第180話「新たなる仲間」
「……私も、一緒に旅をさせてほしい」
リュシアの言葉に、レオたちは驚いた表情を浮かべた。
エルフェリア大森林の集落。
朝の柔らかな日差しが差し込む広場で、銀髪のエルフの少女は真剣な眼差しを向けていた。
「……本気なのか?」
カイが尋ねた。
リュシアは頷いた。
「うん。昨日、一晩考えたの」
「森を離れるってことだぞ?」
「分かってる」
彼女は迷わず答えた。
「でも、この森にいるだけじゃ、分からないことがたくさんあるって気づいたから」
ミナが微笑んだ。
「……リュシアさん」
ガイアは腕を組んだ。
「……外の世界は危険だ。今回のようなことが、何度も起こるかもしれない」
「それでも行きたい」
リュシアは答えた。
「黒い侵食の原因を知りたい。それに、みんなと一緒に戦えるくらい強くなりたい」
レオは静かに彼女を見つめた。
「……エルディンさんには?」
「もう話したよ」
「……何て?」
「止めないって。ただし、みんなの気持ちも聞きなさいって」
レオは少し考えた。
そして、仲間たちへ顔を向けた。
「……みんなはどう思う?」
カイが肩をすくめた。
「俺は賛成だぜ。弓の腕も確かだしな」
ミナも頷いた。
「私もです。リュシアさんが一緒なら心強いです」
ガイアは静かに口を開いた。
「……俺も異論はない。ただし、一つだけ確認したい」
リュシアが顔を上げた。
「……何?」
「お前は、俺たちについて来るだけのつもりか?」
彼女は少し驚いた。
「……え?」
「旅では、自分で判断しなければならない時がある。誰かに命令されたから戦うのではなく、自分の意思で選ばなければならない」
リュシアはガイアを見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……分かってる」
「ならば、いい」
ガイアは小さく笑った。
レオは白き守護者へ顔を向けた。
彼女も静かに頷いている。
「……決まりだな」
レオはリュシアへ手を差し出した。
「これからよろしく、リュシア」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「……うん! よろしくね、レオ!」
二人は固く握手を交わした。
リュシア・エルフェリス。
エルフ族の弓使いが、正式にレオたちの仲間となった。
その日の午後、レオたちはエルディンの屋敷を訪れていた。
「……話はまとまったようだな」
エルディンが穏やかに尋ねた。
レオは頷いた。
「はい。リュシアには、俺たちと一緒に来てもらいます」
「そうか」
エルディンは孫娘を見た。
「……リュシア」
「うん」
「森の外には、お前の知らぬものが数多くある」
リュシアは頷いた。
「……分かってる」
「美しいものもあれば、恐ろしいものもあるだろう」
エルディンは続けた。
「だが、何を見ても、自分の心を見失うな」
リュシアは真剣な表情で答えた。
「……うん」
エルディンは机の引き出しから、小さな木箱を取り出した。
「……これを持っていきなさい」
リュシアが首を傾げた。
「……何?」
木箱の中には、緑色の宝石が埋め込まれた首飾りが入っていた。
「……これって」
「お前の母が使っていたものだ」
リュシアは息を呑んだ。
「……お母さんの?」
「ああ。精霊の力を感じ取るための護符だ」
エルディンは首飾りを手に取った。
「特別な力を与えてくれるわけではない。だが、森の精霊たちとの繋がりを思い出させてくれるだろう」
リュシアは両手で首飾りを受け取った。
「……ありがとう」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……大切にする」
エルディンは穏やかに微笑んだ。
「……ああ」
しばらくして、フェルンが屋敷へ入ってきた。
「長老。第三監視地点の報告が届きました」
エルディンが顔を上げる。
「……状況は?」
「結界の再構築が完了しました。黒い侵食の拡大も、現在は抑えられています」
レオが尋ねた。
「……魔物たちは?」
フェルンは答えた。
「東側の巡回路付近で確認されています。集落へ戻る動きはありません」
リュシアは胸を撫で下ろした。
「……よかった」
しかし、フェルンは続けた。
「ただし、侵食そのものが消えたわけではありません」
ガイアが頷いた。
「……四つ目の石板も、まだ不安定な状態だ」
エルディンは静かに目を閉じた。
「……分かっておる」
レオは尋ねた。
「……今後、どうするんですか?」
「評議会で、封鎖領域の監視を強化することが決まった」
エルディンは答えた。
「四つ目の石板には不用意に近づかず、周囲の魔力の流れを観測する」
フェルンが続けた。
「森の各所にある結界石も調整します。侵食が集落へ広がらないよう、魔力供給を管理する予定です」
ミナが頷いた。
「……少しずつでも、対策が進んでいるんですね」
「ああ」
エルディンは答えた。
「だが、根本的な解決には至っておらぬ」
レオは『魂導秘録』を取り出した。
「……俺たちも、旅の途中で調べてみます」
エルディンは顔を上げた。
「……何を?」
「境界のことです。ヴァルドが残した記録や、三つの意思について」
レオは続けた。
「四つ目の石板を直す方法が分かれば、必ず知らせます」
エルディンは静かに頷いた。
「……頼んだぞ」
翌朝、集落の入口には多くのエルフたちが集まっていた。
レオたちの出発を見送るためだった。
「……こんなに集まってくれるなんて」
ミナが驚いたように呟いた。
カイが笑った。
「俺たち、結構人気者になったんじゃねえか?」
「カイさん、そういうことじゃないと思います」
ミナが苦笑する。
ガイアは静かに周囲を見渡した。
「……無事に旅立てることを喜ぼう」
リュシアは集落の入口で立ち止まっていた。
幼い頃から見慣れた家々。
精霊たちが集まっていた大樹。
そして、森を守り続けてきた人々。
そのすべてが、彼女にとって大切なものだった。
「……リュシア」
背後から声が聞こえた。
振り向くと、フェルンが立っていた。
「……フェルン」
「忘れ物はないか?」
「うん。大丈夫」
「弓の手入れは?」
「昨日済ませたよ」
「矢の予備は?」
「ちゃんと持ってる」
フェルンは頷いた。
「……そうか」
リュシアは小さく笑った。
「……心配しすぎだよ」
「当然だ」
フェルンは真剣な表情で答えた。
「お前は、まだ森の外での戦いを知らない」
「……うん」
「だからこそ、無茶はするな」
リュシアは頷いた。
「……約束する」
フェルンは少しだけ表情を緩めた。
「……強くなって帰ってこい」
「……うん!」
その時、エルディンがゆっくりと近づいてきた。
「……準備はできたか?」
リュシアは祖父を見つめた。
「……おじいちゃん」
エルディンは頷いた。
「……行っておいで」
その言葉を聞いた瞬間、リュシアの瞳から涙がこぼれた。
「……絶対に帰ってくるから」
「ああ」
「もっと強くなって、森を守れるようになって」
エルディンは穏やかに微笑んだ。
「……楽しみにしておる」
リュシアは祖父へ抱きついた。
エルディンは静かに彼女の背中へ手を回した。
「……お前の帰る場所は、いつでもここにある」
しばらくして、リュシアは祖父から離れた。
そして、涙を拭いながら笑った。
「……行ってきます!」
レオたちは森の出口へ向かって歩き始めた。
リュシアは何度も振り返り、集落の人々へ手を振った。
やがて、木々の向こうに集落の姿が見えなくなった頃。
カイが口を開いた。
「……さて、次はどこへ行くんだ?」
レオは『魂導秘録』を開いた。
「……まずは、旅の途中で得た情報を整理したい」
ガイアが頷いた。
「……ヴァルドの術式についても、まだ分からないことが多い」
ミナが尋ねた。
「……どこか落ち着いて調べられる場所が必要ですね」
「そうだな」
レオは答えた。
「それに、俺たち自身も、もっと強くならないと」
カイが笑った。
「……修行ってことか?」
「……ああ」
レオは頷いた。
「今回の森での戦いで、分かったことがある」
ガイアが尋ねた。
「……何だ?」
「俺たちは、まだ自分たちの力を十分に使いこなせていない」
レオは続けた。
「黒い侵食を受けた魔物たちを助けることも、石板を修復することもできなかった」
ミナは静かに頷いた。
「……そうですね」
「だから、もっと強くなりたい」
レオは仲間たちを見渡した。
「誰かを倒すためだけじゃなくて、守るために」
ガイアは小さく笑った。
「……お前らしい答えだ」
白き守護者も静かに頷いた。
リュシアはレオの隣へ並んだ。
「……私も頑張る」
レオは微笑んだ。
「……一緒に強くなろう」
「……うん!」
こうして、レオたちは新たな仲間を迎えた。
レオ。
カイ。
ミナ。
ガイア。
白き守護者。
そして、リュシア。
六人となった一行は、エルフェリア大森林を後にした。
森に残された黒い侵食。
三百年前に交わされた約束。
そして、いまだ明らかになっていない境界の秘密。
それらを解き明かすためには、さらに多くの知識と力が必要だった。
レオは前方へ続く道を見つめた。
「……行こう、みんな」
仲間たちは頷いた。
新たな出会いと試練が、彼らを待っている。
そして、レオたちの旅は、次なる段階へ進もうとしていた。
――第180話・完――




