




