第56話「三百年前の真実」
闇の中にいた。
音もない。
身体の感覚もない。
「……ここは?」
レオが辺りを見回す。
すると、目の前に景色が浮かび上がった。
古い聖王教会。
今とは違い、まだ新しい建物だった。
「これは……過去?」
『そうみたいだな』
ガイアの声が聞こえる。
『三百年前の記憶だ』
教会の中を、一人の青年が歩いていた。
黒いローブを身にまとい、手には杖。
その青年の周囲には、数人の聖職者がいる。
「ヴァルド……」
レオは呟いた。
その頃のヴァルドは、生きていた。
「魂の流れは、やはり死界へ向かっている」
「ならば、死者を救えるのですか?」
若い聖職者が尋ねる。
「救えるかもしれない」
ヴァルドは石板を指差した。
「だが、死界へ直接干渉するのは危険だ」
「それでも研究を続けるのですか?」
「死者を蘇らせるためじゃない」
ヴァルドは首を横に振る。
「死者の魂が苦しまずに眠れる方法を探している」
レオは黙ってその光景を見つめていた。
現在の教会とは、あまりにも違う。
その時。
一人の男が部屋へ入ってきた。
胸元には、黒い紋章。
「ヴァルド」
「来たか」
「準備が整った」
「……本当にやるのか?」
「ここまで研究したんだ。確かめるべきだ」
男は黒い石を机へ置いた。
レオが目を見開く。
「黒い石……!」
『あれは、前に見たものと同じだ』
黒い石から、かすかな光が漏れる。
「この石を使えば、死界との境界に干渉できる」
「しかし、失敗すれば……」
「成功すれば、死者と生者の境界を知ることができる」
ヴァルドは迷っていた。
「やめろ」
レオは思わず叫んだ。
だが、過去の人間たちには声が届かない。
「始めよう」
黒い石が祭壇へ置かれた。
複数の魔法陣が輝く。
教会の聖職者たちが祈りを始める。
そして――
空間が歪んだ。
黒い亀裂が生まれる。
「成功した……!」
誰かが叫んだ。
しかし、ヴァルドの顔は険しい。
「違う……」
「何が違う?」
「これは……入口じゃない」
亀裂の向こう。
無数の死者の魂が見えた。
だが、その奥には――
巨大な何かがいた。
『……見つけた』
低い声が響く。
レオの身体が震える。
「何だ……あれ」
『分からない』
ガイアも警戒している。
ヴァルドが叫んだ。
「閉じろ!」
「もう遅い!」
黒い魔力が部屋中に広がる。
聖職者たちが次々と倒れていく。
黒い紋章の男が石へ手を伸ばす。
「これほどの力……!」
「触るな!」
ヴァルドが止める。
だが――
男の身体から黒い紋章が広がった。
「ぐっ……!」
男が苦しみ始める。
その瞬間、ヴァルドが杖を掲げた。
「死者よ!」
大量の魂がヴァルドの周囲へ集まる。
「私に力を貸してくれ!」
魂たちはヴァルドへ集まり、黒い魔力を押し返していく。
レオは息を呑んだ。
「俺と……同じだ」
ヴァルドは死者を支配していなかった。
死者の意思を尊重し、その力を借りていた。
レオの《死者の鎖》と同じ力の根にあるもの。
「閉じろおおお!」
ヴァルドの力によって、亀裂が徐々に閉じていく。
だが完全には閉じない。
黒い石が砕けた。
そして床へ落ちた破片の一つが――
黒い紋章を刻んだ。
映像が途切れる。
「……!」
レオは現実へ戻った。
目の前には地下聖域。
倒れているカイとミナ。
剣を構えるローディン。
そして、石碑の前に立つエレナ。
「レオ!」
ガイアの声が響く。
『戻ってきたな!』
「ああ……」
レオは息を整える。
「三百年前に何があったのか……少し分かった」
ヴァルドもレオを見ていた。
「見たのか……」
「全部じゃない。でも、分かった」
レオは黒い扉を見る。
「あの扉の向こうには、ただ死者がいるんじゃない」
ヴァルドが静かに頷く。
「そうだ」
「何かがいる」
「……ああ」
その時。
地下聖域の入口から足音が響いた。
複数。
ローディンが振り返る。
「誰だ!」
闇の向こうから、黒いローブの集団が姿を現した。
胸元には――
黒い紋章。
「また来たか……」
レオが構える。
先頭の男が口を開いた。
「ヴァルド」
「……」
「三百年前の失敗を、もう一度繰り返すつもりか?」
レオの表情が変わる。
「失敗……?」
男はレオを見る。
「そうだ」
そして――
「今度は、お前の力を使ってな」
地下聖域に、再び戦いの気配が満ちた。
――第56話・完――




