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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第163話「隔絶の印」

エルフェリア大森林。

早朝。

監視隊の連絡所では、フェルンが古い地図を広げていた。

その隣には、エルディンとリュシアが立っている。

「……準備は整いました」

フェルンが報告した。

エルディンは頷いた。

「では、出発しよう」

今日の目的は、封鎖された領域に残る観測術式を調べることだった。

百年前、エルフ族は四つ目の補助石板を封鎖した。

しかし、その際に設けられた観測術式は、現在も結界の外側に残されているという。

レオたちは、その仕組みを利用して石板の状態を確かめることになった。

「……本当に、結界の中へ入らなくても調べられるんですか?」

ミナが尋ねた。

エルディンは頷く。

「少なくとも、術式が正常に機能していればな」

カイが苦笑した。

「……その言い方、ちょっと不安になるな」

「古い術式だから仕方ないよ」

リュシアが答えた。

「百年前から、ほとんど使われていないんだから」

ガイアは静かに口を開いた。

「……だからこそ、慎重に確認する必要がある」

レオは頷いた。

「無理に動かすことはしない。まずは状態を見るだけだ」

白き守護者も、小さく頷いた。

森の奥へ進むにつれて、周囲の景色が変わり始めた。

緑色だった葉は灰色に近づき、木々の根には細い黒い筋が走っている。

リュシアが足を止めた。

「……また広がってる」

彼女の視線の先には、小さな花が咲いていた。

しかし、その花弁の半分は黒く変色している。

ミナがしゃがみ込んだ。

「……昨日までは、こんなところまで来ていませんでしたよね」

フェルンが険しい顔になる。

「侵食の速度が上がっているのかもしれない」

エルディンは花を見つめた。

「……急がねばならぬな」

レオは、森のさらに奥へ視線を向けた。

四つ目の補助石板。

その周囲で起きている異変は、確実に外側へ広がり始めていた。

しばらくして、一行は古い結界の前へ到着した。

二本の巨大な樹木の間に、淡い緑色の光が広がっている。

以前よりも、その光は弱くなっていた。

「……やっぱり薄くなってるな」

カイが呟いた。

フェルンが頷く。

「結界の維持に必要な魔力が不足しているようだ」

エルディンは杖を持ち上げた。

「まずは観測術式を探そう」

老人は結界の左側にある古木へ近づいた。

その根元には、苔に覆われた小さな石柱が埋まっていた。

「……これだ」

リュシアがしゃがみ込む。

「こんなところにあったんだ」

フェルンが苔を取り除く。

石柱の表面には、円形の紋様が刻まれていた。

その中央には、小さな窪みがある。

レオが尋ねた。

「……これが観測術式ですか?」

「ああ」

エルディンは頷いた。

「封鎖された領域の魔力を、外側から確認するためのものだ」

ガイアが石柱を見つめる。

「……だが、魔力の流れがほとんど感じられない」

「長い間、使われていなかったからな」

エルディンは杖を石柱へ向けた。

「まずは、術式そのものが壊れていないか確かめる」

淡い緑色の光が、石柱の表面を流れ始めた。

古い文字が浮かび上がる。

しかし、途中で光が途切れた。

「……やはり、損傷しているか」

エルディンが呟いた。

フェルンが尋ねる。

「修復は可能でしょうか?」

「完全な修復には時間がかかる。だが、観測だけなら一時的に動かせるかもしれぬ」

レオは石柱を見つめた。

「……俺にも手伝えることはありますか?」

エルディンは少し考えた。

「お前の魂導術は、古い境界術と共通する部分がある」

「……はい」

「ただし、魔力を直接流し込むのは危険だ」

レオは頷いた。

「じゃあ、魔力の流れを見るだけにします」

ガイアが隣へ立った。

「……私も確認しよう」

エルディンは杖を握り直した。

「では、始めるぞ」

石柱から、細い緑色の光が結界へ伸びた。

その光は結界の表面を伝い、内側へ向かって広がっていく。

やがて、空中に複雑な術式図が浮かび上がった。

「……すごい」

ミナが呟いた。

リュシアも目を見開く。

「こんな仕組みだったんだ……」

エルディンは術式図を見つめた。

「……これが、封鎖領域の現在の状態だ」

図には、四つの石板を示す紋様が描かれていた。

三つは淡い緑色に輝いている。

しかし、最後の一つだけが暗く沈んでいた。

レオが指差す。

「……これが、四つ目の石板?」

「ああ」

エルディンは頷いた。

「隔絶の印を刻まれた、特別な補助石板だ」

ガイアが目を細めた。

「……魔力の流れがおかしいな」

レオも術式図を見つめた。

三つの石板から伸びる光は、森の中心へ向かっている。

しかし、四つ目の石板から伸びる光だけは、途中で何度も途切れていた。

「……これじゃ、力が届いてない」

レオが呟いた。

エルディンの表情が険しくなる。

「……隔絶の印が弱まっている」

「……隔絶の印って、具体的には何をするものなんですか?」

ミナが尋ねた。

エルディンは術式図を指差した。

「三つの補助石板は、森の魔力を安定させる役割を持っている」

「……はい」

「だが、四つ目は違う」

老人は続けた。

「森のさらに奥から流れ込む異質な力を遮断するためのものだ」

カイが腕を組む。

「……つまり、森を守るための壁みたいなものか」

「そう考えてよい」

ガイアが口を開いた。

「……だが、現在はその壁が弱まっている」

エルディンは頷いた。

「そして、黒い侵食がその隙間から広がっている可能性がある」

レオは術式図を見つめた。

「……じゃあ、四つ目の石板を修復できれば」

「侵食の拡大を抑えられるかもしれぬ」

エルディンは答えた。

「ただし、すでに広がった侵食まで消せるとは限らない」

レオは頷いた。

「……分かりました」

その時だった。

術式図の一部が、突然黒く染まり始めた。

「……長老!」

フェルンが声を上げた。

エルディンはすぐに杖を引いた。

しかし、黒い筋は術式図の中をゆっくりと広がっていく。

ガイアが目を細めた。

「……これは、観測術式を通じて侵食が流れてきているのか?」

「違う」

エルディンは首を振った。

「これは、内側の状態が映し出されているだけだ」

レオは黒い筋を見つめた。

その筋は、四つ目の石板を示す紋様へ集中していた。

「……石板が狙われてる?」

ガイアが頷いた。

「……少なくとも、黒い力がそこへ集まっている」

白き守護者が、静かに前へ出た。

彼女は術式図を見つめた。

そして、四つ目の石板の紋様へ指を向けた。

その指先から、淡い白い光が浮かび上がる。

レオが声をかける。

「……守護者?」

彼女は振り向いた。

その表情には、強い不安が浮かんでいた。

「……何か分かるのか?」

守護者は小さく頷いた。

そして、黒い筋の中心を指差した。

レオは目を凝らした。

そこには、かすかな白い光が残っていた。

「……まだ、石板は抵抗してる」

ガイアが呟いた。

「……だが、長くは持たないかもしれない」

エルディンは静かに頷いた。

「……そのようだ」

観測術式を停止すると、空中の図が消えた。

エルディンは石柱から杖を離した。

「……今日の調査は、ここまでだ」

フェルンが尋ねる。

「長老、今後はどうされますか?」

老人は結界の向こうを見つめた。

「四つ目の石板を調べる必要がある」

リュシアが顔を上げる。

「……中へ入るの?」

「まだ決めておらぬ」

エルディンは答えた。

「まずは、隔絶の印がどのように損傷しているのか、詳しく調べねばならん」

レオは頷いた。

「……俺たちも協力します」

「頼む」

エルディンは静かに答えた。

その時、白き守護者が再び結界を見つめた。

彼女の胸元に、淡い白い光が浮かび上がる。

そして、一瞬だけ。

結界の向こうから、同じ色の光が応えるように輝いた。

レオは目を見開いた。

「……今の」

ガイアが静かに呟いた。

「……四つ目の石板が反応したのか?」

エルディンは答えなかった。

ただ、古い結界の向こうを見つめていた。

三百年前、ヴァルドが残した隔絶の印。

百年前、エルフ族が封鎖した領域。

そして現在、黒い侵食によって弱まり続ける石板。

そのすべてが、少しずつ繋がり始めていた。

しかし、石板の向こうに何が存在するのか。

その答えは、まだ誰にも分からなかった。

――第163話・完――

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