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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第154話「深緑の異変」

エルフェリア大森林。

翌朝、レオたちは境界の石碑を目指して出発した。

同行するのは、エルフ族の弓使いリュシアと、外縁監視隊のフェルン。

二人を含めた七人が、森の深部へ続く細い道を進んでいた。

「……思ったより歩きにくいな」

カイが足元の木の根を避けながら呟いた。

「森の道なんだから、当然でしょ」

先頭を歩くリュシアが振り返る。

「人間の街道とは違うんだよ」

「分かってるって」

「さっきから同じ根っこにつまずいてるけど?」

「二回だけだろ!」

ミナが小さく笑った。

「ちゃんと足元を見てくださいね」

「お前まで言うなよ……」

そんなやり取りを聞きながら、レオは周囲の木々を見つめていた。

森の入口では、無数の精霊が淡い光を放っていた。

しかし、奥へ進むにつれて、その数が減っている。

「……リュシア」

「何?」

「この辺り、精霊が少なくないか?」

リュシアは足を止めた。

「……気づいたんだ」

「ああ。入口とは全然違う」

彼女は近くの枝へ手を伸ばした。

普段なら、小さな精霊が集まってくるはずだった。

だが、何も現れない。

「……昨日までは、ここにもいたんだけど」

リュシアの声が沈んだ。

フェルンが周囲を確認する。

「先を急ぐぞ。石碑に近づくほど、異変は強くなるはずだ」

レオたちは頷き、再び歩き始めた。


しばらく進むと、森の様子が変わり始めた。

鮮やかな緑色だった葉が、ところどころ灰色に変わっている。

地面には、枯れた花が散らばっていた。

ミナが一輪の花を拾い上げる。

「……これ、枯れているんでしょうか?」

リュシアが近づいた。

「……おかしい」

「どうしたんですか?」

「この花は、魔力がある限り枯れない種類なの」

ミナは驚いた。

「それなのに……」

「うん。何かが魔力を奪ってる」

ガイアが周囲を見渡した。

「……確かに、魔力の流れが不自然だ」

レオが尋ねる。

「分かるのか?」

「ああ。森全体から魔力が消えているわけではない」

ガイアは地面を指差した。

「特定の方向へ、吸い寄せられている」

フェルンが眉をひそめる。

「……石碑の方角か?」

「おそらくな」

リュシアは険しい表情になった。

「そんな……」

彼女は枯れた花を見つめた。

「石碑は、森を守るためのものなのに」

レオは静かに答えた。

「……何かが変わってしまったのかもしれない」


さらに進んだところで、白き守護者が突然立ち止まった。

レオが振り向く。

「……守護者?」

彼女は木々の奥を見つめていた。

そして、ゆっくりと右手を上げる。

その指先には、淡い白い光が宿っていた。

ガイアが顔を上げた。

「……何かいるのか?」

守護者は頷いた。

フェルンが弓を構える。

「全員、止まれ」

一行は足を止めた。

木々の間から、弱々しい緑色の光が現れた。

「……精霊?」

ミナが呟く。

しかし、その光は明らかに普通ではなかった。

小さな身体の一部が、黒く染まっている。

リュシアの表情が変わった。

「……そんな」

精霊はふらつきながら飛び、近くの木の根元へ落ちた。

リュシアが駆け寄ろうとする。

「待て!」

フェルンが制した。

「不用意に近づくな!」

「でも、あの子が……!」

「黒い侵食を受けているかもしれない」

リュシアは足を止めた。

レオは精霊を見つめた。

小さな光は、苦しそうに明滅している。

「……助けられないのか?」

フェルンは首を振った。

「分からない。精霊術師でもない者が触れるべきではない」

リュシアは唇を噛んだ。

「……私なら、少しは精霊術を使える」

「リュシア」

「お願い、フェルン。見捨てたくない」

フェルンは迷った。

やがて、静かに頷いた。

「……分かった。ただし、異変があればすぐに離れろ」

「うん」

リュシアは精霊の前へ膝をついた。

そして、両手を差し出した。

「……大丈夫。怖くないよ」

淡い緑色の魔力が、彼女の掌から広がる。

精霊は弱々しく身体を動かした。

しかし、黒く染まった部分は消えなかった。

リュシアの表情が曇る。

「……どうして?」

彼女はさらに魔力を送ろうとした。

その時、レオが声をかけた。

「リュシア、待って」

「……何?」

「その黒い部分、魔力を吸ってる」

リュシアが目を見開く。

「……え?」

ガイアも頷いた。

「レオの言う通りだ。送った魔力の一部が、黒い侵食へ流れている」

リュシアは慌てて術を止めた。

「……そんな」

精霊は、さらに弱々しくなっていた。

「……どうすればいい?」

リュシアが呟いた。

誰もすぐには答えられなかった。

その時、白き守護者が静かに前へ出た。

彼女はリュシアの隣へ膝をつく。

そして、精霊へ手を伸ばした。

フェルンが口を開く。

「……何をするつもりだ?」

守護者は答えない。

ただ、掌に淡い白い光を灯した。

レオは、その光を見つめた。

「……境界の力か」

白い光は、精霊の身体を優しく包み込んだ。

すると、黒い部分の動きが止まった。

リュシアが驚く。

「……止まった?」

ガイアが目を細めた。

「侵食を消したわけではない。広がるのを抑えているようだ」

守護者は小さく頷いた。

レオは精霊へ視線を向けた。

「……これなら、助けられるかもしれない」

しかし、守護者の表情は険しかった。

白い光を維持する彼女の手が、わずかに震えている。

レオは気づいた。

「……無理してるのか?」

守護者は首を横に振った。

だが、その光は少しずつ弱くなっていた。

ガイアが静かに告げた。

「長くは続けられないだろう」

リュシアは精霊を見つめた。

「……お願い。もう少しだけ」

その時だった。

精霊の身体から、小さな黒い粒が浮かび上がった。

それは白い光の中を漂い、やがて一つの細い線へ変わった。

レオが顔を上げる。

「……何だ?」

黒い線は、森の奥を指し示すように伸びていた。

フェルンの表情が変わる。

「……石碑の方角だ」

白き守護者は、その線を見つめた。

そして、ゆっくりと頷いた。


しばらくして。

守護者は白い光を弱めた。

精霊の身体には、まだ黒い侵食が残っている。

しかし、先ほどよりも光は安定していた。

リュシアは精霊をそっと見つめた。

「……ありがとう」

守護者は静かに微笑んだ。

レオが尋ねる。

「この精霊、どうする?」

フェルンは少し考えた。

「近くに監視隊の連絡所がある。そこへ運ぼう」

リュシアが頷いた。

「私が連れていく」

「待て。お前は案内役だろう」

「でも……」

フェルンは周囲を見渡した。

「ここからなら、連絡所までは遠くない。俺が合図を送る」

彼は腰から小さな笛を取り出した。

しばらくすると、木々の間から二人のエルフ兵が現れた。

フェルンは事情を説明し、精霊を預けた。

「精霊術師に見せろ。ただし、むやみに魔力を注ぐな」

「了解しました」

リュシアは精霊へ声をかけた。

「……絶対に、元気になってね」

小さな光は、かすかに揺れた。

まるで返事をするように。


再び歩き始めた一行。

しかし、先ほどまでの明るい雰囲気は消えていた。

リュシアは黙って先頭を歩いている。

レオが隣へ並んだ。

「……リュシア」

「何?」

「大丈夫か?」

彼女は少し考えた。

「……悔しい」

「……そっか」

「私、精霊を助けられると思ってた」

リュシアは俯いた。

「でも、何もできなかった」

レオは首を振った。

「そんなことない」

「……え?」

「リュシアが助けようとしたから、俺たちも異変に気づけたんだ」

彼女はレオを見た。

「……そうかな」

「ああ」

レオは微笑んだ。

「それに、まだ助からないって決まったわけじゃないだろ?」

リュシアは少しだけ表情を和らげた。

「……うん」

その時、ガイアが足を止めた。

「……レオ」

「どうした?」

「この先、魔力の流れがさらに強くなっている」

フェルンも周囲を確認した。

「……もうすぐ石碑のある区域だ」

カイは剣の柄に手を添えた。

「……何が待ってるんだろうな」

ミナが静かに答えた。

「分かりません。でも、気をつけましょう」

白き守護者は、森の奥を見つめていた。

彼女の胸元に、淡い白い光が浮かび上がる。

その光は、何かを警告するように揺れていた。

レオは静かに呟いた。

「……もうすぐだな」

巨大な樹木の向こう。

そこには、三百年前から森を守り続けてきた境界の石碑がある。

そして今、その石碑を中心に、森の命が少しずつ失われようとしていた。

――第154話・完――

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