第181話「新たなる旅路」
エルフェリア大森林を出発してから、三日が経過していた。
レオたちは森の南側に広がる街道を歩いていた。
長い間、木々に囲まれた場所で過ごしていたため、遠くまで続く草原の景色が新鮮に感じられる。
「……ようやく森を抜けたって感じだな」
カイが大きく背伸びをした。
ミナが微笑む。
「そうですね。空がこんなに広く見えるのは久しぶりです」
リュシアは興味深そうに周囲を見渡していた。
「……すごい」
レオが振り向く。
「どうした?」
「こんなに木が少ない場所、初めて来たの」
「……そうなのか?」
「うん。森の外へ出ることはあっても、遠くまで行ったことはなかったから」
リュシアは草原を見つめた。
「……世界って、本当に広いんだね」
カイが笑った。
「まだまだこんなもんじゃねえぞ」
「本当?」
「ああ。山も海も、大きな街もある」
「……見てみたい!」
リュシアの瞳が輝いた。
その様子を見て、ミナが小さく笑った。
「これから、たくさん見られますよ」
ガイアは少し離れた場所から一行を見守っていた。
「……ただし、観光ばかりしているわけにもいかない」
カイが振り向く。
「分かってるって」
「ならば、次の目的地を決める必要があるな」
レオは頷いた。
「……ああ」
今回の旅には、明確な課題があった。
それぞれの力を高めること。
そして、ヴァルドが残した魂導術について、さらに理解を深めることだった。
レオは『魂導秘録』を取り出した。
「……まずは、修行できる場所を探したい」
ミナが尋ねる。
「どこか心当たりがあるんですか?」
「……一つだけ」
レオは地図を広げた。
そこには、森から南西へ続く山脈が描かれていた。
「この山の麓に、古い修練場があるらしい」
カイが地図を覗き込んだ。
「……修練場?」
「昔、冒険者や魔術師が集まっていた場所だって」
ガイアが目を細めた。
「……灰峰山地か」
レオは顔を上げた。
「知ってるのか?」
「名前だけはな。かつて、さまざまな流派の戦士が技を磨いていたと聞く」
カイが笑った。
「……面白そうじゃねえか」
しかし、ガイアは続けた。
「今も使われているかは分からない」
レオは頷いた。
「……だから、まずは近くの町で情報を集めよう」
一行は次の目的地を決め、再び歩き始めた。
昼過ぎになると、街道の先に小さな宿場町が見えてきた。
石造りの家々が並び、荷馬車や旅人が行き交っている。
「……町だ!」
リュシアが嬉しそうに声を上げた。
カイが笑う。
「そんなに珍しいか?」
「うん! 森の集落とは全然違う!」
ミナが彼女の隣へ並んだ。
「まずは宿を探しましょうか」
レオは頷いた。
「……そうだな」
町の入口には、旅人を確認する衛兵が立っていた。
「旅の者か?」
レオが答える。
「はい。少し滞在したいんです」
衛兵は一行を見渡した。
そして、ガイアの姿で視線を止めた。
「……そちらの方は?」
ガイアが静かに答えた。
「……同行者だ」
衛兵は少し戸惑った表情を浮かべた。
レオが続ける。
「俺たちの仲間です」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、衛兵は頷いた。
「……分かった。町の中で問題を起こさないようにな」
「ありがとうございます」
レオたちは町へ入った。
リュシアは店先に並ぶ品物を興味深そうに眺めていた。
「……あれは何?」
ミナが振り向く。
「焼き菓子ですね」
「……食べられるの?」
「もちろんです」
リュシアは目を輝かせた。
「……食べてみたい!」
カイが笑った。
「じゃあ、後で買ってやるよ」
「本当!?」
「ああ」
ガイアが静かに口を開く。
「……先に宿を確保した方がいいと思うが」
カイは肩をすくめた。
「分かってるって」
レオは仲間たちのやり取りを見て微笑んだ。
森を出てから、リュシアは何もかもが新鮮に映るようだった。
その姿を見ていると、自分たちも旅を始めた頃の気持ちを思い出す。
やがて、一行は町の中心にある宿へ到着した。
部屋を確保した後、レオたちは食堂に集まった。
机の上には、灰峰山地周辺の地図が広げられている。
「……さて」
カイが椅子に腰を下ろした。
「修行って言っても、具体的に何をするんだ?」
レオは少し考えた。
「……まずは、自分たちの弱点を知ることかな」
ミナが首を傾げる。
「弱点、ですか?」
「ああ」
レオは頷いた。
「森での戦いを思い出してほしい」
カイは腕を組んだ。
「……黒い牙狼たちとの戦いか」
「そう」
レオは続けた。
「俺の《死者の鎖》は便利だけど、黒い侵食を受けた相手に直接使うと危険だった」
ガイアが頷いた。
「……魂の繋がりを利用する術だからな」
「だから、もっと安全に使える方法を探したい」
ミナが口を開いた。
「私は、炎の威力を調整できるようになりたいです」
レオが顔を上げる。
「……威力?」
「はい。魔物を傷つけずに進路を塞ぐことはできましたけど、もっと細かく炎を操れたらと思って」
カイも頷いた。
「俺は剣だな。強い斬撃を出すだけじゃ、対応できない相手もいる」
ガイアが静かに言った。
「……俺も、自分の力について考える必要がある」
レオが振り向く。
「ガイアも?」
「ああ。俺は死者だ。生者とは違う強みがある一方で、魂そのものへ干渉する力には弱い可能性がある」
レオは頷いた。
「……確かに」
その時、リュシアが手を上げた。
「……私も!」
カイが笑った。
「お前は何を鍛えたいんだ?」
「弓と精霊術!」
リュシアは答えた。
「森の外でも、ちゃんと戦えるようになりたい」
ミナが微笑んだ。
「一緒に頑張りましょう」
「うん!」
レオは白き守護者を見た。
彼女は静かに自分の胸元へ手を当てた。
「……守護者も、自分の力を知りたいんだな」
彼女は頷いた。
ガイアが口を開く。
「……守護者の力は、境界と深く関わっている。無理に引き出すべきではないが、制御する方法は必要だろう」
レオは頷いた。
「……みんな、それぞれ課題があるんだな」
その日の夕方、レオとガイアは宿の裏庭で向き合っていた。
「……少し試してみるか」
ガイアが尋ねた。
レオは頷いた。
「……ああ」
彼は右手を伸ばした。
「《死者の鎖》」
紫色の鎖が現れ、地面の上をゆっくりと伸びていく。
ガイアはその動きを観察した。
「……以前より安定しているな」
「本当か?」
「ああ。だが、まだ無駄な魔力が多い」
レオは眉をひそめた。
「……無駄?」
「鎖を一本出すだけでも、必要以上の力を使っている」
ガイアは続けた。
「力を強くすることだけが成長ではない」
レオは鎖を見つめた。
「……じゃあ、どうすれば?」
「……まずは、短い鎖を正確に動かしてみろ」
レオは頷いた。
「……分かった」
鎖を一度消し、再び右手を伸ばす。
今度は短い鎖を一本だけ出現させた。
「……これでどうだ?」
ガイアは頷いた。
「……悪くない」
しかし、鎖の先端は小さく揺れていた。
「……まだ安定しないな」
「焦るな。力を抑えることに慣れていないだけだ」
レオは深く息を吸った。
そして、もう一度集中した。
紫色の鎖が、ゆっくりと動きを止めた。
「……できた」
ガイアは小さく笑った。
「……第一歩だな」
その頃、宿の二階ではリュシアが窓から町を眺めていた。
隣にはミナが座っている。
「……ねえ、ミナ」
「何ですか?」
「みんな、ずっとこんな旅をしてきたの?」
ミナは少し考えた。
「……そうですね。楽しいこともありましたけど、危険なこともたくさんありました」
「……怖くなかった?」
「怖かったですよ」
ミナは微笑んだ。
「今でも、怖い時はあります」
リュシアは驚いた。
「……そうなの?」
「はい。でも、仲間がいるから頑張れるんです」
リュシアは静かに頷いた。
「……仲間」
ミナは彼女を見た。
「これからは、リュシアさんもその一人ですよ」
リュシアは嬉しそうに微笑んだ。
「……うん!」
夜になり、レオたちは再び食堂へ集まった。
ガイアが地図を広げる。
「……明日は灰峰山地へ向かうための情報を集めよう」
カイが頷いた。
「修練場が今も使えるか、確かめないとな」
レオは仲間たちを見渡した。
「……みんな、これからもよろしく」
ミナが微笑む。
「こちらこそ」
リュシアも元気よく頷いた。
「よろしくね!」
白き守護者は静かに微笑んだ。
ガイアはレオを見つめた。
「……強くなるということは、自分の弱さを知ることでもある」
レオは頷いた。
「……ああ」
「そして、一人ですべてを背負う必要はない」
レオは仲間たちを見渡した。
「……分かってる」
六人の旅は、まだ始まったばかりだった。
これから待ち受ける修行。
新たな出会い。
そして、それぞれが向き合うことになる過去と弱さ。
レオは静かに拳を握った。
「……もっと強くなろう」
その言葉に、仲間たちは頷いた。
――第181話・完――




