第58話「三百年前の教会記録」
地下聖域を離れ、レオたちはさらに奥へ進んでいた。
エレナが先頭を歩き、ローディンが後ろを警戒している。
「この先に記録があるのか?」
「はい」
エレナが古い扉の前で立ち止まった。
「ここは教会上層部でも、一部の者しか入れない場所です」
「さっきから秘密ばっかりだな」
カイがため息をつく。
「教会ってのは、こんなに隠し事が多いのか?」
「……否定できません」
エレナが鍵を差し込む。
扉が開く。
中には大量の古文書が並んでいた。
その中央には、一冊だけ分厚い黒革の本が置かれている。
「これが……」
「三百年前の記録です」
エレナが本を開く。
古い文字が並んでいた。
レオはページをめくっていく。
最初に書かれていたのは、死界についての研究記録だった。
「教会とネクロマンサーが共同で研究していた……」
「はい」
エレナは静かに頷いた。
「当時は、死者の魂を救うための研究だったそうです」
さらにページをめくる。
そこには黒い紋章の絵があった。
「これ……」
「当時の研究者たちが使っていた紋章です」
「今の黒い紋章を持つ連中と同じなのか?」
「正確には……同じ起源を持つ紋章です」
レオはページを読み進める。
そして、一つの記録で手が止まった。
『死界との接触実験を開始』
「これだ」
ページには実験の詳細が記されている。
黒い石。
魔法陣。
複数の術者。
そして、ヴァルドの名前。
「やっぱりヴァルドが関わっていた」
さらに読み進める。
『実験は成功』
『死界との境界に亀裂を確認』
『多数の魂を確認』
ここまでは、レオが見た記憶と同じだった。
だが、その次のページには――
『想定外の存在を確認』
レオの手が止まる。
「想定外……」
ガイアが低く呟く。
『あの存在のことだろうな』
ページをめくる。
『死者ではない』
『生者でもない』
『死界の住人とも断定できず』
さらに文字が続く。
『我々の呼びかけに応じた』
『そして、こう告げた』
レオは息を呑む。
その下に、一文だけ書かれていた。
『門を開ければ、世界は一つになる』
「……世界が一つに?」
ミナが不安そうに呟く。
「生者と死者が混ざるってこと?」
「おそらく」
エレナの顔が険しくなる。
その先には、当時の司教による判断が記されていた。
『実験を即時中止』
『死界への接触を禁ずる』
『門を封印する』
しかし、その下には別の記録が残されていた。
『一部の研究者、実験の継続を主張』
『黒き境界派と呼称』
レオが顔を上げる。
「黒き境界派……」
「それが今の黒い紋章を持つ勢力の始まりです」
エレナが答える。
ローディンが眉をひそめる。
「つまり、奴らは三百年前から存在していたのか」
「はい」
レオは黙って本を見つめる。
「じゃあ、ヴァルドはどうなった?」
エレナは次のページを開いた。
そこには大きく一文だけ書かれていた。
『ヴァルド、消息不明』
「……」
「その後の記録はありません」
ヴァルド本人が横で静かに目を閉じる。
「私は……逃げたのではない」
レオが振り返る。
「覚えているのか?」
「少しずつだ」
ヴァルドは自分の手を見つめる。
「門を閉じるために、私は死者たちの力を借りた」
「それで……?」
「門は閉じた」
ヴァルドは顔を上げた。
「だが、私自身もその場所から戻れなかった」
レオが驚く。
「じゃあ、お前は三百年間……」
「眠っていたのだろう」
その時。
古文書の部屋全体が揺れた。
「地震!?」
カイが身構える。
レオはすぐに気づいた。
「違う」
地下聖域の方向から――
黒い魔力が流れ込んできている。
『レオ!』
ガイアが叫ぶ。
『黒い扉だ!』
エレナが青ざめる。
「封印が……また弱くなっている」
「どうして?」
「分かりません!」
レオは古文書を閉じた。
すると、本の最後のページが風もないのに開いた。
そこには、今まで見つけられなかった一文が浮かび上がっていた。
『もし再び門が開こうとする時――』
その下に続く文字。
『ネクロマンサーが現れる』
レオの目が見開かれる。
「……俺のことか?」
ヴァルドが静かに答えた。
「おそらくな」
その瞬間。
地下聖域から轟音が響いた。
ドンッ!!
レオたちは一斉に顔を上げる。
「行くぞ!」
レオが走り出す。
黒い扉の封印が、再び崩れ始めていた。
そしてその扉の向こうから――
あの声が響く。
『ネクロマンサー……』
レオは立ち止まらない。
自分がなぜこの力を持ったのか。
死界とは何なのか。
そして黒い紋章を持つ者たちは何を求めているのか。
その答えへ向かって、レオは地下聖域へ走った。
――第58話・完――




