第60話「教会の禁忌」
地下聖域。
黒い扉に残った亀裂を見つめながら、レオは立っていた。
「完全には封じられていない……」
エレナが静かに頷く。
「はい」
「だったら、どうすればいい?」
「その答えを知るために、あなたをここへ連れてきました」
ローディンが振り返る。
「エレナ様。まだ何か隠しているのですか?」
「……あります」
エレナは少し迷った後、レオへ向き直った。
「教会には、ネクロマンサーに関する禁忌の記録があります」
「禁忌?」
「はい」
エレナは古い書物を取り出した。
表紙には、封印を意味する聖印が刻まれている。
「これは教会の最高機密です」
レオが本を受け取る。
ページを開くと、最初に一つの文章が目に入った。
『死者を操る者を、すべて敵と定めるべからず』
「……」
レオの目が止まる。
「今の教会の教えと違うな」
「はい」
エレナは頷いた。
「現在の教会では、ネクロマンサーは危険な存在とされています。しかし、古い教義では違いました」
「死者と話すこと自体が悪じゃなかった?」
「そうです」
ガイアが呟く。
『つまり、今の教会の考え方は途中で変わったんだな』
「何が原因だった?」
レオが尋ねる。
エレナは次のページを開いた。
「三百年前の事件です」
そこには、黒い石と死界への接触実験について記されていた。
「実験によって、死界との境界が開いた。そして、その向こうから何かがこちら側へ干渉した」
「それで教会はネクロマンサーを恐れるようになったのか?」
「それだけではありません」
エレナがさらにページをめくる。
そこには一枚の古い絵が描かれていた。
黒い扉。
その前に立つ一人のネクロマンサー。
そして周囲には、無数の死者たち。
「この人物……」
レオが絵を見る。
「ヴァルドです」
ヴァルドは何も言わず、絵を見つめていた。
「三百年前、ヴァルドは死界への門を閉じるために、死者たちの力を借りました」
「俺と同じ……」
「はい」
レオの表情が険しくなる。
「じゃあ、教会はヴァルドをどうした?」
エレナは黙った。
「答えてくれ」
「……記録では、ヴァルドは死亡したことになっています」
「でも、実際には違う」
「はい」
ヴァルドがゆっくり口を開いた。
「私は死んだ」
レオが振り返る。
「……何?」
「門を閉じた時、私の身体は限界を迎えた」
ヴァルドは自分の胸元へ手を当てる。
「その後、私は長い眠りについた」
「じゃあ、どうやって今まで……」
「分からない」
ヴァルドは首を横に振った。
「気がついた時には、棺の中だった」
レオは黙り込む。
その時、エレナが一枚の紙を取り出した。
「ですが、記録にはもう一つ重要なことが書かれています」
「何?」
「ヴァルドが封印したものについてです」
紙には赤い文字で記されていた。
『門の向こうに存在するものを、決して呼び戻してはならない』
レオの背筋に寒気が走る。
「何者なんだ?」
「記録には名前がありません」
「じゃあ、どうして封印した?」
「その理由だけは書かれています」
エレナが最後の一文を読む。
「死者を生者へ戻す存在ではない」
一拍置いて続ける。
「生者そのものを、死者へ変える存在」
ミナが息を呑む。
「それって……」
「人を殺すってこと?」
エレナは首を横に振った。
「違います」
レオを見る。
「生きている人間の魂そのものを、死界へ引きずり込む存在です」
地下聖域が静まり返る。
その瞬間――
ゴゴゴゴゴ……。
黒い扉が揺れた。
「またか!」
ローディンが剣を抜く。
レオも扉を見る。
小さな亀裂が、わずかに広がっている。
「封印が弱くなってる」
『レオ』
ガイアの声が響く。
『あいつが起きようとしてる』
「……あいつ?」
『扉の向こうにいる存在だ』
レオは拳を握る。
「だったら、もう一度封印する」
エレナが首を横に振る。
「それだけでは足りません」
「どういうこと?」
「三百年前と違います」
エレナはレオを見つめた。
「今は、黒い紋章を持つ者たちが動いています」
「……」
「彼らは、門を開こうとしている」
レオの目に決意が宿る。
「だったら止める」
その時。
地下聖域の入口から、鐘の音が鳴り響いた。
教会本部全体に響き渡る警報。
ローディンが顔を上げる。
「また侵入者か?」
エレナが耳を澄ます。
「……違います」
「何?」
「教会本部の外です」
レオたちが振り返る。
地上から、巨大な黒い魔力が立ち上っていた。
そしてその中心には――
黒い紋章が浮かび上がっていた。
「奴ら……本部そのものを狙っている」
レオは剣を握った。
「行こう」
教会と黒い紋章を持つ勢力。
二つの勢力の衝突が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。
――第60話・完――




