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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第179話「森を守る誓い」

エルフェリア大森林。

封鎖領域から戻ったレオたちは、長老エルディンの屋敷へ向かっていた。

四つ目の補助石板で確認した黒い亀裂。

三つの円のうち、一つだけが放っていた白い光。

そして、森のさらに奥から逆流する黒い魔力。

調査によって得られた情報は多かったが、侵食を止める方法は見つかっていなかった。

「……結局、何も直せなかったな」

カイが呟いた。

ミナは首を振った。

「でも、石板がまだ動いていることは分かりました」

「そうだけどよ」

「それに、黒い魔力がどこから流れているのかも、少しだけ分かったじゃないですか」

ガイアが頷いた。

「……ああ。少なくとも、石板そのものが侵食を生み出しているとは限らない」

レオは黙って歩いていた。

その隣には、白き守護者がいる。

彼女は時折、森の奥を振り返っていた。

「……気になるのか?」

レオが尋ねる。

白き守護者は小さく頷いた。

「……俺もだよ」

レオは静かに答えた。

「でも、今はみんなを守る方が先だ」

彼女はレオを見つめ、ゆっくりと頷いた。

エルディンの屋敷。

報告を聞き終えた老人は、深く息を吐いた。

「……そうか。四つ目の石板は、まだ機能していたのだな」

フェルンが頷いた。

「はい。ただし、黒い亀裂が広がり、侵食が強まっています」

エルディンは目を閉じた。

「……三百年前、ヴァルドはあの石板を『流れを選ぶ門』と呼んでいた」

レオが顔を上げた。

「……門?」

「ああ。必要な力を通し、危険な力を退けるためのものだ」

ガイアが口を開く。

「……だが、今は黒い魔力が逆流している」

「そのようだ」

エルディンは頷いた。

「石板が壊れれば、森の均衡がさらに崩れる可能性がある」

リュシアは拳を握った。

「……じゃあ、早く直さないと」

フェルンが首を振った。

「方法が分からない以上、無理に触れることはできない」

「……でも!」

「リュシア」

フェルンの声が少し強くなった。

「焦って失敗すれば、集落まで危険に晒す」

リュシアは唇を噛んだ。

「……分かってる」

エルディンは孫娘を見つめた。

「……リュシア。お前の気持ちは分かる」

彼女は顔を上げた。

「だが、森を守るとは、ただ危険へ飛び込むことではない」

リュシアは何も答えなかった。


その日の夕方。

リュシアは集落の外れにある大樹の前へ向かっていた。

そこは、幼い頃から彼女がよく訪れていた場所だった。

巨大な幹には、古い精霊文字が刻まれている。

「……ただいま」

リュシアは大樹へ手を当てた。

かつて、この場所には多くの精霊が集まっていた。

幼い彼女は母親に連れられ、何度もここを訪れた。

『リュシア。森の声を聞いてごらん』

母はいつも、そう言っていた。

『木も、風も、動物たちも、みんな違う声を持っているの』

幼いリュシアは尋ねた。

『……精霊も?』

『もちろん』

母は優しく笑った。

『でもね、聞こえないからって、何も感じていないわけじゃないのよ』

リュシアは大樹を見上げた。

今、その枝には精霊の姿がほとんど見えない。

「……お母さん」

彼女は小さく呟いた。

「私、ちゃんと森の声を聞けてるのかな」

返事はなかった。

ただ、冷たい風が頬を撫でた。

「……ここにいたんだ」

背後から声が聞こえた。

リュシアが振り向くと、レオが立っていた。

「……レオ」

「探したよ」

「……ごめん」

レオは首を振った。

「別に怒ってない」

彼は大樹を見上げた。

「……立派な木だな」

リュシアは頷いた。

「私が小さい頃から、ずっとここにあるの」

「……そうなんだ」

「お母さんとも、よく来た」

レオは彼女を見た。

「……封鎖領域で聞いた声」

リュシアは頷いた。

「……うん」

しばらく沈黙が続いた。

やがて、リュシアが口を開いた。

「……私、あの声を聞いた時、嬉しかった」

レオは黙って耳を傾けた。

「偽物だって分かってた。でも、もう一度お母さんの声が聞けるなら、それでもいいって思っちゃった」

彼女は俯いた。

「……情けないよね」

「……そんなことない」

レオは静かに答えた。

「大切な人の声を、もう一度聞きたいと思うのは普通だよ」

リュシアは顔を上げた。

「……レオも?」

「……ああ」

レオは頷いた。

「俺だって、会いたい人はいる」

彼は大樹を見つめた。

「でも、あの声に応じたら、きっと本当に大切なものまで失う」

リュシアは静かに頷いた。

「……うん」


「……ねえ、レオ」

「何?」

「私、ずっとこの森を守りたいって思ってた」

リュシアは大樹から手を離した。

「でも、今回のことで分かったの」

レオは彼女を見た。

「……何が?」

「森の外で何が起きているのか、私はほとんど知らない」

リュシアは続けた。

「黒い侵食も、ヴァルドのことも、境界のことも」

彼女は拳を握った。

「この森だけを見ていても、守れないものがあるんだね」

レオは静かに頷いた。

「……そうかもしれない」

「だから、もっと知りたい」

リュシアは顔を上げた。

「森の外の世界を。黒い侵食の正体を。そして、どうすれば大切なものを守れるのか」

レオは少し驚いた表情を浮かべた。

「……リュシア」

彼女は真剣な眼差しでレオを見つめた。

「……私、決めた」

「……何を?」

「この森を守るために、森の外へ出たい」

レオは言葉を失った。

リュシアは続けた。

「レオたちと一緒に旅をしたいの」


翌朝。

エルディンの屋敷。

リュシアは祖父の前に立っていた。

「……おじいちゃん」

エルディンは静かに顔を上げた。

「何だ?」

「……お願いがあるの」

彼女は深く頭を下げた。

「私を、レオたちと一緒に旅へ行かせてください」

エルディンは目を見開いた。

フェルンも驚いた表情を浮かべた。

「……リュシア、お前」

しかし、彼女は顔を上げた。

「ちゃんと考えたの」

エルディンは黙っていた。

「この森を離れるのは怖い。でも、何も知らないまま守られるだけじゃ嫌なの」

リュシアは続けた。

「外の世界で学んで、強くなって、いつか必ずこの森へ帰ってくる」

エルディンは静かに目を閉じた。

「……そうか」

長い沈黙が続いた。

やがて、老人は口を開いた。

「……お前の母も、若い頃に同じことを言った」

リュシアは息を呑んだ。

「……お母さんが?」

「ああ。森を守るためには、森の外を知る必要があるとな」

エルディンは穏やかに笑った。

「……似てきたな」

リュシアの瞳が潤んだ。

「……おじいちゃん」

「だが、旅は危険だ」

エルディンは真剣な表情になった。

「黒い侵食の正体も分からぬ。お前が無事に帰れる保証もない」

リュシアは頷いた。

「……分かってる」

「それでも行くのか?」

「……うん」

彼女は迷わず答えた。

エルディンはしばらく孫娘を見つめていた。

そして、静かに頷いた。

「……ならば、止めはせぬ」

リュシアは目を見開いた。

「……本当に?」

「ああ」

エルディンは答えた。

「ただし、レオたちの意思も聞かねばならぬ」

リュシアは大きく頷いた。

「……ありがとう!」


その頃。

レオたちは集落の外で、森の様子を確認していた。

第三監視地点の結界は修復が進み、黒い侵食の拡大も一時的に落ち着いていた。

しかし、完全に止まったわけではない。

ガイアが静かに口を開いた。

「……四つ目の石板について、まだ調べる必要がある」

レオは頷いた。

「……ああ」

カイが尋ねた。

「……次はどうする?」

レオは森の奥を見つめた。

「まずは、エルディンさんに相談しよう」

ミナが頷いた。

「……そうですね」

その時、遠くからリュシアの声が聞こえた。

「……レオ!」

全員が振り向いた。

リュシアがこちらへ走ってくる。

その表情には、昨日までの迷いはなかった。

「……みんなに、話したいことがあるの!」

レオは彼女を見つめた。

「……何?」

リュシアは深く息を吸った。

そして、真っ直ぐに顔を上げた。

「……私も、一緒に旅をさせてほしい」

レオたちは驚いた表情を浮かべた。

リュシアは続けた。

「森を守るために、もっと強くなりたい。だから、みんなと一緒に行きたいの」

レオは彼女を見つめた。

そして、静かに微笑んだ。

「……そっか」

彼は手を差し出した。

「じゃあ、ちゃんと話そう」

リュシアはその手を見つめた。

新しい旅への決意が、彼女の胸に芽生えていた。

――第179話・完――

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