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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第160話「呼びかける声」

エルフェリア大森林。

監視隊の連絡所に、朝の光が差し込んでいた。

レオは机に広げられた二冊の記録を見比べていた。

一冊は、三百年前の魂導術について記された『魂導秘録』。

もう一冊は、エルディンが持参した百年前の封鎖記録だった。

「……やっぱり、おかしい」

レオが呟く。

向かいに座っていたガイアが顔を上げた。

「何か見つけたのか?」

「ああ。昨日聞こえた声についてなんだけど」

レオは封鎖記録の一節を指差した。

「百年前にも、結界の向こうから助けを求める声が聞こえていたらしい」

「……同じ現象だな」

「でも、記録を読むと、少し変なんだ」

ガイアは身を乗り出した。

レオが指差した文章には、こう記されていた。

『第一調査隊、声を確認。女性と思われる声が救助を求める』

その下には、別の日付の記録があった。

『第二調査隊、男性と思われる声を確認。負傷者の存在を疑う』

ガイアが目を細めた。

「……声の主が違うのか」

「それだけじゃない」

レオは次の記録を示した。

『第三調査隊、幼い子供の声を確認』

ガイアは黙り込んだ。

「……三つとも、違う声だったんだ」

レオが続ける。

「でも、誰も結界の内側で人を見つけていない」

ガイアは腕を組んだ。

「……声を聞いた者によって、聞こえ方が変わっている可能性があるな」

レオは頷いた。

「俺もそう思う」

「……それなら、私にも聞かせてください」

背後から声がした。

振り向くと、ミナが立っていた。

その隣にはカイもいる。

「お前ら、朝からずっと調べてたのか?」

カイが呆れたように尋ねた。

「気になって、早く目が覚めたんだ」

レオが答える。

カイは机の記録を覗き込んだ。

「……声が変わるって、どういうことだ?」

「まだ分からない。でも、百年前の調査隊は、それぞれ違う声を聞いてる」

ミナは記録を読み進めた。

「……あれ?」

レオが顔を上げる。

「どうした?」

「ここに、気になることが書いてあります」

彼女は最後の調査報告を指差した。

『声を聞いた者の一部に、強い疲労と記憶の混乱を確認』

レオの表情が変わった。

「……記憶の混乱?」

「はい。声を聞いた後、自分が誰に呼ばれたのか思い出せなくなった人もいたようです」

ガイアが静かに呟く。

「……ただの幻聴ではなさそうだ」

カイは腕を組んだ。

「だったら、昨日の声も危険だったってことか」

「その可能性はある」

レオは『魂導秘録』へ視線を戻した。

『境界の向こうより届く声を、すべて真実と思うな』

ヴァルドが残した警告。

その意味が、少しずつ見えてきた気がした。

昼前。

エルディンが連絡所へ姿を現した。

フェルンとリュシアも同行している。

「調査は進んだか?」

老人の問いに、レオは記録を差し出した。

「はい。百年前の声について、気になることが分かりました」

エルディンは説明を聞き終えると、深く考え込んだ。

「……確かに、当時も声の主は特定できなかった」

リュシアが尋ねる。

「おじいちゃん、その声を聞いた人たちは、どうなったの?」

「大半は数日で回復した。だが、一人だけ長く意識を取り戻せなかった者がおる」

「……一人?」

「ああ」

エルディンは記録の最後のページを開いた。

そこには、一人の精霊術師の名前が記されていた。

セリア・ルーフェン。

「当時、封鎖術式の調査を担当していた術師だ」

フェルンが尋ねる。

「その者は、何を見たのですか?」

「目覚めた後、ある言葉を残した」

エルディンは静かに続けた。

「『あれは私を呼んでいたのではない。私が聞きたい声を使っていた』とな」

部屋が静まり返った。

レオは息を呑んだ。

「……聞きたい声?」

ガイアが口を開いた。

「相手の記憶にある声を真似ていた、ということか」

「セリアは、そう考えていたようだ」

ミナが不安そうに尋ねる。

「では、昨日聞こえた声も……」

「誰かが本当に助けを求めていたとは限らぬ」

エルディンは答えた。

「ただし、これだけで声の正体を断定することもできん」

レオは頷いた。

「……確かめる必要がありますね」

「一つ、試したいことがあります」

レオの言葉に、フェルンが眉をひそめた。

「何をするつもりだ?」

「声が魂に直接届いているのか、それとも魔力を通じて聞こえているのか、調べたいんです」

ガイアが顔を上げる。

「……なるほど」

レオは彼を見た。

「ガイアなら、俺たちとは違う形で声を感じ取れるかもしれない」

フェルンは首を振った。

「危険だ。昨日の現象が何だったのかも分かっていない」

「結界には近づきません」

レオは答えた。

「まずは、ここに残された魔力の記録を調べるだけです」

エルディンが尋ねる。

「……方法はあるのか?」

「『魂導秘録』に、魂へ干渉する魔力を見分ける術式が載っています」

レオは本を開いた。

「ただ、俺だけでは難しいと思います」

ガイアが静かに頷いた。

「……私も手伝おう」

フェルンは二人を見つめた。

「死霊術を使うのか?」

「魂を呼び出したり、縛ったりする術じゃない」

レオは説明した。

「魔力の痕跡を調べるための術式だよ」

エルディンは少し考えた。

「……私も立ち会おう。異常があれば、すぐに中止する」

フェルンは渋々頷いた。

「……分かりました」

午後。

連絡所の裏手にある小さな広場。

レオは地面に簡単な術式を描いていた。

中央には、昨日フェルンが採取した結界周辺の土が置かれている。

「……これでいいかな」

ガイアが術式を確認する。

「ああ。ただし、魔力を流しすぎるな」

「分かってる」

エルディンとフェルンは少し離れた場所で見守っていた。

ミナとカイ、リュシアもその後ろに立っている。

白き守護者は、レオの隣で静かに待っていた。

レオは両手を術式へ向けた。

「……始めるぞ」

淡い紫色の光が地面に広がった。

採取された土の中から、細い黒い魔力が浮かび上がる。ガイアが目を細めた。

「……やはり、何かが残っている」

レオは集中した。

黒い魔力は細い糸のように伸び、術式の中央で揺れている。

「……魂の気配は?」

ガイアが尋ねる。

レオは首を振った。

「……まだ分からない」

その時。

黒い糸が、突然レオの方へ伸びた。

「レオ!」

ミナが声を上げる。

レオは魔力の供給を止めようとした。

しかし、その直前。

耳元で、かすかな声が聞こえた。

『……レオ……』

彼の身体が固まった。

「……え?」

それは、確かに自分の名前だった。

ガイアが異変に気づく。

「……レオ、術を止めろ!」

レオは慌てて魔力を遮断した。

紫色の光が消える。

黒い糸も、土の中へ沈んでいった。

「……大丈夫か?」

カイが駆け寄った。

レオは額の汗を拭った。

「……ああ」

ミナが心配そうに尋ねる。

「何か聞こえたんですか?」

レオは頷いた。

「……俺の名前を呼ばれた」

リュシアが息を呑んだ。

「……名前?」

「うん。確かに、レオって」

ガイアは険しい表情で術式を見つめた。

「……私には聞こえなかった」

エルディンが近づいた。

「……何者かが、お前に直接呼びかけたのかもしれぬな」

レオは首を振った。

「……でも、誰の声なのか分からなかった」

白き守護者が、そっとレオの手を握った。

彼女は心配そうに彼を見つめている。

レオは小さく笑った。

「……大丈夫」

しかし、守護者は首を横に振った。

そして、地面に残された術式を指差した。

その指先から、淡い白い光が広がる。

光が土に触れると、黒い魔力が一瞬だけ浮かび上がった。

ガイアが目を見開いた。

「……これは」

黒い糸の先端には、極めて小さな紋様が浮かんでいた。レオは息を呑んだ。

「……見たことがある」

それは、北方の境界で目撃した黒い侵食に似た形をしていた。

しかし、完全に同じではなかった。

エルディンが静かに呟いた。

「……古い境界の力と、何らかの繋がりがあるのかもしれぬ」

レオは黒い紋様を見つめた。

名前を呼ぶ声。

相手が聞きたい声を使う謎の存在。

そして、境界に残された黒い魔力。

そのすべてが、一つの疑問へ繋がっていた。

なぜ、声はレオの名前を知っていたのか。

答えは、まだ見つからなかった。

――第160話・完――

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