第55話「棺の中の死者」
地下聖域。
開かれた棺の中から、ゆっくりと人影が起き上がった。
白く乾いた肌。
古びた黒いローブ。
そして、胸元には見覚えのない紋章。
「……死者なのか?」
カイが剣に手をかける。
「待って」
レオが前へ出る。
目の前の死者は、レオをじっと見つめていた。
「お前は……誰だ?」
「……名は……」
死者は苦しそうに息を吐く。
「ヴァルド……」
エレナが驚いた。
「ヴァルド……?」
「知ってるのか?」
「いいえ。ただ……古い教会文書で、その名前を見たことがあります」
ヴァルドはゆっくりとレオを見る。
「お前……ネクロマンサーなのか……」
「ああ」
「ならば……教えてくれ」
ヴァルドが一歩近づく。
「三百年後の世界は……どうなった?」
レオは答えに困った。
「三百年前のことを知りたい」
「……そうか」
ヴァルドは静かに笑った。
「ならば……私が知っていることを話そう」
ローディンが警戒する。
「待て。そいつが何者なのか分からない」
「分かってる」
レオは視線を逸らさない。
「だから聞くんだ」
ヴァルドは石碑へ目を向けた。
「三百年前……この場所には、教会とネクロマンサーが集まっていた」
「教会と……?」
「当時の教会は、今とは違った」
エレナが息を呑む。
「違った……?」
「死者を恐れてはいなかった」
その言葉に、レオが反応する。
「じゃあ、ネクロマンサーと戦っていなかったのか?」
「最初はな」
ヴァルドの表情が曇る。
「私たちは共に、死界の研究をしていた」
レオの目が見開かれる。
「死界……」
『やっぱり繋がってる』
ガイアの声が響いた。
「死界への扉を作ったのか?」
「違う」
ヴァルドは首を横に振った。
「扉は……もともと存在していた」
地下聖域の空気が凍る。
「俺が見つけた扉も?」
「お前が見たものが同じものかは分からない」
「じゃあ何を研究していた?」
「死者の魂がどこへ行くのか。そして……死者と生者が再び交わることができるのか」
ミナが小さく呟く。
「そんなこと……できるの?」
「できなかった」
ヴァルドは答える。
「だからこそ、研究は禁じられた」
「誰に?」
「教会だ」
エレナが顔を強張らせる。
「……教会が?」
「研究を危険だと判断した」
ヴァルドは続けた。
「だが、一部の教会関係者は研究を続けた」
レオは黒い紋章を思い出す。
「それが……黒い紋章を持つ勢力?」
「……そうだ」
初めてヴァルドがはっきりと答えた。
「彼らは元々、教会の内部にいた」
ローディンが驚く。
「そんな馬鹿な……」
「信じられないのは分かる」
ヴァルドは静かに目を閉じる。
「だが、黒い紋章は最初から敵の印だったわけではない」
「じゃあ、何のための紋章だった?」
「死者と生者の境界を研究する者たちの印だ」
レオは黙り込む。
黒い石。
地下聖堂。
三百年前のネクロマンサー。
そして黒い紋章。
すべてが繋がり始めている。
「じゃあ……どうして敵になった?」
ヴァルドの表情が変わった。
「……ある事件が起きた」
「事件?」
「死界への接触だ」
その瞬間。
地下聖域の奥から、低い音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
黒い扉が震えている。
ヴァルドが振り返った。
「まずい……」
「何が起きてる?」
「封印が弱くなっている」
エレナが青ざめる。
「封印……?」
「この地下聖域そのものが、あるものを封じるために作られた」
「あるものって何だ?」
ヴァルドは答えない。
ただ、レオを見つめる。
「お前がここへ来たことで……封印が目を覚ました」
「俺が……?」
「お前の力が、あの扉に反応している」
レオは黒い扉へ目を向ける。
扉の中央。
黒い紋章が、ゆっくりと輝いていた。
その瞬間――
扉の向こうから声が響いた。
『ネクロマンサー……』
レオの身体が強張る。
『こちらへ来い……』
ガイアが叫ぶ。
『レオ! 絶対に近づくな!』
だが、レオは動かなかった。
声の主は――
確かに自分を呼んでいた。
「お前は……誰なんだ?」
返事はない。
代わりに、黒い扉に一筋の亀裂が走った。
ヴァルドが叫ぶ。
「逃げろ!」
ドンッ!!
黒い魔力が地下聖域を覆った。
そしてレオの視界が――
闇に染まった。
――第55話・完――




