第62話「黒い石の欠片」
地下聖域。
黒い扉が、低い音を響かせながら震えていた。
ズズズ……。
「……始まった」
エレナが顔を上げる。
その前に立っていた黒い紋章の男は、掌に小さな黒い欠片を握っていた。
それは、三百年前に砕けた黒い石の一部だった。
「これがあれば、門は再び開く」
「やめろ!」
レオが駆け出す。
しかし、その瞬間。
ガンッ!
守護者がレオの前に立ちはだかった。
「……守護者?」
守護者は黒い扉を睨みつけている。
いつもの静かな姿とは違った。
その身体から、わずかに力が漏れ出している。
ガイアが低く唸った。
「……嫌な感じがする」
「何が?」
「黒い石だ。あれはただの石じゃない。死者の力だけじゃなく、生者の魂にも反応してる」
レオは男の手を見つめた。
「だったら……止める!」
「来るか、ネクロマンサー」
男が黒い欠片を掲げる。
次の瞬間。
欠片が赤黒く光った。
ドクン。
ドクン。
黒い扉の奥から、心臓のような音が響き始める。
「……門が」
ローディンが剣を構える。
「全員、警戒しろ!」
黒い紋章の戦士たちが一斉に動いた。
カイが剣を抜く。
「また戦うってことかよ!」
ミナも杖を構えた。
「今度は逃がさない!」
戦士が一人、ミナへ迫る。
「ミナ!」
カイが割り込み、剣を弾いた。
「助かった!」
「礼は後だ!」
その横を、ローディンが駆け抜ける。
「道を開けろ!」
聖剣が振り抜かれ、二人の戦士が吹き飛んだ。
その間にレオは黒い扉へ近づく。
だが――。
「レオ、止まれ!」
ガイアの声が響く。
「え?」
「扉を見るな!」
遅かった。
扉の隙間から、黒い何かが伸びてきた。
それは腕のようにも見えた。
しかし、指は異様に長い。
レオの魂を掴もうとするように、空中を這う。
「くっ……!」
守護者が動いた。
ドンッ!
守護者の一撃が黒い腕を弾き飛ばす。
黒い腕は霧のように消えた。
「……!」
レオは息を呑む。
「守護者……今の、俺を守ったのか?」
守護者は答えない。
ただ黒い扉を見つめている。
その目に、初めて明確な警戒が浮かんでいた。
「……何か知ってるのか?」
沈黙。
だが、守護者は一歩だけ前へ出た。
まるで、
「これ以上近づくな」
そう伝えているようだった。
その時。
黒い石の欠片がさらに輝いた。
「ふふ……!」
黒い紋章の男が笑う。
「やはりそうだ。守護者まで反応するとは……」
レオが振り返る。
「どういう意味だ?」
「お前はまだ何も知らない」
男は欠片を扉へ近づける。
「その守護者も、な」
「……何?」
レオの表情が変わる。
だが男は、それ以上語らなかった。
「門よ。再び開け」
黒い欠片が扉に触れる。
その瞬間――
バァンッ!
地下聖域全体が揺れた。
「きゃっ!」
ミナが壁に手をつく。
「何だ、この揺れ……!」
天井から石が落ちてくる。
エレナが叫ぶ。
「封印が崩れています!」
「レオ!」
ガイアの声が響く。
「今までとは違う! 今回は門を閉じるだけじゃ足りない!」
レオは拳を握った。
「なら……死者の力を借りる!」
両手を広げる。
「聞こえるか!」
静まり返った地下聖域に、レオの声が響いた。
「俺に力を貸してくれ!」
すると――
床から無数の光が浮かび上がった。
死者たちだった。
彼らはレオの周囲へ集まり、静かにその身体へ力を託していく。
「……来てくれた」
レオの腕に、黒い光が絡みつく。
「《死者の鎖》!」
無数の鎖が飛び出し、黒い扉を縛り上げた。
ギギギギ……!
扉が閉じようとする。
「馬鹿な……!」
黒い紋章の男が後退する。
「三百年前とは違う……!」
レオは歯を食いしばる。
「絶対に開けさせない!」
鎖をさらに強くする。
だが――
扉の向こうから、声が響いた。
『……また……邪魔をするのか』
レオの目が見開かれる。
「……!」
その声を聞いた瞬間、守護者が初めて大きく反応した。
「……!」
守護者が黒い扉へ向かって一歩踏み出す。
ガイアが呟いた。
「……守護者、お前……」
扉の向こうから、再び声が響く。
『……守護の力……まだ残っていたか』
守護者の身体が僅かに震えた。
レオは守護者を見る。
「……知ってるのか」
守護者は答えない。
ただ、黒い扉を睨み続けていた。
そして――
黒い石の欠片に、一本の亀裂が走った。
パキッ。
男の顔から笑みが消える。
「……まずい」
「何?」
「欠片が……耐えられない」
次の瞬間。
黒い石の欠片が砕け散った。
バァァンッ!
黒い霧が地下聖域を包み込む。
「全員、伏せろ!」
ローディンの叫びが響いた。
レオは守護者とともに霧の中へ飲み込まれていく。
そして最後に――
黒い扉の向こうから、確かな声が聞こえた。
『……次は、お前を迎えに行く』
レオの背筋が凍る。
死者の声ではない。
生者の声でもない。
その存在は、確実にレオを認識していた。
霧が晴れた時。
黒い紋章の戦士たちは消えていた。
そして床には――
砕けた黒い石の欠片が一つ。
守護者はそれを見つめていた。
レオは静かに問いかける。
「……守護者」
守護者は振り返らない。
「お前は……あの声を知ってるのか?」
守護者の拳が、わずかに握られた。
答えはなかった。
だが、その反応だけで十分だった。
この地下聖域には、
三百年前には語られなかった秘密が、まだ残されている。
――第62話・完――




